戦火の少女 ②


 樹海を抜け、今度は干上がった大地を歩み続けると、遠くに建造物の群れが見えてきた。

 あれが、サントロス帝国で間違いないだろう。


 足元には、なんの生き物かわからない骨がいくつも転がっている。こんな荒れた大地のど真ん中に国を構えるなんて、普通ではない。


 帝国の正面には、荒地を切り裂くようにアスファルトの一本道が視界の端から端まで続いている。その上を馬車や二輪駆動車が行き来していた。


 道路を渡り、ロゼはサントロス帝国の門へと向かう。タブレット端末を手にした門兵がいて、入国者の認証を行なっているようだった。


 ロゼが列に並ぶと、周囲から蔑みの目で見られた。列に並んでいるのは、基本的に家族連れだ。確かにこの中では、ロゼは浮いている。


 ——ロゼの番が来ると、門兵は決まり文句と共に顔をしかめた。


「再生の国、サントロス帝国へようこそ。嬢ちゃん、一人かい?」


「そう」


「名前は?」


「ロゼ」


「ロゼ……だけか?」


 ロゼが目を逸らし応えずにいると、男はタブレット端末を操作しながら、


「ええっと、ロゼ……ロゼ……駄目だな、国民情報がない。国には入れないよ」


 ロゼは別に動じなかった。他の方法は考えついていたし、今回失敗したとしても痛手ではない。なんなら、ファーストワンのシステムが作り出した偽造データを使う方が、今後リスクになる。


 正面突破を諦め、ロゼが黒髪を揺らし踵を返す。入り口の状況、門兵の配置場所、それらがわかるだけで充分だった。

 しかし、その場から離れようとしたその時、門の奥——広場の方から少女の声が聞こえてきた。


「ち、ちょっと待って!」


 ロゼは気にせず門から離れようとする。だが、どうやら声の主はロゼを呼んでいるようだった。

 駆けてきた人物が、ロゼのパーカーを掴む。ロゼは無理やり振り向かされても尚、無表情のままだった。


 現れたのは、年もさほど変わらない金髪の少女だった。金の髪を腰まで伸ばしていて、オーバーオールを着ている。胸も大きく、女性らしいがどこか男勝りな雰囲気もあった。


 その少女はロゼを引き寄せ、門兵へ朗らかに笑って見せた。


「あたしの友達よ。孤児だから、国民情報が無いのよ。ね」


 ロゼはそっぽを向いて、少女にこの場を任せることにした。

 もちろん、この少女は赤の他人であり初対面だ。なんの目的があってロゼの味方をするのか、さっぱりわからない。


「孤児だと? 尚更入れるわけにはいかないな」


 門兵が声を尖らせると、少女は「ふぇ!?」と慌て始めた。


「あ、えと……き、決めた。この子、あたしの妹にする!」


「君ねぇ、あまり無茶言うもんじゃないよ」

 

 まさにその通り。ロゼは門兵と少女の間に挟まれ、二人のやりとりを眺めている。


 と、今度は門の奥から夫婦が現れた。どうやら少女の両親らしい。

 門兵が事情を説明すると、母親がにっこりと笑った。


「では、わたしたち家族の養子にしましょう」


 これには門兵も「えっ?」と低い声で訊き返した。


「お母様、今なんと?」


「養子にします、その子。あなた、構わないでしょ?」


 今度は父親が快諾した。


「まあそうだな。ずっと一人でいたんだろう。見ればわかる。お嬢ちゃん、それでいいかい?」


 ロゼはこの状況に困惑し、門兵と目を合わせた。門兵も展開スピードに置いてけぼりをくらっている。隣では、目を輝かせる少女……。


 ロゼはため息と共に答えた。


「別に……いいけど」


 それから門兵に入国許可を貰い、まずは役所で手続きを行った。ロゼはひたすら待っていたわけで、なにもしていない。


 役所を出ると、ロゼは少女たち家族を置いて一人どこかへ行こうと考えた。入国さえできれば、この家族に用はない。

 しかし……少女がそうさせてくれなかった。


「今度は、あたしたちの家に向かうよ。まずはお風呂に入らないと」


 少女に言われ、ロゼは店の窓に映る自分の姿を見た。

 ボサボサの黒髪に、汚れた服。服と頬の汚れは主に返り血だが、少女たちはまさかそうだとは思わないだろう。


 ロゼはこの場を去りたい一心で、冷たく突き放す。


「別にいい」


「駄目だよ! 女の子なんだから!」


 少女が無理やりロゼの手を引く。ロゼはただ引かれるがままに、少女の後を追うのだった。


 

 

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