ファーストワン ③


 翌朝。


 ロゼはすでにリーヴァ軍事基地へと向かっていた。灰の砂漠を歩き続け、鉄柵に囲まれた広大な敷地へとたどり着く。


 灰が積もっているが、ここが放棄されたリーヴァ軍事基地で間違いないだろう。いくつもの宿舎が立ち並び、奥には巨大な黒鉄の建物が見える。


 門には、すでに複数人の足跡があった。おそらく、昨日の夜盗族たちだ。足跡は、一直線に奥へ続いている。ロゼも、宿舎へ目をくれること無くただ真っ直ぐ、敷地を突き進む。


 黒鉄の建物は巨大な倉庫になっていた。鉄パイプが壁を伝い、様々な整備品が散乱している。中へ入るが、《人型機械マキナ》らしきものは見当たらない。

 しかし倉庫の奥には、巨大な円形の穴が深く空いていた。機体を運ぶ昇降機だろう。穴の中は暗く、どうやらここからでは昇降機を操作できないらしい。


「――やっぱり来やがったな、このクソ女」


 作業用の機械の影から、一人の男が姿を現した。アサルトライフルを持った若い男――昨日、兄を殺したロゼを憎んでいた男だ。

 ロゼは鞄を下ろす。すると、男はアサルトライフルの銃口をロゼへ向けた。


「動くな!! 今から、てめぇをぶっ殺してやる!」


「他のみんなは?」


 ロゼはまったく怯まない。男はロゼの態度に苛立ち、今にも引き金を引きそうだ。


「みんなは地下へ《始まりの人型機械マキナ》を探しに行ってる。俺はここで見張りだ。てめぇみたいなやつが、横取りに来ると思ってな」


 ロゼはパーカーのポケットに手を突っ込み、近くの機械へ腰掛けた。男がじりじりと詰め寄ってくる。


「いけ好かねえやつだ。お前は兄貴を殺した。痛めつけてから、ぶち殺してやる……!」


「好きにすればいい」


 男がアサルトライフルを握る手に力を込める。呼吸が荒くなる。目の前の少女はなぜ動じない? なにか策があるとでもいうのか。

 動揺していたのは男の方だった。ロゼは黒い瞳で男をじっと見つめている。


 直後――突然、天井が爆発し残骸が雨の如く降り注いできた。ロゼが引き起こしたわけでもないし、目前の男のものでもない。


 つまりは、関係のないの仕業。


 アサルトライフルの男が降り落ちてきた鉄板に押しつぶされ、砂埃と灰が巻き上がる。ロゼは機械の下へ素早く潜り込み、天井から残骸が降り落ちなくなるまで待った。


 ――これは、襲撃だ。

 

 ロゼはすぐに入口の方へ目を向ける。すると、青の軍服を着た兵たちが一斉になだれ込んできた。みんな銃を持っている。

 奥では金髪をオールバックにした筋骨隆々の中年男性が、拡声器を手にしていた。凛々しい顔つきの男だ。


『我々はアドラ帝国、《イージス部隊》。そこにいるのはわかっている。夜盗族よ、大人しく投降しろ。《始まりの人型機械マキナ》は、我々のものだ』


 標的はあくまで彼らか。《始まりの人型機械マキナ》は、どうやら人気らしい。


「夜盗族の死体を発見しました!」


 とイージス部隊の兵が叫んだ。鉄板に押しつぶされた男の死体だ。兵はすぐそこまで来ている。機械の下に隠れたロゼが見つかるのも、時間の問題だろう。


 ロゼはリストワイヤーの照準を、地面に転がっているアサルトライフル――先程まで男が持っていたものだ――へ合わせる。それから、射出。アサルトライフルを引き寄せると同時に、ロゼは飛び出した。


「い、いたぞ!!」


 ロゼは引き寄せたアサルトライフルを構え、一瞬の間に状況を把握した。


 正面に五人。鉄でできたキャットウォークには左右二人ずつ兵がいて、高い位置から工場全体を見下ろしている。


 正面の五人が銃の照準を合わせるよりも早く、ロゼがアサルトライフルの引き金を引いた。一人は眉間を撃ち抜かれ、二人は胸元を撃ち抜かれた。


「くそおおっ!!」


 残りの二人が撃ち返してくるタイミングで、ロゼは遮蔽の影に飛び込む。回り込むようにして、キャットウォークから一人の兵が銃を撃ってきた。ロゼの頬を弾丸が掠め、綺麗な黒髪をわずかに断ち切る。

 

 しかしロゼは怯むこと無く撃ち返す。すると弾丸は男の膝に突き刺さり、男はバランスを崩して地上へと真っ逆さまに落ちた。


 ロゼは、遮蔽を背にしてふぅと息を吐いた。それから、一人を倒し二人となった右のキャットウォークへ向け、リストワイヤーを射出する。一拍置いてワイヤーを引き戻し、高所にあるキャットウォークへ勢いよく飛び乗った。


 兵たちはロゼのその行動にあっけに取られている。追い詰めたと思ったのに、すり抜けるように打破されたのだから。


 ロゼが、キャットウォークで待ち構えている二人の兵へアサルトライフルの引き金を引く。しかし、弾が出ない。弾切れだ。ここは逃げ場も遮蔽もない。銃を持つ相手の方が有利だ。

 それでも尚、ロゼは顔色一つ変えない。目前の兵が、銃を撃つ。その瞬間、ロゼは一度半身になり


「そんなのありか!?」


 兵は愕然としている。詰め寄ったロゼは、太もものホルスターからナイフを取り出し、男の首元へ突き刺した。それから、流れる動作でハンドガンを奪い、傍にいたもう一人の兵を人質に取る。


 兵を盾にしたまま、しっかりとハンドガンの照準を合わせ、反対側のキャットウォークにいた兵たちを殲滅する。さらに、地上にいた残りの二人も排除。盾にしていた兵へも、簡単に引き金を引いた。


「おいおい、マジかよ」


 声の主は、入り口付近にいた金髪の中年男性だった。男は、返り血だらけのロゼを見て、なぜだか嬉しそうに笑っている。


「……」


 無言でロゼがその男へ照準を向ける。が、その背後からすぐに応援部隊がやってきた。


 と。


 ゴゥン!! という重々しい作動音が鳴り響いた。どうやら昇降機が動き始めたらしい。地下にいた夜盗族たちが作動させたのだろう。

 ロゼは地上へ飛び降り、作業用の機械を遮蔽にした。兵たちは警戒して詰めてこない。それとも、待っているのか……?


 ゴゥン、ゴゥン、と昇降機が上がってくる。


 まるでその場にいる者全員が、その瞬間を待ち侘びているかのようだった。


 ――《始まりの人型機械マキナ》が姿を表す、その瞬間を。


 

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