戦火の少女 ③


 サントロス帝国は別名、再生の国と呼ばれている。


 荒地の中心に構えるサントロス帝国は広大な土地を有し、国内の地面はアスファルトで、建物のほとんどが黒鉄。

 瘴気に飲まれた町から避難してくる民を受け入れるため、「もう一度生活をやり直せる」から再生の国と呼ばれているのだ。


 他にも理由はある。サントロス帝国は、この荒れた大地の緑化を目指している。限られた土地で生き抜くには、それしか方法がない。


 

 ……と、ロゼは少女から聞かされていた。


 少女の名前はシャノンというらしい。父親は口髭を生やしたマゼルという男で、母はリラという。シャノンの金髪と翠眼は、どうやら母から受け継いだようだ。



 さて。


 ロゼは今、シャノンの自宅にてシャワーを浴びているところだった。それもなぜか、裸のシャノンに髪を洗われている。


 ロゼは顔色一つ変えずに、不満気な口調で、


「一人で洗える」


「えー? そんなこと言わずにさぁ」


 とシャノンがはぐらかす。シャンプーで髪を洗い終えると、今度はトリートメントまでされる始末。諦めて無言のままでいると、シャノンがロゼの髪をさらりと撫でた。


「いいなぁ。癖がなくて、綺麗で。黒髪って珍しいもんね。それに……そんながあるなら、前髪で隠さなきゃいいのに」


 シャノンが鏡越しにロゼの顔を見る。ロゼの瞳は、左は黒色だが、右目は蒼色だった。

 ロゼは応えない。代わりに、鏡に映るシャノンをじっと見つめた。


 シャノンだって、癖のある金髪だが、顔立ちもスタイルもいい。同い年くらいだが、この発育の差はなんだろう。


 風呂を出ると、シャノンはロゼを連れて家を出た。母親へ夕飯までに戻ると約束を残して。


 二人ゆっくりとアスファルトの道を歩む。道ゆく人々は、みんな活気に満ち溢れている。こんなに人に囲まれたのはいつぶりだろうか。


「どこに行くの」


 シャノンの背中を追ってロゼが問うと、自信満々にふふんと鼻を鳴らされた。


「いいところ、よ!」


 東の方へどれくらいか歩くと、緑豊かな公園に出た。このアスファルトと黒鉄の国ではとても異質だ。


 ……ここが目的の場所かと思ったが違うようだ。


 シャノンとロゼは、走り回る子供たちに目もくれずさらに奥へと進んでいく。


 またどれくらいか進むと、正面に巨大な建物が見えてきた。黒鉄の、横長の建物だ。まるで倉庫の様にも見える。


 そこには数人の人々が出入りしていた。整備士の格好をした人たちも見える。


「ここは人型機械マキナの格納庫だよ。サントロス領土では、所持が認められているからね。…… 人型機械マキナは知ってるよね?」


 ロゼは「まあ」とだけ小さく口を動かす。シャノンがいくら優しいとはいえ、あの始まりの人型機械マキナ、ファーストワンに乗ってきたとは言うまい。


 シャノンはまだ饒舌に、


「ふふん。なんでここに来たのか、って顔だね」


「……別に」


「特別に教えてあげよう。シャノンちゃんはぁ…… 人型機械マキナに乗るのが夢なのです!」


 よくわからないやる気に満ちたポーズをして見せるシャノン。金の癖毛が風に揺れる。


 すると、この格納庫の前で騒いでいたせいか、出入りしていた整備士の一人に声をかけられてしまった。


「また来たのか、シャノンちゃん」


 声の方へ視線を向けると、整備士の格好をした六十歳くらいの白髪の男性が、帽子を脱ぎながら朗らかに笑っていた。


「アッシュおじさん!」


 シャノンもまた笑みを溢し、男性へ向き直る。その男性は、シャノンからロゼへと視線を移した。


「珍しいな。シャノンちゃんのお友達かい?」


 ロゼは目すら合わせない。それどころか、倉庫の中から聞こえてくる整備音の方が気になっていた。


 代わりに答えるシャノン。


「あたしの妹、だよ」


「妹?」


「そ。今日から妹になったの。ね、ロゼ」


 ロゼは一度シャノンを見た。


 ——シャノンはとても嬉しそうに声を弾ませていた。血の繋がらない妹が、そんなに欲しかったのだろうか?


 ロゼに探るような目で見られ、シャノンは気まずそうに苦笑した。


「えーっとぉ……ごめん、アッシュおじさん。ロゼは恥ずかしがり屋なの」


「まあいいさ。ロゼちゃんだったかな? 君にも格納庫の中を見せてあげよう」


 柄にも無く、素直に反応してみせるロゼ。

 もちろん何も言わず、ただ視線を向けただけなのだが。


 シャノンと男性が歩んでいくと、ロゼは一度空を見上げた。


 ——このぬるま湯に浸かっていられるのも、時間の問題だろう。嵐は突然やってくるのだから。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る