ファーストワン ⑤


 ロゼはスラストレバーを力強く前へ押し出す。すると、ファーストワンの背中と腰のブースターが、勢いよく点火した。


 そのまま、ファーストワンは弾かれたように前へ飛び出す。


 地上を滑るように移動する白銀の機体——。兵たちは咄嗟に避けたみたいだが、ファーストワンはジェット機顔負けの加速で建物を飛び出した。


 それからドリフトの要領でブレーキと共に背後へ振り返る。

 ロゼは僅かに驚いていた。


「……疾い」


 やがて、ロゼはモニターに映った飛行物体を捉えた。

 ファーストワンの頭上を、鳥型の輸送機が二機飛んでいる。その足元では、灰色の《人型機械マキナ》——量産型ドールズが輸送されていた。


 輸送機が、量産型ドールズを切り離す。二機の量産型ドールズはブースターを駆使して落下を制御し、ロゼの前に降り立った。

 量産型ドールズはファーストワンと比べて全体的に分厚い。素早い動きはできないものの、精密な操作が可能だ。決して安心できる相手ではない。


 量産型ドールズのパイロットが、ロゼへ通信を試みる。

 搭乗席に取り付けられたスピーカーから、


『こちらイージス部隊。コックピットから姿を現せば、攻撃はしない。大人しくその《人型機械マキナ》を引き渡せ』

 

 と聞こえてきた。


 量産型ドールズが、標準装備である75mmマシンガンを構える。ファーストワンはじっと量産型ドールズを眺めていた。


 ロゼは通信に応じる気はなかった。

 そのままパネルを操作し、そっと呟く。


「……良いデータが取れたらいいけど」


 つまりは、ファーストワンの機体性能を試す良い機会というわけだ。


 ファーストワンが一歩踏み出すと、相手は告げた。


『ならば力付くで奪うとしよう』


 量産型ドールズの片方が、75mmマシンガンの引き金を引く。その瞬間、ロゼはレバーを動かしブースターを点火した。

 右方向へスライド走行をしながら、量産型ドールズが放った銃弾を紙一重で避ける。地上では灰が巻き上がり、ファーストワンのブースター音が風を切り裂く。


 量産型ドールズは引き金を引き続けるが、一発もファーストワンへ当たりはしない。そのまま巨大な弾倉を地上へ落とし、代わりの弾倉をリロードする。

 

 ――量産型ドールズのパイロット同士では、こんな通信が行われていた。


『あ、当たりません! こんな疾い《人型機械マキナ》は、見たことが――』


『狼狽えるな! 赤外線誘導ミサイルを使うぞ!』


 すると、両方の量産型ドールズの背中部分から、複数のミサイルが煙の尾を引きながらファーストワンへ放たれた。


 一方ロゼは、パネルを操作しフレアを射出した。

 赤外線誘導ミサイルは、フレアの赤外線を感知しあらぬ方向へ舵を切ってしまう。

 フレアとミサイルが衝突し、爆炎が巻き上がる。もちろん、ファーストワンは無傷だ。


『挟み込め!!』


 量産型ドールズがブースターを駆使して、挟撃を試みる。それぞれがダガーを構え、展開し切るとファーストワンへ向かって前進した。

 ロゼはパネルを操作しながら、あることに気づいていた。


 この機体には、どうやら標準仕様である飛行機能が備わっていないらしい。量産型ドールズですら、数分は飛べるというのに。


 ……まあいい。ならば迎撃すればいいだけのこと。


 ファーストワンが、ロゼの操作に基づいて、片方の量産型へ向き直った。左肩のレールガンの照準が合っている。そして――射出。


 それは一瞬の出来事だった。鋭い輝きが一筋、矢のように伸びたかと思うと次の瞬間には量産型ドールズの胸元――エンジン部分が撃ち抜かれていた。量産型ドールズの上半身が重々しい爆発音と共に吹き飛ぶ。


 撃破。しかしロゼは、モニターのある部分を凝視していた。

 それは映し出されたエネルギー残量だった。レールガンを使用すると、大幅に消費されるらしい。


 残された量産型ドールズのパイロットは叫んでいた。


『ふ、副隊長ぉ!!』


 距離を詰めた量産型ドールズが、ファーストワンの背中へダガーを突き出す。ロゼはこれを読んでいた。

 ファーストワンが振り返りざまに、量産型ドールズの腕を弾き返す。それから、空いた手で腰のダガーを抜き取り、コックピット部分へ突き刺した。

 分厚い装甲に、ダガーの刃先が食い込む。すると量産型ドールズは情けない停止音を放ち、膝から地面に崩れ落ちた。


 ロゼはモニター越しに上空を見上げた。他に量産型ドールズは見当たらない。


 それから、先程までいた倉庫の方を見た。ズーム機能をオンにし、様子を伺う。


 ――夜盗族たちが兵に拘束されていた。すぐ傍には、あの金髪の男が立っていた。その男が、夜盗族のリーダーの頭を銃で撃ち抜く。他の仲間も、同様に始末していった。


 ロゼはなんの感情も抱いていなかった。「約束を守れなかった」だとか「助けられなかった」だとか、そんな感情は一切浮かばない。むしろ、面倒事が減って良かったとさえ思っていた。


 金髪の男が、ファーストワンへ振り返る。モニター越しに、ロゼのことを見ているようだった。

 金髪の男の口元が動く。こんなに離れた距離でも、ファーストワンに取り付けられた拡張機能により、男の声がスピーカーから聞こえてきた。


『素晴らしい』


 と、言っていたようだ。


 ロゼはそのまま始末しようかと考えた。しかし、応援部隊が来れば連戦を強いられる。まずはここから離れるほうがいいだろう。


 全ては、あの《黒い人型機械マキナ》を殺すために。


 破損した量産型ドールズから、75mmマシンガンと弾倉を二つ奪い、ファーストワンはその場を後にする。どこか、一人になれる場所へ――。



 その頃――金髪の男は、二脚を動かして立ち去るファーストワンの背中を眺めていた。ある兵が駆け寄り、敬礼をする。


「ブラッドレイ隊長、このまま逃してよろしいのですか? 彼女は、夜盗族の――」


「あいつは、夜盗族ではない。それにこの戦力で追った所で、返り討ちにあうだけだ。しかし……ファーストワンを起動できるとは、彼女はまさか……」


 金髪の男、ブラッドレイは髭を撫で思案している。先程の兵が、言葉を詰まらせた。


「あ、あの、《始まりの人型機械マキナ》―――ファーストワンは、そんなに特別な機体なのですか? ただの旧型では……?」


「REシステムって知ってるか」


「はい。レゾナンス・エボルブ・システムですよね。共鳴進化システムとも言われています」


「ああ。パイロットの意思と共鳴し、機体が強化される未知の力だ。この世界にREシステムが導入されている機体は、指で数えるほどしか存在していない。ファーストワンも、同様だ。いや……それよりも厄介だな」


 ブラッドレイは真紅の空を見上げる。降り注ぐ灰。帝国から離れただけで、気候含めなにもかもが違う。


 ――REシステムは、神が残した遺産。

 人々はそれらを改良し、手を加え、人類好みに作り変えてきた。

 

 ファーストワンは、旧型故に人の手があまり加えられていない。

 つまりは、なのだ。


「さあ……楽しくなるぞ」


 ブラッドレイが喉の奥で不敵に笑い、帝国へ戻るべく指示を出し始めた――。




 






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