戦火の少女 ⑦


 バンディットの搭乗者、グレイグ・ブラッドレイがスピーカー越しにこう告げる。


「ラフィリア、貴様はこの機体の脅威を知っているだろう。俺が現れた以上、貴様らに勝ち目はない。大人しくファーストワンを差し出せ」


 ラフィリアはふんと鼻を鳴らし、モニター越しに迷彩柄の人型機械マキナ——バンディットを睨みつける。


「何度も言わせるな。私たちはファーストワンを所持してなどいない」


 毅然とした態度で、ラフィリアはきっぱりと言い切る。その雰囲気を感じ取ったのか、バンディットの搭乗席でグレイグは眉根を寄せ、あの時のことを思い浮かべていた。


 ――あの時。リーヴァ軍事基地で、黒髪の少女がファーストワンを奪った時のことを。

 あの少女がこの街にいる確率は限りなく高い。少女は食料の入った鞄を置いていった。補充するには、この街に立ち寄るのがベストだからだ。


 ラフィリアは嘘をついていない。本当に、ファーストワンがどこにあるか知らないのだ。

 やはり、黒髪の少女は単独で行動していたことになる。なんの目的で帝国一つを敵に回したのかは知らないが、なにか大きな理由があるのだろう。


「……まあいい。邪魔な貴様らを排除してから、ゆっくりと探すことにしよう」


 バンディットの体が、鈍い青の光を放ち始める。すると、先程四足量産型クアドールのカノン砲で破壊したはずの量産型ドールズが不気味に起き上がった。動力源を吹き飛ばされた量産型ドールズは起きなかったが、搭乗席を破壊された量産型ドールズはたちまち復活していく。


 ――本来なら、搭乗者がいなければ量産型ドールズは動かないはずなのに。


 この現象を、ラフィリアは過去に見たことがあった。あの時も、目の前にはバンディットが立ちはだかっていた。

 ――これが、バンディットの力。純粋な人型機械マキナに与えられた能力だ。


 ラフィリアはパネルを操作し、本部へ通信を試みる。


「本部。待機中の四足量産型クアドールへ、今すぐ搭乗者を配置してくれ」

『ラフィリア大佐、それはどういう――』

「説明は後だ」

『……了解』


 有無を言わせぬ言いっぷりに、本部が指示に従い始める。


 ――バンディットの能力は「無人機を思いのままに操る力」と表現するのがいいだろう。先程本部へ告げたように、操縦さえしていれば乗っ取られる心配はない。


「貴様の思うようにはさせんぞ、グレイグ」


 外部スピーカーをオンにして言い放つと、グレイグは喉の奥で笑い始めた。


「くくくっ。ラフィリア、やはり貴様は素晴らしい。強く、頭も切れ、そしてなにより若く美しい。まったく、花嫁に欲しいくらいだ」


生憎あいにく、貴様のようなおじさんには興味がないのでな」


「しかし……まだ甘いな。俺はもう少し完璧な方が好みだ」


 冗談交じりに言うグレイグの真意。それはすぐに分かった。


『ラフィリア大佐! 倉庫に格納されていた開拓用の量産型ドールズたちが暴走を始めましたッ!!』


 ラフィリアの機体へ、部隊の一人から通信が入る。ラフィリアは「やむを得ない場合は無人機であることを確認し破壊しろ」とだけ指示を出した。

 それから、真紅の瞳でグレイグを見て、苦笑した。


「なるほど……確かに甘かった。量産型ドールズなら何でも良いのだな」


「バンディットの能力に限界はない。使えるものは使うさ。ところで――」


 グレイグの言葉を合図に、操られたアドラ帝国の量産型ドールズが、75mmマシンガンを構えた。グレイグは続ける。


「ところで――いつまで、こう話しているつもりだ?」


 と、量産型ドールズが銃弾を放ってきた。ラフィリアは神速の如き反応で盾を構え防ぐと、こちらも銃で応戦した。


 引き金を一度引く。すると、アドラ帝国の量産型ドールズの胸元に着弾し、動力源を撃ち抜いた。その量産型ドールズが情けない停止音を放ちながら、膝から崩れ落ちる。


 今度はバンディットが巨体を揺らし詰め寄ってきていた。動きは遅い。だが、なんという威圧感だ。


 バンディットが左腕を振り上げ、それからラフィリアの機体目掛け振り下ろしてきた。

 ラフィリアの四足量産型クアドールは、機動力を活かしてその場を飛び退く。そのまま75mmマシンガンを放つが、バンディットの分厚い装甲にすべて弾かれてしまった。


「……ちっ」


 やはり、銃では奴を破壊できないか。

 ラフィリアは銃を背中に戻し、腰から巨大なダガーを抜き取った。これで装甲の隙間から、動力を破壊すればいい。

 ラフィリアが距離を詰める。バンディットが右腕のパイルハンマーを突き出してくる。最小限の動きでそれを躱すと、ラフィリアはバンディットの背後へ回り込んだ。装甲の隙間へ、ダガーを付き立てるが……。


 なんと、突き立てた部分から超高温の炎が吹き出てダガーの刃先を溶かし尽くした。それだけにとどまらず、ラフィリアの四足量産型クアドールの腕までも燃やしてしまった。


 四足量産型クアドールのモニターが、「右腕機能の停止」を知らせる。ラフィリアは再度距離を取り、バンディットへ向き直る。


 ……バンディットの奥から、開拓用の量産型ドールズが二体、こちらへ向かっているのが見えた。ラフィリアが75mmマシンガンを構えるのと同時に、バンディットの肩部分から機関銃が飛び出てきた。


「忙しい奴だ……!」


 ラフィリアが量産型ドールズからバンディットの肩の機関銃へ、照準を合わせ直す。


 モニター越しに、ラフィリアの視線とグレイグの視線が交差した――。


 と、その時。


 ラフィリアの四足量産型クアドールのモニターに、ある家の様子が映し出された。すぐ傍の様子だ。燃え盛る家の前で、癖のある金髪の少女がへたり込んでいた。煤だらけのオーバーオールを着ていて、ただ呆然と家の方を眺めている。


「民間人……!?」


 まだ、逃げていなかったというのか。

 ラフィリアの思考が加速する。このまま戦闘を続ければ、あの少女を巻き込むことになる。あの命だけは、助けなくてはならない。


 ラフィリアは銃を捨て、まだ動く左腕で盾を構えた。そして、少女を庇うように位置を移動する。

 バンディットが容赦なく機関銃を放ってくる。盾越しに銃の威力が伝わってくる。


 ギィン! ギィン! と、金属同士がぶつかり合う音が何度も何度も街中に響き渡った。

 金髪の少女は、まだ逃げようとしない。いや、逃げる気力すらないのか。


「早く逃げろッ!!」


 スピーカーをオンにして、腹の底からラフィリアが叫ぶ。ようやく、その少女がはっと振り返った。状況を察すると、慌てて駆け出していく。


 ……が、向かってきていた開拓用の量産型ドールズが、ラフィリアの機体へ飛びついた。


 二体に飛びつかれ、ラフィリアの四足量産型クアドールが勢いよく少女の隣へ倒れ込む。少女は衝撃で吹き飛ばされ、地面を転げてしまった。


「ぐ……っ!!」


 ラフィリアはまだ起き上がれない。バンディットが、狙いをわざと少女の方へずらしたのがわかった。


「これは面白いことが起きそうだ」


 と、わざとスピーカーをオンにして笑っている。


 ラフィリアの四足量産型クアドールが、左腕を少女へ差し伸べるが――間に合わない。


 ――そう思った直後だった。


 視界の端から、白銀の機体が勢いよく現れ、ラフィリアを抑え込んでいた二体の量産型ドールズを勢いよく弾き飛ばした。白銀の機体は、間髪入れずに75mmマシンガンを構え、バンディットの肩の機関銃へ照準を合わせる。


 引き金を引くと、バンディットの肩へ銃弾が炸裂し、機関銃を粉々に吹き飛ばした。さらに、二発銃弾を放ち、吹き飛ばした二体の量産型ドールズの動力源も撃ち抜く。


 ラフィリアは困惑していた。


 白銀の機体はやや細身だが、上半身の装甲は厚く肩には見たことのない武器が取り付けられていた。やがて、白銀の機体が膝をついた。まるで主を待っているかのように――。


 ラフィリアはなんとか起き上がると、モニターを操作し周辺の情報を取り入れようとした。


 背後から、珍しい黒髪の少女がこちらへ歩み寄っていた。燃え盛る家々には目もくれずラフィリアの機体の足元を通り過ぎ、白銀の機体の足元まで向かう。


 それからラフィリアは、金髪の少女の方へ視線を移した。

 その少女は口をあんぐりと開け、黒髪の少女の方を眺めている。そして震える声で、

「ロゼ……?」


 と呟いていた。


 ロゼと呼ばれた黒髪の少女は、一度金髪の少女へ視線を向け、それからリストワイヤーを使って白銀の機体へと飛び乗った。そのまま流れる動作で搭乗席へ入り、見えなくなってしまう。


 ――白銀の機体がもう一度目覚め、立ち上がる。困惑するラフィリアとは真逆に、グレイグは興奮していた。


「やはり!!! また出会えると思っていたぞ、黒髪!!!」


 ――その頃、ロゼはファーストワンの搭乗席で、ゆっくりとパネルを操作していた。

 ただ無言でパネルを操作し、バンディットの機体特徴を調べている。


「……情報なし。量産型ドールズじゃないか」

 

 ロゼがスラストレバーを握りしめると、ファーストワンの起動ランプがより一層輝いた。

 それはまるで、街全体を照らすかのように——。





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