第015話 衝撃的で甘美な二つの感触

 辿り着いた有栖川学園は重厚な校門前にバリケード張られ、強化されていた。


「何者だ!!」


 俺達三人が学校に門に近寄っていくと、見張っていたらしき学校側の人間が叫ぶ。


「避難し遅れた人間を保護しました。ここの生徒だというので連れてきました」


 表に立っていた俺は返事をした後で後ろに下がって優奈と加奈を前に出す。


「お、お前たちは……結城姉妹か?」


 声の主はバリケードの隙間から彼女たちの身元を確認した。


 どうやら知っている相手のようだ。見た目はいかにも体育教師という風体をしていて、根性論とか押し付けてきそうな雰囲気をしている。


 俺の偏見でしかないけど。


「そうですよ。倉林先生」


 その相手に向かって俺に対する声色とは全く別人のように硬い返事をする優奈。


 え?さっきまでの彼女はどこにいったの?


 俺はそう思わざるを得ないくらいにキャラが違った。


「お前たちも無事だったか……。分かった。彼女たちを受け入れよう。君もうちに来たらどうだ?」

「いえ、俺はやることがあるので二人が無事校内に入ったのを確認したら、その目的を果たしに行きたいと思います」


 二人に対して邪な視線を向けている倉林だが、流石に教師という立場なのだからおかしなことはしないと信じたい。


 俺はそう考えて倉林に二人を託して聡と修二を探しにいくことにした。


「そうか……分かった。大人として止めたいところだが、決意は固そうだ。俺には何もできないが、せめて生き残るように祈っているぞ」

「ありがとうございます。二人の事を頼みますね」

「ああ、任せておけ。俺はここの教師だからな。生徒たちは俺が守る」

「よろしくお願いします」


 涙ぐむように目頭を押さえながら答える倉林に二人のことを頼む。彼は辺りに怪物がいないことを確認して校門を開いた。


 それなりの重さがありそうな門を軽々と開けている所を見ると、彼も覚醒しているらしい。


 俺は彼女たちが校内に入っていくのを見守ることにする。


「あ、あの……」


 二人が校内に入ろうと進んでいく途中で優奈が俺に何か言いたそうに振り返る。


「どうかした?」

「いや、なんでもないわ……助けてくれてありがと」


 俺が不思議そうに首を傾げるが、彼女は首を振ってから僕を見つめて小さく礼を言って学校の中へと歩いて行った。


 何か言いたそうにしていたように見えたけど気のせいか。


「ここまで連れてきてくれてありがと」

「いや、当たり前のことをしただけだ。気にしないでくれ」


 優奈に続いて加奈も俺に礼を言うが、あまり真剣にお礼を言われたことのない俺は思わず照れてしまって首を振った。


「命を救ったことが大したことじゃないなんて、それじゃあ一体何が大したことなの?」

「それは……」


 しかし、照れていたのがバレたらしく俺の顔を覗き込んでくる加奈に、俺は思わず言葉を詰まらせてしまう。


「ふふふっ。別に困らせたいわけじゃないよ。助けてくれてありがと。ちゅっ」


 そんな俺を見ておかしかったらしく口元を綻ばせる加奈。そして、俺の耳元に顔を寄せて呟いた後、俺の頬に今まで感じたことのない柔らかな感触を感じた。


「ふぁ?はぁっ?」


 でも俺の耳はその時の音を明確捉えていて、その柔らかさとその音が何を意味しているのかを瞬時に脳内で導き出してしまい、思わず呆けてしまう。


「あぁ~!!」


 その瞬間を見ていたらしい優奈が俺達を指さして大声を上げた。


 しかし、俺は放心して反応できない。


「ん?どうかしたの?」

「い、いい、い、いま、頬にキスしたでしょ!?」


 自分を指さされているので何かあったのかと首を傾げる加奈。


 優奈はワナワナと体を震わせ、愕然とした表情で加奈にズンズンと近づいてきてキスでもしそうなくらいに顔を近づけて目を見開いて問い詰める。


「それが何?」


 鬱陶しそうに顔を背けて何が問題なのか分からないとでも言いたげな加奈は首を傾げる。


「な、なんでそんなことをしてるのよ!?」

「ん?お礼」


 優奈が聞きたかった答えはキスをした理由だったらしく、加奈はその理由をなんだそんなことかと返した。


「だからって、そ、そそそ、そんなこと!!」

「羨ましいならお姉ちゃんもすればいいでしょ?」


 真っ赤になって少し俯いて叫ぶ優奈に、加奈は自然体で返事をする。


「わ、わわわ、私は、そ、そんなこと……?」

「できないなら諦めなよ」


 中々行動に移さない姉に素気無く言い放つ妹。


「そ、そそそ、そんなことはないわ!!わ、わわわ、私も感謝してるわ。こ、こここ、これはそのお礼よ。ちゅっ」

「あ、ああ……」


 妹に煽られて姉である優奈も緊張しすぎてロボットのようにガチガチな動きで近づいてきて、加奈とは反対側の頬にキスをした。


 俺は加奈のキスで呆然としていたのに、優奈のキスで完全に石になってしまった。


「ちっ!!おいお前たち!!早くいくぞ!!」

「は、はい」

「分かりました」


 俺が呆然としている最中、二人は俺達の様子を忌々し気に見ていた倉林に連れられて学校の敷地内に入っていく。


「ちょっと待ってくれ!!」


 俺は我に返って声を上げていた。


「どうしたの?」

「これ、俺の連絡先。それと連絡ができなかったらあそこが俺の家だから、どうしようもなかったらそこに来てくれ」

「わかった」


 優奈はあまり頭が働いていないらしく、ふらふらと学校の方に歩いていたが、加奈が俺の言葉に反応して立ち止まって振り返る。


 加奈に近づいて彼女に緊急時の連絡先などを手渡してから、一つの山を指さして俺の家の場所を教えておいた。


 何もないだろうが、心配だから念のためだ。


「やっぱり小太郎は優しいね。今度は口にしてあげるね」

「は?」

 

 加奈の信じがたい言葉に再び呆然となった俺は、その背中を見送る事しか出来なかった。


 今まで美少女に関わる事のなかった俺にとって、まさに推しそのものの体現と言える二人の頬へのキスは、あまりに衝撃的で甘美な感触だった。

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