戦火の少女 ⑥


 サントロス帝国は、人型機械マキナ部隊の中でも最強の戦力を誇るレイジフォックス部隊を戦場に送り込んでいた。


 サントロス帝国の四足量産型――《クアドール》を率いるのは、真紅の四足型量産型ドールズ。搭乗者は、小柄の若い女性だった。


 レイジフォックス部隊が定位置につき、アドラ帝国の量産型ドールズへ狙いを定めている。扇形に広がり、一斉射撃を目論んでいるのだ。


『ラフィリア大佐、全機定位置につきました』


 と、真紅の四足量産型クアドールへ、通信が入る。ラフィリア大佐と呼ばれた小柄の女性は、灰色の長髪に真紅の瞳を持った二十七歳の軍人だ。強い意志の篭った瞳で、モニターに映る敵勢力を睨みつけている。


 ラフィリアは、凛とした声で答える。


「射撃はまだだ。逃げ遅れた民間人がまだ大勢いる」


 四足量産型クアドールの足元を、民間人が血相を変えて駆け抜けていく。それから、あちこちで火の手が上がる街並みを眺め、ラフィリアは外部スピーカーをオンにして声を張り上げた。


「貴様ららしい姑息な手だな。私は早くシャワーを浴びて寝たいんだが、なんの用だ?」


 それには、リーダー格の量産型ドールズが応えた。こちらもまた、外部スピーカー越しに、


『これはこれは、戦場の女神様じゃないか。会えて光栄だよ。我々の目的は、先程告げた通りだ。この街に、《始まりの人型機械マキナ》ファーストワンと、その搭乗者がいるはず。そいつを差し出せば、手は出さない』


「よくもまあ、ここまでしておいてそんなことが言えるな。それに、ファーストワンだと? 私たちが所持しているとでも言いたいのか?」


 ラフィリアは、数々の戦場を生き抜いてきた。こんな状況は、日常茶飯事。そのためか、シートに背中を預け、退屈そうに灰色の髪先をいじっていた。


『我々アドラ帝国が手に入れようとしていたファーストワンが、作戦中に何者かに奪われた。その盗人が、サントロス領土ここへ向かったらしくてな。知らないとは言わせないぞ』


 脅すような言い方に、ラフィリアは呆れてため息をついた。


「知らないな。お偉いさん方が隠していれば別だが、そんなことをするメリットが無い」


『しらを切る気か……いいだろう』


 アドラ帝国の量産型ドールズが、武器を構えて一歩前に出る。ラフィリアは手慣れたパネル操作で外部スピーカーをオフにし、自部隊へ通信を入れた。


「……とまあ、話の通じない奴らだ。各機、戦闘態勢に入れ。それと――誰も死ぬな。命令だ」


 ラフィリアの言葉に、レイジフォックス部隊の士気はどんどん高まっていく。ラフィリアの機体も、背中に備えていた75mmマシンガンを構えた。


 住民たちはまだ避難しきれていない。ラフィリアはその最後尾を視界で捉えていた。このまま戦闘になれば、巻き込んでしまう……。


 そう考えた直後、アドラ帝国が一斉に75mmマシンガンを放ってきた。


 ラフィリアの真紅の機体が前へ飛び出す。と、ラフィリアの機体の腕が盾へと変形した。そのまま銃弾を弾きながら、もう一度前へブーストする。


 ラフィリアは、避難民の最後尾を庇うために前へ出たのだった。それに習って、他の四足量産型クアドールも、腕を盾に変形させ前へ飛び出す。


 前へ飛び出した四足量産型クアドールは十機ほど。後方へ残った九機は、陣形を変えいつでも射撃できる位置にいた。


 四足量産型クアドールが盾で住民を守る姿は圧巻の一言だった。アドラ帝国の量産型ドールズが75mmマシンガンの弾倉を入れ替える。そして弾薬の雨が、第二波となって降り注ぐ。


『これ以上持ちません、ラフィリア大佐!』


 通信が入ると、ラフィリアは顔色一つ変えずにもう一度スラストレバーを握り直す。


「ああ、そうだな。これ以上耐える必要はない」


 住民たちが、後方にいた四足量産型クアドールよりも奥へ逃げたのを確認し、ラフィリアはを待った。


 アドラ帝国の量産型ドールズが、一斉にリロードするその瞬間を――。

 ――銃弾の雨が、止んだ。


「撃て!!」


 ラフィリアの合図と同時に、後方にいた四足量産型クアドールのカノン砲から砲弾が放たれた。それらが敵機へ突き刺さり、爆炎を立ち上らせる。

 撃破できたのは、六機だ。リーダー各の機体は無傷。残り十機――。その十機が、一斉に別々の方向へと散らばった。建物を陰にして、どんどん散っていく。


 ――明らかに罠だ。だが放っておけば、街の奥まで侵入されてしまう。それだけは避けなければ。


「できる限り二機で行動し、残りを追え! 後は――」

『ラフィリア大佐! 上です!!』


 ラフィリアの指示をかき消したのは、味方の叫び声だった。上空から、なにかが落ちてきていた。迷彩柄の量産型ドールズ――いや、量産型ドールズにしては大きい。


 ラフィリアが、その場を素早く退く。すると、元いた場所に、迷彩柄の人型機械マキナが勢いよく着地した。地面を粉々に砕き、衝撃を辺りへ四散させる。

 その人型機械マキナの胸元には、アドラ帝国のマークが刻まれていた。


 全身分厚い装甲に覆われており、上半身はさらに分厚い。ラフィリアは、あの機体に見覚えがあった。

 搭乗者は確か――。


「……グレイグ・ブラッドレイ」


 アドラ帝国の参謀、グレイグ・ブラッドレイ。そして搭乗機体は、量産型ドールズなんかではない。


 機体名はバンディット。ファーストワンと同じ、純粋な人型機械マキナだ。


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