ファーストワン ②

 ――《黒い人型機械マキナ》 


 ロゼの言葉に男は顔をしかめた。


「なるほど、あんたはその《人型機械マキナ》を追っているのか。だが、俺も知らねぇな。帝国の機体じゃねぇのか?」


「違う」


 はっきりと言い切るロゼ。リーダー格の男はその理由を問いただしたかったが……別の質問を投げかけることにした。


「どうしてそいつを追ってるんだ?」 


 ロゼは目前の男から目を離し、天窓の下にいるアサルトライフルの男を一瞥した。その男は「絶対にぶっ殺してやる!」と、怒りに目を見開いて、外へ続く扉の方へ駆けていく。


 ロゼはリーダー格の男を無視して、立ち去ろうとする。しかし、その男に肩を掴まれ停止させられた。


「まあそう急ぐなや。俺たちは砂漠にある《始まりの人型機械マキナ》を見つけ、空に浮かぶ楽園コロニーへ向かう。そこは澄んだ空気があって、自然もある。なにより争いがねぇ。あんたも、聞いたことくらいあんだろ」


 ロゼは男の手を振りほどく。ついでに、ある細工を施して。


「知らない」


 冷たく言い放ち、ロゼはその場を後にする。ロゼが立ち去りながら考えていたのは、「血の付いたパーカーをどうやって洗おう」だった。





 真紅の空が闇空に変わり、月明かりが灰の砂漠を照らしている。


 ロゼは今、下着姿だった。


 偶然見つけた川で、パーカーについた返り血を洗い落としていた。この川は、灰で汚れていない。飲むことはできなくても、それ以外には使えそうだ。


 さっそく下着も脱ぎ捨てて髪と体も洗う。さらりと流れる黒髪に、人並みにある胸、肉付きの良い太もも。それらが月光を背に、艶めかしいシルエットとして写し出される。


 体を洗い終えると、ロゼは下着だけを身に付け、すぐ傍の野営地点へ向かった。野営地点と言っても、岸壁から石が突き出して屋根代わりになっているだけの粗末な場所だ。しかし、そのおかげで未だ空から降り続ける灰を被らずに済む。


 焚き火を熾し、服と全身を乾かしていく。だんだんと大きくなる焚き火を眺めながら、ロゼは鞄から飲料水を取り出し、口に含んだ。


「ふぅ」


 心を落ち着かせるように息を吐き、鞄から缶詰を取り出す。缶詰が残り十個。水は昼間に補充したのも合わせて約4リットルほど。

 こうやって「どれくらい食いつなげるか」を確認するのが日課になっていた。


 期限の近い缶詰を、温めることもせず口にする。トマトと豆の缶詰だった。


「おいしくない」


 なんて愚痴を吐きながら、平らげる。それからロゼは、鞄からイヤホンらしきものを取り出し、耳につけた。


 すると、ノイズの後に男の声が聞こえてきた。


『ザ――ッ……おいお前ら、明日には到着するぞ』


 昼間にいたリーダー格の男の声だ。ロゼは昼間、男の手を振り払う際、服に小型の盗聴器をしかけていたのだ。


 今度は、ロゼを殺したがっていたアサルトライフルの男の声が聞こえてくる。


『くそっ。俺は、あいつを殺してやりたかったのに。あいつ、俺の兄貴を殺しやがった』

『お前の兄貴は、力が足りなかった。それだけだ。このくそったれの世界は、強いほうが正しいんだよ』

『でもよぉ、リーダー……っ!』


 アサルトライフルの男はなにか言おうとして、また悪態をついた。次に話し始めたのは、知らない男だった。


『本当にこの先に《始まりの人型機械マキナ》があるんですか? しかもそれ、旧型なんでしょ。空も飛べるのかどうか』


『買った情報を信じるしかねぇよ。リーヴァ軍事基地は、《始まりの人型機械マキナ》を生み出し、そしてすぐに放棄された。残っててもおかしくねぇ』


 そこまで聞いて、ロゼは一人呟く。


「リーヴァ軍事基地……」


 鞄から地図を取り出し、地面に広げる。この灰の砂漠の、丁度西――六年前の地図には、確かにリーヴァ軍事基地が記されている。ここからそう遠くない。今ではここら一帯は灰に埋もれてしまっているが、まだ存在している可能性は高い。 

 

 ――そこに、《始まりの人型機械マキナ》とやらはあるらしい。

 

 

 《人型機械マキナ》は神からの贈り物だ。神が授けた技術により作り上げられた至高の兵器。その兵器を幾つ持っているかで、国の未来が決まると言っても過言ではない。


 もっとも、今では二つの国がほとんどを所有しているみたいだが。


「……《人型機械マキナ》、か」


 ロゼはそのまま仰向けになり、石の天井を見上げた。


 ――操縦したのは、が最後だったっけ。


 

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