機械仕掛けの神
神々の遺跡 ①
ロゼは焚き火を眺め、あの時のことを思い浮かべていた。
あの時――。全てが終わったあの日のことを。
死体の焼ける不快な臭い。耳をつんざく悲鳴。そして――黒い
次第に、ロゼの瞳に憎しみの色が強く現れ始めた。それから、焚き木の爆ぜる音で、現実に引き戻される。闇夜の荒れ地で、焚き火を前にするロゼ。その横では、白銀の機体ファーストワンが主を守るかのように片膝をついていた。
再生の国サントロス帝国では、物資の補給すらままならなかった。あの状況では、逃げる他なかった。そのせいで、ファーストワンのエネルギーが切れるまで荒野をうろつくことになってしまったけれど。
あの国で出会った少女、シャノンの最後の表情が脳裏に焼き付いている。憎しみに満ちたあの瞳……。柄にもなく、あの少女のことが忘れられなかった。
――黒い
ロゼがファーストワンへ乗り込む。席につくと、毎度おなじみのアナウンスが。
『REシステム、起動。認証開始』
ロゼは席に体を埋め、最後のアナウンスを待つ。
『認証完了。システム、オールグリーン』
それから、正面のモニターが灯る。エネルギー残量は数パーセントしか回復していない。
ロゼはモニターを操作し、世界地図を開いた。そしてここから近い拠点を探し始める。
『ここから一番近いのは、ペルザの町です。小さな町ですが、ブドウ樹が栽培されており元々は世界中へワインを出荷していました』
システム曰く、世界がこうなる前は、どうやらそうだったらしい。未成年のロゼには関係のない話だ。
「……今は、どうなの」
無表情で、抑揚もなく、ロゼが問う。
『今でも、町として機能はしています。瘴気にも未だ飲み込まれていません』
ペルザの町をマッピングし、モニターを閉じる。
いつまで、こんなに必死になって生きなければならないのだろう。
復讐さえ終われば、早く楽になれるのに……。
目を瞑り、ゆっくりと息を吐く。いつのまにか、ロゼは静かに寝息を立てていた。
――翌朝。
一定間隔の振動に、搭乗席の上でロゼは目を覚ました。モニターには、朝日に照らされた荒野が映し出されている。どうやらファーストワンは、マッピングしていたおかげで自動で移動していたらしい。
『おはようございます。ロゼ様』
システムが淡白にそう挨拶をしてくる。ロゼは取り合わなかった。たかがシステムだ。
「代わるわ」
ロゼはスラストレバーを握り、手動操縦へ切り替える。モニターに映し出された地図を見る限り、ペルザの町はもうすぐらしい。
……どれくらいかして、ファーストワンのシステムが、
『ペルザの町へ到着しました』
と告げた。しかし、荒野のど真ん中には、それらしき町は見当たらない。見えるのは、崩壊した町だけだ。
「ペルザの町は、まだ人が住んでるはずでしょ」
『ここが、ペルザの町で間違いありません』
頑なに、システムはそう繰り返す。ロゼは仕方なくファーストワンから降り、崩れた町の門をくぐった。
地面は抉れ、建物は崩れている。まだ燃え盛る家があるのを見るに、こうなって間もないらしい。
至る所に血が付いている——まるで、襲撃にあったみたいだ。
ロゼは通りに立ち、じっと町の奥を見据えた。人の気配はない。奥にブドウ樹のようなものが見えたが、焼かれた後だった。
「……」
幸いなことに、雑貨店は無事だった。中へ入り、スイッチに手をかけると……薄暗い店内に灯りが灯った。
棚を物色し、水と食料を確保する。鞄は適当なものを拝借することにした。
店内は清掃が行き届いているし、食料も腐っていない。やはり、この町はこの間まで機能していたらしい。
店内を歩いていると、奥へ続く道を見つけた。どうやらバーに繋がっているらしい。流石、ワインの町と言うべきか。
やがて、ロゼは太もものホルスターからナイフを取り出した。……この先から、獣のような唸り声が聞こえたからだ。
ゆっくりと、進んでいく。ロゼは顔色一つ変えやしない。
すると、木造りのバーへ出た。温かみのあるバーだ。奥には、裏路地に続く扉がある。
「ぐごるる……」
という唸り声の正体。それは、バーカウンターに突っ伏す大柄な男のいびきだった。
ロゼは目を細め、思案した。こんな状態の町に、なぜ人がいるのか。この男と関わるべきか、だ。
その男は、ワインボトルを抱え寝息を立てている。近づくと、強烈な酒の臭いがロゼの鼻をついた。
——と、男がいきなり目をパチリと開けた。それからギョロギョロと目玉を動かしロゼを視認すると、突然ワインボトルを掲げ襲いかかってきた。
「また来やがったな!! この悪魔がァ!!」
大男がワインボトルを荒々しく振り下ろしてくるが、ロゼは軽いステップでそれを躱す。それと同時に、ロゼは男の肘をナイフで切り付けていた。
「つ……!?」
男の手からワインボトルが落ち、床に当たって粉々に砕け散った。溢れでたワインと男の血が床に染みを作る。
間髪入れず、男へ詰め寄るロゼ。前屈みになった男の首元へ、ナイフを刺し込む直前——。
「ま、待ってくれ!」
と男が叫んだ。男はまるで今我に返ったとでも言わんばかりの様子だ。
ロゼのナイフが、首元数ミリのところでぴたりと動きを止めた。男が無抵抗なのを確認して、ロゼはナイフを引き戻す。
「す、すまねぇ。ヤツが、戻ってきたとばかり……。あんたみたいな女の子が、あんなことするわけねぇよな……」
男はロゼに切り付けられた肘を押さえながら、もう一度席に座り込んだ。痛みのせいか、額に汗が滲んでいる。
ロゼは冷たい瞳でじっと男を見つめている。男は「説明しろ」と催促されている気がして、髭で覆われた口をゆっくりと動かした。
「あ、悪魔が……この町を突然襲ってきたんだ。俺の目の前で、妻も息子も殺されちまった……ッ。息子は今日で、四歳になるはずだったんだ。欲しがっていたプレゼントを、妻と一緒に準備していたのに……なのに……もう、あいつに渡せないなんて……っ!」
男は声を抑え――はたまた怒りを抑え、静かに涙を流す。
「悪魔?」
とロゼは首を傾げた。切りそろえた前髪がさらりと揺れ、隠れていた片方の瞳――空色の瞳が微かに見え隠れした。
男は一度、ロゼの瞳に目を奪われた。黒い瞳に、空色の瞳……。まるで全てを見透かすような深い感情が宿っていたから。
「あ、ああ。町のみんなも、そいつに殺された。死体ごと、そいつに燃やし尽くされちまったんだ」
男は一度、感情を整理するように息を吐いた。そして、こう告げた。
「――黒い人型機械が、突然俺たちの前に現れたんだ……!」
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