戦火の少女 ⑧

 ファーストワンが75mmマシンガンの引き金を引く。しかし放たれた銃弾は全て、バンディットの分厚い装甲に弾かれてしまった。


 生半可な火力ではバンディットに傷一つつけられない。ファーストワンが持つ最高火力は、肩のレールガン砲——。


 ロゼはパネルを操作し、レールガンの射程距離を測った。バンディットはギリギリ射程圏内から外れている。


 ……そんなロゼの心境を読み取ったのか、バンディットの搭乗者、グレイグ・ブラッドレイは喉の奥で不敵に笑いスピーカー越しに言った。


「レールガンの射程距離は計算済みだ。前に一度見せてもらったからな」


 ならば距離を詰めればいいだけのこと。ロゼはグレイグの言葉になんの反応も示さず、スラストレバーを前に押し倒す。


 ファーストワンが瞬間的に加速する。だがファーストワンの行手を遮るように、どこからか開拓用の量産型ドールズが数機飛び込んできた。


 ファーストワンが75mmマシンガンを駆使して量産型ドールズと交戦している間に、バンディットが更に距離を取る。


 ファーストワンの背後で、四足量産型クアドールに搭乗するラフィリアもまた、バンディットに操られた量産型ドールズたちと交戦していた。


 と、ファーストワンのモニターへ、ある通信が割り込んできた。ロゼは応答すべきか一瞬迷ったが……量産型ドールズを更に一機屠り、それから応答ボタンを押下した。


 ロゼはなにも応えない。代わりに、通信相手が口火を切った。


『貴様は一体何者だ』


 芯のある、若い女性の声。ロゼはモニター越しに、背後の四足量産型クアドールを見た。……あの搭乗者か。


「あなたこそ」


 とロゼが端的に聞き返す。


『……まあいい。耳を貸せ。私も忙しいんだ』


 ロゼのファーストワンが続けて二機を蹴散らし、更にラフィリアの四足量産型クアドール量産型ドールズの群れへダガーで応戦する。避難しきれていないシャノンを巻き込むまいと、肩のカノン砲とマシンガンは使わないでいるようだった。


『奴の機体名はバンディット。搭乗者のいない量産型ドールズを思いのままに操ることができる、純粋な人型機械マキナだ。搭乗者も切れ者で厄介だ。気をつけろ』


「……自分の心配をしたら?」


 ロゼは通信を遮断し、割り込んでいた最後の量産型ドールズを撃破。シャノンを守ろうと後手に回る四足量産型クアドールを一瞥してから、バンディットへ瞬間的に加速してみせる。


 背中部分に取り付けられたブースターが空気を押し返し、ファーストワンを一瞬でバンディットの正面まで運んだ。


 ロゼがパネルを操作すると、ファーストワンの肩のレールガン砲が照準モードに切り替わり、バンディットの胸元へ牙を向いた。


 スラストレバーのボタンを、一度押す。


 すると、一筋の光がバンディットの胸元を貫いた。闇夜を切り裂くように、一閃——。


 バンディットの胸元には風穴が空き、中の部品が生々しく剥き出しになっている。


 バンディットの動きが一瞬止まり、起動ランプが眠りにつく。搭乗席も動力源のナノエンジンも、同時に吹き飛ばした。動けるはずがない。


 ——それなのに。


 バンディットの起動ランプがもう一度灯り、眠れる死者が再び目を覚ます。更には、距離を詰めていたファーストワンを掴み取ろうと、腕を伸ばしてきた。


 ファーストワンが距離を取り、バンディットを睨みつける。


 そしてバンディットの搭乗者、グレイグはスピーカー越しに、


「無駄だよ。そのバンディットですら、操り人形なのだから。ナノエンジンも、この機体には複数個存在している。一つ潰したくらいでは止まらんよ。それに……もうレールガンも撃てないだろう? どうするつもりだ、黒髪ぃ?」


 グレイグの言う通り、ファーストワンは今はまだ、エネルギーを大量に消費するレールガンを撃てない。

 ……厳密に言えば、バレルの冷却さえ終われば後一発は打てるが、それではファーストワンのエネルギーが空になってしまう。


 ロゼは目を細め、思案した。


 先ほどの言葉の意味。バンディットが操り人形だ、という言葉の意味を。

  

 まさか……目の前の機体には、誰も搭乗していない?


 それなら辻褄が合う。搭乗席は吹っ飛ばした。それでも動くのだから、なにか遠隔で操作されていてもおかしくはない。


 今はまだ不明瞭だ。だが、もしそうならば厄介極まりない。


 ……と、ファーストワンの背後から、カノン砲の弾丸がバンディットの剥き出しの胸元目掛けて飛来した。そのまま爆発を引き起こし、バンディットを後方へ退かせる。


「私を忘れるなよ、グレイグ」


 ラフィリアが搭乗する四足量産型クアドールは、既に群がる量産型ドールズを片付けていたのだ。


 火器武装のない量産型ドールズとは言え、逃げ遅れたシャノンを庇いながら迎撃してみせた四足量産型クアドール。ロゼはその瞳になんの感情を抱いているのか、ラフィリアの乗る機体を眺めていた。


 これで二体一だ。バンディットも、これ以上の損傷は避けたいはず。


 ……ならば。


 ファーストワンの肩のレールガンが、冷却モードを解除しバンディットへ向けられる。

 バンディットは胴体の損傷を確かめるように一度停止し、それから嬉しそうなグレイグの声が聞こえてきた。


「——潮時だな。楽しかったぞ、黒髪! 本来ならこの場で手に入れたかったが、欲しいものを手に入れるにはそれなりの準備がいるからな……。今日は、痛み分けといこう」


 グレイグがそう告げると、バンディットの足元のブースターが点火し、ロケットのように飛び上がった。それから、どこからか飛んできた輸送機に吊らされ、夜空の奥へと消えていく——。


 ——一瞬の静寂。だが、終わりではなかった。


 ロゼの機体ファーストワンと、ラフィリアの乗る四足量産型クアドールが、互いに75mmマシンガンの銃口を向け合った。


「……もう弾薬は尽きたはずだ」


 ラフィリアが、勝ち誇ることもなくそう言う。ロゼは動じることもなく、75mmマシンガンを捨てた。

 

「待って!!」


 そこへ、瓦礫の陰に身を潜めていたシャノンがやってきた。金の髪と頬は煤と土で汚れていて、オーバーオールも所々破けていた。


 ロゼはモニター越しにシャノンを見下ろしている。対してシャノンは、ファーストワンを——ロゼを見上げていた。


「お願いロゼ! 一度でいいから、顔を見せて……!」


「嫌だ」

 ——と答えかけて、ロゼは口をつぐんだ。この状況を打破するには、丁度いいかもしれない。


 ラフィリアが四足量産型クアドールから見守る中、ロゼがファーストワンの背中口から姿を現した。それから、リストワイヤーを駆使して、華麗に地へと足をつく。


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