第016話 素直じゃない少女の素直な想い(別視点)

■結城優奈 Side


―ガコンッ


 門と外壁が隙間を失い、校門が完全に閉まってしまった。それは彼との別れを意味する。私は校門から離れていく彼の姿を見つめる。


「お姉ちゃんこれ」


 妹が私に駆け寄ってきてその手に握ったものを見せる。そこには携帯電話の番号とトークアプリのLINGUのIDと思しきものが紙に書かれていた。


「これは?」

「もし困ったら連絡しろって。それとそれも出来ないならあの山の上にある神社が家だからそこにきてくれって小太郎が」


 私は妹の言葉を聞いて思わず感極まって泣きそうになる。


 彼は私たちを身を挺して守ってくれた。


 転んであの化け物に追いつかれてしまった時、私たちは間違いなく死んだと思った。実際彼が来てくれなければ祖父母と同じように影に体の端から喰われてしまっただろう。


 私は思い出して身震いする。


 そんな彼に対してもっと早ければなんて言ってしまった自分が恥ずかしい。しかも彼はそんな私に怒ることなく、逆に謝られてしまった。


 おじいちゃんとおばあちゃんを助けられなかったのは彼のせいじゃないのに……。


 二人はもういない。しかし悲しんでばかりもいられない。あの化け物はいなくなったわけじゃない。安心できる居場所を確保するまで気を抜けない。


 それに二人は私たちを逃がした時、生きろと言ってくれた。こんな世の中になっても精一杯生き抜くことが二人に報いる方法だと思う。


 その方法はあいつが教えてくれた。


 自分が手に入れた装備を惜しみなく私達に与え、レベル上げまでしてくれた。


 その上この避難所まで連れてきてくれて、何か困った時のために自分の連絡先と住所まで教えてくれるなんて信じられなかった。


 さらに驚きだったのは、彼は私達になんの見返りも求めなかった。最後まで少しだけ見返りを求められるかもしれないと思って警戒していたけど、彼は連絡先まで渡してそのまま去って行ってしまった。


 今までそんな男性ひとに会ったことはない。


 いつも自分達に近づいてくるのは自分たちの容姿や体を目当てにすり寄ってくる人間ばかり。それで昔誘拐まがいの事件に巻き込まれたこともある。その時は偶然数人のグループが通りがったおかげでどうにかなったけど。


 それ以来男は怖いし、汚らわしい存在だと思って生きてきた。


 でも彼は結局助けた代償に何かを要求することはなかった。


 私の男性観が完全に揺らいでしまった。


「……優しいわね、むっつりスケベだけど」

「うん。小太郎は凄く優しい人だけどエッチ。男だから仕方ない」


 ただ、彼がエッチなのは私達に向ける視線で分かっている。


 彼は目が合う前に逸らして気づいていないと思ってるのかもしれないけど、私たちの体に吸い寄せられるように見ていたのは気づいている。


 以前は男の視線なんて不快でしかなかった。でも、彼の視線は不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


「おい!!結城、さっさとついてこい!!」


 そんな感傷に浸っていた私達に不快な声が届いた。


 こいつも私達に不快な視線を向けてくる男の一人だ。女を自分の性処理の道具のように考えているに違いない。

 

「はい」

「分かった」 


 私たちは表情を消してこいつの後についていく。


「でもお姉ちゃん、本当に良かったの?」

「何が?」


 加奈が私に小声で尋ねてきたが、それがなんのことを指しているのか私には分からなかった。


「一緒についていかなくてってこと。さっき言おうとしてたでしょ?」

「~~!?」


 しかし、妹が続けた言葉で私は思い出し、それが図星だったことで驚愕して目を見開いて妹を見つめた。


「なんで分かるのって?そりゃあ分かるよ、双子だし。一体どれだけ一緒にいると思っているの?」

「それもそうね……」


 視線で私の言っていることが分かるのも、私が彼に言おうとしたことが分かるのも、双子であり、人生と同じ長さで一緒にいた相手として当然だ。


 その上、今日は自分と同じ経験をして、であろう彼女に私の考えが分からないはずがなかった。


「それで?本当に良かったの?」


 妹は改めて問い返す。


「そうね。本当は……本当はついていきたかったわ」


 出来ることならついていって力になりたかった。


 しかし、それは出来ない。


「それならどうして?」


 私が本音を吐露すると、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「今ついていったら足手纏いになるからよ」

「それは……」


 私の答えに妹は言葉を失い、すぐに私の言っていることを理解する。


 流石妹だ。


「加奈も分かっていたわよね。彼は信じられないほどに強いと言うことを」

「うん」


 私たちは気づいていた、彼の異常の強さを。彼は私達とそう変わりのないタイミングで覚醒したはずなのに、あの影の化け物を一人で圧倒するだけの強さがあった。


 確か彼はシャドウと呼んでいた。私達も今後はそう呼ぼうと思う。


「でも、私たちは完全に彼のお荷物になっていた。それじゃあ彼は自由に動けない。彼は何か目的があるみたいで焦っていた。彼の目的を果たすのに私たちは邪魔だったのよ」

「それはそうだね」


 圧倒的な強さを待つ彼でもお荷物が二人もいれば、かなり気を遣って進まなければならない。そんな状態では彼の目的が達成できなくなってしまうかもしれない。


 あまり猶予もなさそうな雰囲気だったし、切羽詰っている表情をしていた。


 彼の邪魔にはなりたくなかった。


「それに、ついていくって言ったら彼は困った顔をしながらも受け入れてくれたと思う。そんな優しい彼に私達という重荷を背負わせたくなかった」

「そうだね。ここまで連れてきたという義理が果たせれば、小太郎は私達とスッキリした気持ちで別れることが出来る。そうすれば、なんの憂いもなく目的を果たすことができるようになる」

「そう。だから私はここで別れたのよ」

「なるほどね。納得できた。そう言うところはちゃんと考えてるよね。小太郎の前に出るとあんなにポンコツになるのに」


 私の説明に納得した加奈。しかし、その後でニヤリとした笑みを浮かべて彼の前でのことをからかってくる。


「それは言わないでよ!!」


 私は彼の前での痴態の数々を思い出し、思わず大声で叫んでしまった。


 彼から飛びずさったのも、撫でられて硬直したのも、ツンツンした態度になるのも、全て彼の近くにいるだけでドキドキしてしまっておかしくなりそうだったからだ。


 加奈はそれを分かっていて私をからかっているんだ。


「おい!!何をくっちゃべってんだ!?静かについてこい!!」


 前を歩いている倉林のやつに話しているのがバレて怒鳴りつけられてしまった。


 せっかくあいつのことを思い出していい気分になっていたのに本当に嫌になる。


「ちょっと……あいつに怒られたじゃない」

「ごめんごめん」


 私が小声で加奈に詰め寄ると、加奈は苦笑いを浮かべて顔の前で両手を合わせて懇願するように頭を下げた。


「はぁ……とにかくこの避難所が良い場所だと祈りましょう」


 呆れてため息を吐いた後で校舎を見上げる。


 もう日も暮れそうな時間、所謂黄昏時の建物は不気味に見えて、それが私達の未来を示しているかのようだった。






■■■■

後書き

■■■■


いつもお読みいただきありがとうございます。

ひとまずここで一区切りです。


もし面白いor面白そうと思った方はぜひ作品フォローをして頂けますと幸いです。


引き続きよろしくお願いします!!

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