第007話 現実を忘れた代償

 案外あっさりと勝つことができた俺達。と言っても俺は全く何もしてない。


「よっしゃ!!レベルが上がったぜ!!」

「私も!!」

「私も上がったみたいね」

「僕もだよ」


 どうやら彼らはレベルが上がったらしい。四人ではしゃいでいる。レベル一から二に上がるのが簡単なのはどのゲームでもよくあることだ。


 多分レベルアップの音声がステータスが覚醒した時と同様に彼らの頭の中で響いたと予想できる。


 でも、俺にレベルアップのアナウンスがないということは戦闘で何らかの貢献をしていないとレベルアップに必要な経験値か何かが貰えないということだろう。


「皆凄いな。初めてとは思えない戦闘だったよ」

「ははははっ。ありがとう。自分でもびっくりしてるよ」

「そうだな。まるで昔から知っているように体が動いた」

「それは私も分かるわ。杖術が浮かび上がって攻撃できるのよね」

「私は短剣術かな。鋭利な石でも代用できたからよかったよ」


 俺が褒めると彼らはまんざらでもないような顔になる。


 陽キャは苦手だけど、彼らに助けてもらったのは事実だし、実際彼らはきちんと戦えていた。それは本当に凄い事だ。


「それで俺たちはレベルが上がったみたいだけど、六道は?」


 里中はどうやら俺だけ声を上げなかったのが気になったようだ。


「いや、俺は上がっていない。多分何もしてないからだと思う」

「まぁそれだけで上がったら苦労しないか」


 俺の答えに里中は残念そうに返事をした。


 こいつは意外と気を遣ってくれてるみたいだ。


「なんとか一匹なら問題ないようだから避難場所を目指しながら倒してレベルを上げていこう」

「「「「了解」」」」


 里中は全員を視界に納め、改めて今後の方針を告げると、陽キャ達は頷いた。


 死体が残らないせいか、彼らには生物らしき何かを殺したという実感が薄いらしく、殺すことに抵抗はないらしい。


 頼もしいというかなんというか。こんな状態になったら四の五の言っている場合じゃないのは分かってるけど、こいつらみたいには中々割り切れないな。


 俺は悶々とした感情を抱えたまま彼らの後をついていった。


 それから俺達はこっそり移動しながらはぐれている化け物を倒しながら進んでいく。徐々に慣れてきて何十匹か倒すと、一匹なら全く苦にならない程簡単に倒せるようになってきた。


 気付けばレベルがもう一つ上がり、もっと楽になって相手にする数が増えるのは当然だった。二匹までは楽に相手に出来るようになっていた。


 そうやって楽になっていくと、楽しくなってきてさらに上を目指したくなるのが人間の欲というものだろう。


「皆、次三匹。どうする」

「俺はいけると思うぜ」

「私もさっきの様子なら問題ないと思うわ」

「僕はもう少し二匹様子をみたいんだけど……」


 篠崎が先行していたところから戻ってきて進行方向に怪物が三匹だけ徘徊していることを確認し、俺達にどうするか尋ねてくる。


 俺は只の守られ役なので何も言わない。


 聞いてくるってことは篠崎もこれまでの戦闘から自信をつけて三匹でも十分に対応できると踏んでいるということ。山田と高取も同様だ。しかし、リーダーである里中だけはもっと強くなってからのほうがいいと反対する。


 確かに命がかかっているから慎重になった方がいい。


「いやいや、二匹なんて余裕だったじゃねぇか。三匹もいけるって」

「そうね。二匹は簡単すぎるもの。三匹でも余裕よ」

「そうだね。私も二人に賛成するよ」


 しかし、三人が里中を囲んで説得を始める。


 里中は結構慎重派だけど、周りがイケイケ過ぎて抑えきれていないよな、いつも。


「いやいや、お前たちは分かってるのか?これは遊びじゃないんだぞ?」


 ただ、里中はそれでも引き下がることなく三人を諭すように言う。


 本当にその通りだ。三人は順調に進んできて、少しずつゲームの世界だとでも勘違いしつつある。


「何言ってんだよ、そんなこと分かってるに決まってるじゃねぇか」

「そうよ、そのくらい分かってるわ。それでも尚勝てると思ったから言ってるのよ」

「私も分かってるよ。ちゃんと三匹の怪物を見て、僕の職業の直感が行けるって言ってるんだよ」


 しかし、リーダーの声はレベルアップしてすっかり怪物を倒す快感に目覚めてしまった三人の心には届きそうになかった。


「はぁ……分かったよ。危なくなったらすぐに撤退するからな?」

「やったぜ」

「ふふふ。そんなに心配しなくても大丈夫だって」

「僕がちゃんと不意打ちで一匹目は簡単に倒せるようにするから任せてよ」


 説得を諦めた里中は三匹の怪物と戦うことを決意したようだ。


「悪いな六道。お前をわざと危険にさらすような真似をして」

「いや、あの三人は止められそうになかっただろ。気にしないでくれ。それに俺は守られている側だからな。何も言えないさ」


 里中は少し離れた俺の所に来てわざわざ謝罪する。それに対して俺は肩を竦めるしかない。


「そうだな。どこかで痛い目をみないといいけど……」

「それは里中がどうにかするしかないだろうな」

「分かってるよ」


 仲間たちのことを心配しているこいつだけは陽キャ達の中でもまともな性格をしていて、結構苦労していそうだなと思った。


「よし、それじゃあ、皆いくよ!!」

『了解』


 俺達は小声で合図をして三匹の怪物の許に向かった。


「しっ」


 篠崎が気配を消して怪物に近づいて攻撃し、怪物はかなり深手を負い、そこに高取と里中がなだれ込んで一匹目は一分程度で簡単に撃破してしまった。


 山田が二匹目と三匹目の攻撃を引き受けていて、一匹目が死んですぐに二匹目に他の三人がとびかかる。


 二匹目も不意打ちによるダメージはなかったが、このまま二、三分もあれば終わりそうだ。


「ボォエエエエエエエエエエッ」


 しかし、三人が二匹目の相手をし、山田が二匹の攻撃を受けている間に三匹目が今まで聞いたことのない低い管楽器のような鳴き声を出した。


「今の一体なんだ?」

「分からないわ。兎に角最後の一匹を倒しましょ」

「そうだな」


 暫くして二匹目を倒した三人は、さっきの鳴き声を気にしながらも三匹目の討伐にかかる。そして、攻撃が一匹からしか来なくなった山田も防御しながら戦闘に加わることで三分ほどで戦闘が終わった。


「やっぱり問題なかったな」

「でも今回も宝箱でなかったね」

「最初に出たのが運が良かったみたいね」

「はぁ~、倒せてよかったよ」


 里中以外の三人は無邪気に喜ぶが、彼だけはホッと安堵のため息を吐いた。


―ドドドドドドドドッ


 しかし、危機はまだ去っていなかった。いきなり地鳴りが起こり、その音が急速に俺達の方に近づいてくる。


「な、なんだ!?」

「何が起こってるの!?」

「ちょっと待って!?あっちから大量の――」


 突然の事態に狼狽えて、不安そうな顔で付近をキョロキョロと観察する三人。その中で篠崎が言おうとしたけど、その途中まででその声は途切れてしまった。しかし、その先は言わなくても分かった。


『ウ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ』


 大量の怪物が路地の中へと入り込んできたからだ。


 その数は五匹とか十匹とか言う数じゃない。恐らく数十匹か、もしかしたら百匹に到達している可能性さえあった。


「皆逃げろ!!」


 里中の合図で、硬直していた俺達は一心不乱に避難所を目指して逃げ出した。


 そして俺は山田に裏切られ、袋小路に追い詰められるという状況に陥る羽目になったのだった。

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