戦火の少女 ⑤
シャノンにいくつかの店に連れて行かれ、ロゼは柄にもなく困惑していた。
ロゼの体を使って、シャノンがあらゆる服でコーディネートをくり広げていく。あれでもない、これでもない、と何度着替えさせられたことか。
この五件目の店でも服を買い、二人は両手に紙袋を持ち帰路を歩んでいた。
「いやぁ、ロゼは素材がいいから気合入っちゃったなぁ」
「……素材?」
「うん。顔も可愛いし、スタイルもいいしさ」
果たしてそうだろうか、とロゼは脳内で疑問を浮かべた。
シャノンよりも背は小さいし、胸も小さい。それに、可愛いだなんて言われたこともない。
こんなに服を買ったのも、いつぶりだろう。まるで、あの頃の日常に戻ったかのような――。
「――違う」
戻ってなどないない。戻るわけがない。
だってあの日に、全てを失ったのだから。
「へ? なにが違うの?」
隣を歩むシャノンが訊いてくるが、ロゼは無視した。シャノンといると、どうしても調子が狂う。活気に満ち溢れたシャノンは、ロゼと対照的だった。
それから家へ戻ると、両親も含めて夕食を取ることにした。今日は野菜のスープに、パン、そしてステーキだった。
「ステーキなんて、いつぶりだろう!」
とシャノンがフォークとナイフを手に興奮している。ロゼは無表情のまま、ぐうっと腹を鳴らしていた。
「今日はロゼちゃんが家族になった日だからね。お祝いさ」
と父のマゼルが口ひげを撫でている。
久しぶりのまともな食事に、ロゼは静かにありついた。ステーキをゆっくりと口元へ持っていく途中、みんなの視線が向けられていることに気づく。ロゼは気にする事なく、続けてパンへと手を差し出した。
——シャノンたちは、嬉しそうにロゼを見ている。ロゼにはその気持ちが理解できなかった。
「……どうして、私を家族にしたの」
ロゼは手を止め、はっきりと問う。シャノンがまず母親へ、それから父親へ視線を向けた。
答えたのはシャノンだった。
「あたしは、困ってる人を見過ごせないの! もちろん、パパとママもね」
ロゼは首を傾げた。別に困っていたわけではないし、なんとかするつもりだった。勝手にシャノンが声を掛けてきただけだ。
「ねぇ、ロゼ。ロゼはどうして一人だったの?」
シャノンが訊くと、母親は「こら」と制した。
「誰にでも事情はあるものよ。そんなこと知らなくても、ロゼちゃんは家族でしょ」
気を使ったつもりだろうが、ロゼは対して気にしていなかった。代わりに、透き通った声で呟いた。
「私を家族にして、後悔するかもよ」
「そんなことないもん」
とシャノンが即答する。ロゼは無視をして、またステーキを口へ運ぶのだった。
その夜。
シャノンと同じベッドで、ロゼは横になっていた。シャノンの部屋は全然女の子らしくなく、どこから手に入れたのか
シャノンはぐっすりと寝息を立てている。夜を硬い地面や床以外で過ごすなんて、ロゼにとっては特別以外のなにものでもない。しかし、なかなか寝付けなかった。
ロゼが体を起こし、ベッドからゆっくりと降りる。もちろん、電気は消したままだ。
寝巻きから、昼間に買った服へ着替えていると、可愛らしいうめき声と共にシャノンが目を覚ましてしまった。
「んー……ロゼぇ……どこいくのー……?」
シャノンは目元をこすり、夢現でロゼを眺めている。ロゼはパーカーを着ながら、シャノンが再び眠るのを待った。
……が、シャノンは完全に目を覚ましてしまった。
「ふわぁ……夜風に当たりに行くの?」
「まあ」
と一言答える。するとシャノンも起きて、壁にかけてあったパーカーを寝巻きの上から着た。
「おそろいのパーカーだね」
と嬉しそうに笑っている。
確かに、デザインがまったく同じだった。なるほど、二着買っていたのはそういう理由だったのか。
「……」
無言のまま別の服へ着替えようとしたロゼへ、シャノンは慌てて止めに入る。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃん!」
それから、二人は家を出た。夜風は少し冷たい。街を見渡せる丘があるというので、シャノンに案内をしてもらった。
その丘は、木とベンチがあるだけの、質素な場所だった。しかし、夜風に当たるには十分すぎる。寝静まった街は、点々と明かりがついているだけで、音一つしない。
門とは逆の方を見ると、街の奥には巨大な黒鉄の建物と広大な敷地が見える。そこだけは、しっかりと明かりがついていた。その施設から、街の各場所に広い道が伸びている。まるで出撃路のようだ。
「あそこが、軍の施設だよ。いつか必ず、あの場所に行くの。ロゼはさ、これからどうするの?」
「どうって?」
「あたしは、なんとしても軍に入る。ロゼも一緒に来てくれたら、心強いなー……なんてね」
金の髪を夜風に揺らし、シャノンが笑みを浮かべる。
シャノンは優しすぎる。そんな少女が戦場でやっていけるほど、この世界は甘くないのに、どうしてそこまで……。
ロゼは少し考えた後、首を横に振った。
「そ、そっか……。で、でも、これからはずっと一緒に暮らせるもんね」
ロゼは目を細めた。シャノンがどうして、ここまで自分を気にかけるのかわからない。ロゼの目的のためには、シャノンは邪魔な存在だ。いっその事ここで、決別すべきか。
ロゼがゆっくりと口を開く。
「シャノン、私は――」
言う直前、夜空で複数の輝きが瞬いたのを、ロゼは見逃さなかった。
シャノンもそれに気づき、はっとして門の方へ顔を向ける。複数の光が、街の方へ近づいてくる。
光ではない――小型の弾道ミサイルか。
ロゼが認識したと同時に、それらが一斉に街中へ打ち込まれた。
着弾した瞬間、火柱を夜空へ放ち、爆風を四散させる。至るところで黒鉄の家々が吹き飛ぶ。遅れてやってきた一発は、ロゼたちからそう遠くない住宅街へと着弾した。
範囲は想像以上のもので、丘上にいたロゼたちを爆風の余波が襲った。更に、焼かれた夜風が熱風となってロゼたちを包み込んだ。
腕を交差させ熱風から顔を守り、ロゼはミサイルがやってきた方を凝視している。シャノンは耐えきれずに、地面に蹲っていた。
同時に軍の施設の方で巨大なサイレンが響き渡る。熱風が収まると、シャノンは慌てて立ち上がり、街を見渡した。
「あぁ……っ!」
悲鳴に近い声を、シャノンが絞り出す。先程まで静かだった街は、逃げ惑う住民たちの悲鳴とサイレンの音に飲み込まれていた。
火の手はどんどん広がり、街を照らしていく。視界が真っ赤に染まっているではないか。
「嘘……そんな……っ」
シャノンが動揺している理由。それはたった一つだった。
――火炎が渦巻くあの場所に、シャノンの家はあるのだ。
「パパとママが……!」
シャノンが丘を駆け下りていく。途中で、未だに眺めているだけのロゼへ振り返った。
「ロゼ! お願い、あなたも来て!!」
サイレンに負けじと、シャノンが叫ぶ。ロゼは背を向けたままだ。
と、サイレンが鳴り止んだ。軍の施設のほうが騒がしい。どうやら戦闘態勢に入ったようだ。
「私は、行かない」
ロゼは門の方を凝視している。街を囲む鉄柵の奥に、真紅の光がいくつか灯っている。間違いない。あれは、
「ロゼ……今、なんて……」
ロゼはもう応えなかった。シャノンは目元が熱くなるのを感じた。今から行っても、もう遅いかもしれない。けれど、諦めるわけにはいかなかった。
「ろ、ロゼは怖いんだよね。……大丈夫。あたしはお姉ちゃんだから。ここで待っててね……!」
言い残して、シャノンが駆け出していく。そんな彼女を気にもとめず、ロゼはただじっと状況把握に努めていた。
鉄柵を押し倒し、十数体の
『我々はアドラ帝国だ!! 《始まりの
――やはり。想像通りだ。しかしまさか、ここまで追ってくるとは。
すると、今度は軍施設の方から、緑のランプを灯したサントロス帝国の
それらを率いているのは、真紅の四足型
ロゼはもう一度だけ、街を眺めた。人々が、アドラ帝国の
この街はもう、戦場と化していた。アドラ帝国がいる限り、ロゼに安息の地はない。
ならここで、殺してしまおうか。
ロゼの黒髪が夜風にさらりと撫でられた。確か、離れた場所でも指示を出せば良かったか。
ロゼが胸中で念じる……。
『来い、ファーストワン』
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――樹海の奥で、ファーストワンが目覚める。そして主の元へ向け、全速力で飛び出した。
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