二つの帝国

戦火の少女 ①


 アドラ帝国の謁見の間で、灰色の長髪を持った若い男が玉座に腰掛けていた。


 まだ三十歳にも満たない若き国王――四代目国王ハルベルト・アドラだ。その前には、片膝をついた忠誠の姿勢でブラッドレイが頭を垂れていた。


 ハルベルト国王は年上のブラッドレイに気遣うこともなく、淡々と問いかける。


「我の聞き間違いであろうか。その女一人に兵力を費やし、ファーストワンまで奪われただと?」


「はっ。グレイグ・ブラッドレイ、一生の不覚にございます」


 ハルベルト国王は玉座に背中を預け、顔を伏せたままのブラッドレイを見下ろしている。


「ファーストワンは我が乗るに相応しい。他の誰であろうと、あの機体を汚すことは許さぬ。我が物顔で、その女が乗っているかと思うと……虫唾が走るわ」


「はっ。女の行き先はすでに調べております。奴はサントロス領土へと進行中。瘴気区域を超え、すでに到達しているかと」


「ほう。敵国であるサントロス領土へ、か。その女の正体はわかったのか?」


「データバンクにて照合中ですが、今のところは情報がありません」


「まあいい。ファーストワンを奪い返せば、どんな手段を使っても良い。たとえ、戦争の引き金を引いたとしてもな」


「仰せのままに――」


 

 屈強な側近たちに見送られ、ブラッドレイは謁見の間を後にする。それから城を出ると、綺羅びやかな街並みを眺め、にやりと笑った。


 ――あの女は特別だ。

 あの冷たい瞳。おそらく彼女は、一人で戦っている。どの国にも属さず、誰とも協力することなく……。


 彼女を突き動かす運命とはいったいなんなのだろうか。

 彼女ならきっと、世界を壊してくれるはずだ――。


 


 

------------------------------------------------------------------



 その頃、ロゼはファーストワンの操縦席に腰掛けたまま、モニターに映る地図を眺めていた。


 ――瘴気区域を超え、すでにサントロス領土へと入っている。今はファーストワンと共に、近くの樹海で身を潜めているところだった。

 灰の砂漠から離れただけで、ここは温かい日差しと新鮮な空気で溢れている。しかし、ここも瘴気に飲まれるのは時間の問題だろう。


「どうしよ」


 ロゼが鈴の音にも負けぬ綺麗な声で呟く。声のトーンも一定で、表情ひとつ変わりやしない。


 ロゼが悩む理由は一つ。


 全ての物資が入ったバッグを、あの場所に置いてきたことだ。


 代わりに、人型機械マキナ用のマシンガンと弾倉を手に入れたが、これで腹を満たすことはできない。

 ここから少し行った所に、サントロス帝国とやらがあるらしい。近くには村も町もないみたいだし、そこへ行き物資を補給するしかない。


 モニターには、サントロス帝国の概要が映し出されている。


 このサントロス領土では、軍用以外にも量産型ドールズのような人型機械マキナが存在しており、一般市民も所持することが可能なのだそうだ。主な用途は、人命救助や農業、土地開拓などらしい。


 すると、システムがいきなり話しだした。


『偽造データ作成完了。武器を所持したまま、当機と共にサントロス帝国へ入国できるよう、改竄しました』


「偽造……?」


 ロゼが首を傾げると、黒髪がさらりと流れた。


 モニターに表示された部分をタップする。すると、様々なが飛び出てきた。


 ロゼはサントロス領土の生まれで、人型機械マキナに乗り傭兵として生計を立てている。唯一の家族である父親が他界したあと、傭兵家業を継いだ、という設定だ。


「却下」

 

 絶対バレるに決まっている。


 ロゼの一蹴により、システムがモニターの情報を整理し始める。仕方なく、ファーストワンはここへ置いていくことにした。ファーストワンと共に帝国の面前へ向かうなんて、自殺行為にもほどがある。

 どうやらこの人型機械マキナは、特別みたいだから。


 ロゼは操縦席を立つ直前、再びシステムに声を掛けられた。


『ファーストワンの力が必要な時は、REシステムへ指示を下さい』


「……これから、離れるのに?」


『ロゼ様はすでにREシステムと共鳴状態にあります。離れた場所でも、簡単な指示であれば遂行可能です』


「……ふーん」


 よくわからないこともあり、ロゼは興味なさげに操縦席から出てファーストワンの肩から飛び降りた。


 すると、ファーストワンは樹海へ溶け込むように静かに機能を停止させた。ここは人が寄り付かないみたいだし、問題ないだろう。


 ロゼはフードを被る。揃えた前髪で片目を隠しているため、隻眼で前を見据え緑生い茂る樹海を歩み始めた。


 

  






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る