ファーストワン ④


 昇降機と共に姿を現したのは、全長十五メートルほどの白銀の《人型機械マキナ》だった。


 その場にいた全員が、その美しさに脱帽していた。


 全身が白銀で、通常の《人型機械マキナ》よりも細身。背中と腰部分にはそれぞれ二つずつ巨大なブースターがあり、それもあってか上半身はやや分厚い。あれは、《人型機械マキナ》の標準装備といえるものだ。あのブースターのおかげで、全ての機体は素早く動くことができるのだ。


 次は武器だ。


 左肩にはレールガンが備え付けられており、今は待機状態のためか天井へ銃口が向いている。

 腰には左右それぞれダガーが備え付けられてた。標準装備の75mmマシンガンは見当たらない。


 頭部は量産型の《人型機械マキナ》——通称ドールズのような丸みを帯びたものではなく、鳥の嘴のようにやや前へ突き出したような形状になっていた。

 しかし、起動を示すランプがついていない。


 背中の搭乗口から続く操縦席には、誰も乗っていないのだろう。

 

「おい! どういう状況だよ!!」


 機体の足元に隠れ、夜盗族のリーダーが叫ぶ。他の二人も陰に隠れていた。

 地下から戻ってきて帝国兵に囲まれていたら、あの反応も納得だ。


 それから、リーダーがロゼへ気づいた。


「あんたも来てたのか! 脱出するために力を貸してくれねぇか!」


 ロゼは一度、帝国たちの様子を伺った。すでに統率を取り戻している。……時間の問題か。

 ロゼは冷静に、


「その《人型機械マキナ》を使って逃げればいい」


「それが起動しねぇんだ! 壊れてんじゃねぇのか!?」


 二人の会話を遮るように、統率者である金髪の男が声を張り上げた。


「当然だ! それは《始まりの人型機械マキナ》——ファーストワン。貴様ら盗人如きに動かせる代物ではない。その機体に選ばれた者でなければ、動かすことは不可能だ」


 あの男の言葉がどこまで本当かはわからない。ロゼはそもそも、この機体に対する情報を持ち合わせていないのだから。


 夜盗族たちが、銃で応戦する。また銃撃戦が始まった。戦力に差がある以上、得策とは言えない。


 ロゼは白銀の機体——ファーストワンを見上げた。


「おいあんた!」


 リーダーが、ロゼへ焦燥の混じった声音で呼びかける。


「俺たちはダメだったが……あんたなら動かせるんじゃねぇのか?」


 ロゼはゆっくりと首を傾げる。血のついた黒髪が、さらりと流れた。


「どうして?」


「死らねぇよ。勘だ!」


「私は、乗らない」


「じゃあ、なんでここにやって来たんだ?」


 リーダーの問いかけに、ロゼは目を細めた。


「別に……。その機体が欲しいわけじゃない」


「そうかもな。けどあんたは、《黒い人型機械マキナ》を追ってる。それはなぜだ?」

 

 昨日と同じ質問だ。何度もこのやり取りをするのは疲れる。そもそも、ロゼは人と話すのが好きではない。


「殺したいから」


 ロゼはただ一言そう答えた。リーダーは見透かしていたように笑った。


「復讐、だろ? あんたの目はそう言ってるぜ。じゃあこの機体——ファーストワンを、復讐のために使えよ。俺たちを助けてくれるなら、こいつはあんたに譲る」


 ロゼはなにか言い返そうとして、口をつぐんだ。

 復讐のために乗る——。そんなこと考えたこともなかった。そうすれば、あの《黒い人型機械マキナ》に近づけるのかも。


 このままやりとりをしていても仕方がない。ロゼはため息をついて、リストワイヤーを準備した。


「どうなっても、知らないからね」


 そもそも、動かせるかどうかすらわからないのだから。

 ロゼはリストワイヤーの照準を、ファーストワンの肩へ向けた。それからいつもの要領で、肩へと飛び乗る。


 帝国兵たちはロゼを引き止めようと必死だ。


 ロゼは直ぐにファーストワンの背中側へと移動した。それからハッチを開け、飛び降りるように搭乗席へ乗り込む。


 席につくと、照明を点灯させた。

 正面にはモニター、レバーやボタンがいくつもある。量産型ドールズとほとんど同じだ。


 モニターは真っ暗なままだ。ロゼは徐に左右のレバーを握る。


 すると、照明が赤く灯り、無機質な声が聞こえてきた。


『REシステム、起動。認証開始』


 量産型ドールズにはないナビゲートだ。REシステムなんて言葉も聞いたことがない。

 すると照明が元に戻った。

 

『認証完了。システム、オールグリーン』


 それを合図に、モニターに外の様子が映し出された。モニターには、機体の状態を示す表記や残エネルギーなど様々なものが映っている。


 

 《人型機械マキナ》の動力源は、ナノエンジンという特別なものだ。それは、アルカナイトという鉱石とナノマシンで構成されている。


 アルカナイトは宇宙から飛来した非常に希少な鉱物の一種であり、特殊な結晶構造を持っている。この結晶構造によって、アルカナイトは常温常圧下でもエネルギーを無限に放出する性質を持っているのだ。しかし、このエネルギーは非常に微弱であり、アルカナイト単体では大きな動力を得られない。


 そこで、ナノマシンが登場する。ナノマシンは非常に小さな機械であり、アルカナイトから得られる微弱なエネルギーを高効率に変換することができた。

 具体的には、ナノマシンはアルカナイトのエネルギーを電気エネルギーに変換し、高速回転するモーターを駆動して人型機械——マキナの動力源として利用するのだ。


 そしてこのエネルギーが切れるまでに、戦闘を終わらせなければならない。

 ……まあ、時間が経てばエネルギーも回復するのだが。


「——いくよ」


 一人呟き、ロゼはレバーを前へ突き出す。

 すると、ファーストワンの白銀の機体に、青いラインが灯った。目元にも青の光が宿っている。


 システムが、淡白に告げた。


『ファーストワン——始動』

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