白銀の機体

ファーストワン ①


 真紅の空から、灰が零れ落ちる。


 


 風吹く広場の中心で、ぎぃと軋みを上げる遊具。渇きに飢えた噴水に、緑を失った木々。

 駆け回る子供たちと翠の景色は、とうの昔に消え去っていた。


 今や、目に映る景色は全て、灰で覆われている。元々、ここに文明が栄えていたなんて、誰も信じないだろう。



 ——灰が積もってできた丘を越え、少女はフードを取っ払った。


 16歳ほどの黒髪の少女だ。肩上まで伸びた黒髪に、切り揃えた前髪で片目を隠している。

 パーカーにスカート。太もものホルスターにはナイフが納められていた。


 少女、ロゼは鞄を背負い直し、服の灰を払う。それから、中程まで灰に埋もれた大きな建物を見つけた。

 

 灰の山から突き出した看板には、ショッピングモールの名前と、奇妙なキャラクターが描かれている。


 ロゼのお腹がぐぅ、と鳴る。この二日、水しか口にしていない。


「……お腹、空いた」


 自分に言い聞かせるように。

 ロゼは歩み出す。


 ショッピングモールの中へは、裏手の窓から侵入した。


 中には灰が積もっていないが、暗闇が広がっていた。ライトを片手に、棚の物色を始める。


 水のペットボトルと缶詰を鞄へ詰め込み、闇の中を歩む。


 奥へ進んだところで、開けた場所に出た。ここは天窓から真紅の空の明かりが漏れ入って、辺りを見渡すことができる。

 果物の展示コーナーだ。腐ったものしか置いていない。


 ロゼは地面に視線を向ける。埃の積もった床に、ロゼ以外の足跡が複数。


「……」


 ロゼは小さく息を吐いた。

 

 そして、右手側から声が聞こえた。


「動くんじゃねぇ」


 口元を布で覆った成人の男が一人。その男が、嬉々として叫ぶ。


「おいお前ら! ここに女がいるぞ! 上玉だ!」


 ロゼは顔色一つ変えることなく、その男に向き直る。男はハンドガンを構えていた。


「おっと、動くんじゃねぇぜ。動いたら、その綺麗な顔に風穴を開けることになる。大人しく、俺たちにヤられろ」

 

 背後から、男の仲間の足音が近寄ってくる。


 男は動くな、と言った。しかし次の瞬間、ロゼは駆け出していた。


 ——目の前の男へ向かって。


「なぁ……ッ!?」


 男が銃の照準をロゼへ合わせる。次の瞬間、ロゼが右手のリストに取り付けた機械からワイヤーを射出した。


 ワイヤーが男の首へ絡みつく。男は息を詰まらせ、銃の引き金を引く。


 乾いた銃声と、視界を焼くマズルフラッシュ。銃弾は腐った果物を撃ち抜いただけだった。


 ロゼが跳躍し、男を飛び越える。そのまま背後からワイヤーで首元を縛り上げ、銃を奪うと男を膝立ちにさせた。それから、男のこめかみに銃口を押し当てる。男は必死に細い呼吸を繰り返していた。


「おい! なにがあった!!」


 奥の暗闇から、もう一人の男がやってきた。その男がアサルトライフルの照準をロゼへ向ける。


 このまま撃てば、ロゼも人質も蜂の巣だ。


 人質に取られた男が、途切れ途切れに声を絞り出す。


「撃……つな……!」


 そう言われた仲間は、照準を外さなかった。しかしロゼは、その男が引き金に指を掛けていないのを見ると、目を細めた。


「撃たないの?」


 ロゼの小鳥の囀りのような声に、アサルトライフルの男は悪態をつく。


「くそっ!!」


 男がアサルトライフルの銃口を下げる。男としては、ロゼを見逃して人質を解放してもらう算段だった。


 しかし、ロゼは突きつけた銃の引き金を躊躇うことなく引いた。人質に取られていた男の頭部から血が噴き出る。ロゼの頬にも、返り血が飛び散った。


 アサルトライフルの男は唖然としていた。


「は……?」


 崩れ落ちる仲間の死体。それから、ロゼへ視線が向けられる。


 ロゼは銃を放り投げた。


「こんなふうに、殺さなきゃ」


 アサルトライフルの男は狂った様に銃を乱射する。

 駆け出したロゼは、リストワイヤーを天窓へ向け射出した。ワイヤーに砕かれた天窓から、ガラスの破片が降り落ちる。アサルトライフルの男が怯んだ。



 そのまま鉄格子にワイヤーをかけ、ロゼはワイヤーを引き戻す力そのままに天窓から飛び出す。


 空中で体を捻り、鉄格子をくぐり抜けると綺麗に屋根へ着地した。膝立ちのまま顔を上げ、ため息をつく。


 ——すでに三人の男たちに囲まれていた。


「お前ら、撃つなよ」


 目の前にいたリーダー格の中年男性が、葉巻を咥え警告した。


 ロゼは頬の血を拭い、太もものナイフにゆっくりと手を伸ばす。


「まあ待て」


 リーダー格の男が低い声で制す。


「俺たちは夜盗やとう族。俺の仲間が喧嘩を売っちまったみたいだな。悪かったな」


「……」


 ロゼは立ち上がり、鞄を下ろす。


「お嬢ちゃん、俺たちはあんたに手を出さない。けれど一つ聞かせてくれ。あんたも、この灰の砂漠へ《始まりの人型機械マキナ》を探しに来たのか?」


「さあね」


 ロゼは無表情のまま、真紅の空へ視線を向ける。


「じゃあ、私も質問」


「おいおい、答えになってねぇよ」


 リーダー格の男の言葉を無視し、ロゼは続ける。


「……《黒い人型機械マキナ》を、見たことがある?」


 




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