第002話 SAN値がピンチ!!

「んあ?」


 俺はその日高校が休みだったので昼過ぎになってから目を覚ました。


 昨日は朝方までイラストを描いていたから仕方がない。


「父さん、母さん、爺ちゃん、婆ちゃん、今日も俺は元気です。いつも見守っててくれてありがとう」


 真新しい家の中で、毎日の日課である仏壇の手入れをして手を合わせて祈りを捧げる。


 父さんと母さんは俺が小さい頃に亡くなったと聞いている。そんな俺を引き取って育ててくれたのは父方の祖父である爺ちゃんだ。


 爺ちゃんは仁道波輪度という神様?を祀っている神社の神主だったが、参拝客など皆無のため、基本的に別に本業があった。


 婆ちゃんは俺が小学生の頃に亡くなり、それからは爺ちゃん一人で育ててくれたんだけど、爺ちゃんも高校入ってしばらくして病気になり、そのまま息を引き取った。


 それから叔父さんが色々やってくれたおかげで、俺は両親や爺ちゃんの遺産で山の神社の横にポツンと建つ家に一人で暮らしている。それは爺ちゃんに託されたというのもあるし、単純に気に入っているというのもある。爺ちゃんは死ぬ前に家の建て直しまでしてくれたしな。


 叔父さんが良い人で本当に良かったと思う。叔父さんが悪い人なら遺産を全部取られてしまっていただろう。


「今日も素晴らしいピチピチをありがとうございます」


 故人への祈りを終えると、別室に移動してまた祈りを捧げる。ここは神聖な部屋なので俺以外入れないように鍵をかけている。


 そこには『アサシンガールズ』という、国の平和を守るために影で暗躍する少女たちを描いた神作品のグッズの数々が飾られている祭壇がある。


 少女たちは皆ピッチピチのボディスーツを着て敵と戦い、その姿がとてもエッチなのだが、それ以上に彼女たちの奮闘とストーリーが素晴らしい傑作だ。


 俺はイラストを描いていて、日夜彼女たちを広めることに力を注いでいる。そのため、いつの間にかボディスーツ伝道師なる二つ名でイラスト界隈では少々有名になってしまった。


 非常に素晴らしい二つ名をありがとう。


「さてトイレに行こう。漏れそうだ」


 朝起きてからまだトイレに行ってなかったことを思い出し、祈りを終えてすぐにトイレに向かい、その入り口の扉を開けた。


「トイレトイレ~っと」


 いつものように扉を開けて中に入ると、何故か吹き抜ける風によってまるで家の外にいるような感覚に襲われる。


「はっ?」


 無意識にトイレだと思ってあまり視界を確認していなかったので、目の前の光景に言葉を失った。なぜなら、そこにはトイレなどという文字が何一つ出てくることのない鬱蒼とした森が広がっていたからだ。


―グギャーグギャー

―クココココココッ


 あちこちから何らかの動物の声が聞こえる。ただ、明らかに知っている動物の鳴き声じゃない。


「そうそう。俺の家のトイレは森だった~……んなわけあるか!!」


 あまりの衝撃に自分でボケて自分でノリツッコミしてしまう。


「一体どこだよ……ここ……」


 余りにも見覚えのない光景に呆然としながら辺りを見回した。


「あ、ちゃんと家の中が見える。よかった……」


 後ろには俺が入ってきたであろうと思われる室内が扉のサイズのままくり抜かれて見えている。おそらく家の中に戻れるであろうことが分かってホッとした。


 ただ、その室内は空間にそのまま浮いていて、非現実的なのは揺るがしがたい事実。


「これ以上長居するのは不味い気がする。一旦家に戻ろう」


 ここが何処かは分からないが、あまり長い事いない方が良い気がしてすぐに家の中に戻って扉を閉めた。


―ガラガラ


「やっぱり夢じゃないみたいだ」


 念のため閉めた扉をもう一度開けたが、そこにはやっぱり森が広がっている。


 見間違いではないらしい。


「止めだ止め。外でしよう」


 あまりに理解できない光景に考えるのを止めた。


 この辺一体の山は爺ちゃんの土地だったため、それを引き継いだ俺がちょっとくらいその辺で垂れながそうが俺の自由だ。


 トイレから移動して勝手口から外に出る。傍にある林の中で済ませてしまうつもりだ。


「はっ?」


 しかし、また驚きで目が点になった。なぜなら、目の前にいきなり雲海が広がっていたからだ。しかも裏口の先にある石で出来ている部分の先はぜーんぶ雲だ。


「いやいや、俺んちは山の中にあるけど、こんな雲海が見渡せるほど高い位置にはないぞ!?」


 俺は一人で首と手を振って目の前の現実に再びツッコミを入れる。


 勝手口の裏には昔の名残の井戸の跡と、少し先に林があるだけのはずだ。それなのに何故か雲海が広がっている。


 訳が分からないとしか言いようがない。


「それよりもう我慢できない!!」


 しかし、目の前の受け入れがたい現実よりもこのままでは漏らしてしまいそうだったので、トイレの方を優先させてその場でズボンを下ろして放出してしまった。


 はぁ……なんて解放感。


 我慢しまくった後の快感と見渡す限りの雲の景色に暫しの間酔いしれる。


「それにしても何がどうなっているんだ?」


 スッキリした俺は現在自分に起こっている状況を考える。トイレは森。勝手口は雲海、それじゃあ、他の扉は一体どこに繋がっているのだろうか?


 そもそもきちんとこの家から無事脱出し、慣れ親しんだ街に行くことができるんだろうか?


 そんな不安が漠然とよぎり、家中の扉という扉を開けて確認した。


 その結果、家の中の内六つの扉が、六つの全く見覚えのない場所に通じていることが分かった。


 なんなんだこれは……。


 俺の理性は限界を迎えた。


―プルルルルッ

―ガチャ


「あ、もしもし?ドアの修理って受け付けていますか?あ、はい、そうです、一軒家になります。どういう状況?そうですね、どの扉も意図した場所とは全く別の場所に繋がっているので、ちゃんとそのドアにあった場所に繋げてほしいんですよ。は?訳分からん電話を掛けてくるな?いやいや俺の方こそ訳が分からないんですよ。トイレの扉を開けたら見たことがない森が広がってて……あっ!!ちょっと待って!!話を!!話を聞いてください!!お願いします!!…………切られた……」


 あまりに異常な光景を前にして、ドアの修理をしてくれる業者を探して電話を掛けたが、「迷惑電話なんてかけてくるな!!」と一喝され、電話を切られてしまった。


「当たり前だよなぁ……扉を開けたら森に繋がってるとか言われても意味わからないし、もし理解できても信じられるわけがない……何言ってんだって話だよな……」


 がっくりと肩を落とす。


「俺は何か悪いことでもしたのか?」


 もうこれ以上考えるのも嫌になり、夢であることを願って今日は部屋から出ずに過ごすことに決めた。


 ひたすらにアサシンガールズのヒロイン達のイラストを描くのに没頭していつの間にか意識を失ってしまった。


 俺はこの日の出来事がまだ序章に過ぎないことを何も知らなかった。

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