戦火の少女 ⑨

 ロゼは無表情のまま、シャノンを見た。シャノンはロゼの冷たい目に一度怯んでから、なにか話そうと必死に言葉を探している。


 それよりも早く、ロゼが口を開いた。


「……言ったでしょ。後悔することになるって」


「え……?」


 シャノンは目を見開き、体を震わせている。


 ロゼは続けた。


「私を助けたつもりなんだろうけど、そのせいであなたの両親は死んだ」


「そんな……違う……違うわ。だって、あたし、ロゼがこんな……っ。ロゼが相談してくれたら、こんなことにならなかったのにっ……」


「これで分かったでしょ。……戦うってのは、こういうことだよ」


 涙を流すシャノンへ腕を回して、首元へナイフを当てる。それから、わざと四足量産型クアドールの搭乗者へ見えるように移動した。


「私を逃がせば、この子は解放する。私を捕まえるのなら、この子を殺す」


 ラフィリアは困惑していた。スピーカー越しに、


「ちょっと待て。その子、友達なんだろ?」


「違う。便利だから、利用しただけ。……それで、回答は?」


 ラフィリアは脳をフル回転させ、黒髪の少女を捉える方法を考えた。だが、あの金髪の子が犠牲になってしまう。黒髪の少女のあの目は、平気で人を殺せる冷たい目だ。


「……わかった」


「なら、その機体から降りて」


 ラフィリアが四足量産型クアドールを停止させ、地面に降り立つ。ロゼは、その女性の姿を目に焼き付けていた。


 灰色の髪と真紅の瞳を持った、小さな女性。ロゼよりもシャノンよりも背が小さい。だが、あの毅然とした雰囲気は只者ではない。

 ……いずれ、脅威になるかもしれない。


「銃も捨てて。私たちから、離れて」


 ——念には念をいれ、ようやくロゼはファーストワンの肩へ飛び乗った。最後に一度、シャノンの方を見る。

 シャノンは涙を流しながら、ロゼを悔しそうに睨みつけている。


「ロゼ、あなたは間違ってる……っ!」


「……」


 ロゼはなにも言わなかった。そのまま搭乗席に入り、ファーストワンを起動させると素早くどこかへと行ってしまった……。




 ――残されたシャノンは、涙を拭い地獄を目に焼き付けていた。崩壊した街並み。踊る火炎――。


 やがて、レイジフォックス部隊が戻ってきた。どうやらアドラ帝国の量産型ドールズを撃破し、戻ってきたらしい。負傷者はいるものの、欠けた者はいないのだそうだ。


 それからシャノンの元へ、ラフィリアがやってきた。背は小さいが、とても美しい女性だ。

 ラフィリアは腰まで伸びた灰色の髪を揺らし、軍靴を鳴らしながらシャノンの正面に立つと、説教するように腰に手を当てた。


「……君とあの少女との会話で、少しは理解したつもりだ。もう彼女のことは忘れろ。それと……家族のことは――本当にすまなかった」


 自分より年上の、だが背の小さな女性に謝られ、シャノンは首を横に振った。


「いえ……」


「……ひとまず、ここを離れよう。一度避難所へ行くといい」


 シャノンはまたしても首を横に振った。ラフィリアは制帽を被り直しながら、


「ではどうする? ずっとここにいるつもりか?」


「違います! あたしを……軍に入れてくださいっ!」


「……なんだと?」


 ラフィリアに睨まれても、シャノンは目を逸らさなかった。涙を流し腫れた目で、目の前の女性を見つめている。


「この地獄を見ても、そんなことが言えるとはな。……君はバカか?」


「パパとママの仇を取りたいんです……! アドラ帝国さえいなければ……っ! あたしが、ロゼを……!」


 両親を突然失い、混乱しているのだろう。シャノンは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 ラフィリアはどう言っていいかわからず、息を吐いた。


「気持ちはわかるが……」

「いいんじゃないか?」


 ラフィリアを遮ったのは、渋い男の声だった。見れば、四足量産型クアドールから、軍服を来た中年の男が降りてきていた。屈強な肉体に、顔に走る古傷。青色の短髪で、火のついていない葉巻を咥えていた。ラフィリアよりも、一回り年上だ。


 ラフィリアは苛立ちを含んで言った。


「ミスト中佐……勝手な判断は困る」

「まあいいじゃないですか、ラフィリア大佐。俺たちには、まだまだ戦力がいる。――嬢ちゃん、自信はあるかい?」


「あの……自信は……わかりません。軍の入隊試験、落ちてるから……」


 ラフィリアは「ほら見ろ」とミスト中佐へ目配せしている。しかしミスト中佐は違った。


「訊き方が悪かったな。――死ぬ覚悟はできているか?」


 シャノンはすぐには答えなかった。両親を失い、シャノンは一人になってしまった。家族へ迎い入れた妹――ロゼも、遠くへ行ってしまったのだから。


 ――それならもう、失うものはないではないか。


 シャノンは別人と見紛うほど憎しみのこもった瞳で、ミスト中佐を見る。言葉は交わさずとも、ミスト中佐はなにか感じ取ったのか、にっと笑った。


「本部には俺から話してみよう。全責任は俺が負う。……それでいいでしょう、ラフィリア大佐」


「……勝手にしろ」


 ラフィリアは頬を膨らませ、あからさまにそっぽを向いてしまった。シャノンがもう一度街並みの方へ振り返る――。


 その背中を、ラフィリアはじっと見つめていた。まだ納得していないようで、


「……あの子はなにもわかっていない。すぐに死ぬぞ」


「そうならないように、俺たちが稽古をつけるんでしょうよ」


「ふん。昔のことでも思い出したか? 年寄りの大変なところだな」


「まあ、そうだなぁ」


 ミスト中佐は辺りを見渡し誰も見ていないことを確認すると、背の小さなラフィリアの頭へぽんと手を置き、可愛がるように撫でながら口調を崩した。


「……どっかの誰かさんに似ていたからな。あの時も俺が——」


「――やめろ。今は私の方が階級は上だぞ」


「へいへい。わかりましたよ、大佐殿」


 ミスト中佐はそのまま四足量産型クアドールへ乗り、部隊を引き連れて本部の方へと先に戻っていった。


 残されたのは、ラフィリアとシャノンだ。ラフィリアは、シャノンの後ろ姿にを重ねながら、ふんと鼻を鳴らした。


戦火せんかの少女――か」


 それからシャノンを呼び、毅然とした態度で、


「もうすぐ消火活動が始まる。ここを離れよう。それと……私の部下になるのなら、私を見下ろすことは許さないからな」


「えっ。えっと、それは……」


 背の小さなラフィリア。確かに美しく、大人の色気があるが、何度も言うが背が小さい。発育のいいシャノンは背も胸も、ラフィリアに勝ってしまっていた。


「冗談だ」


 ラフィリアがきっぱりと言い切る。シャノンを慰めようとしてくれていたのかどうかはわからない。



 辺りで燃え盛る火炎はシャノンを祝福しているわけではなさそうだ。それは夜闇を照らし、不気味な影を映している――。

 


 


 

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