第003話 日常が壊れた日

「あぁ~、やっぱ夢だったのか……」


 目を覚ましてすぐにトイレに向かい、扉を開けてみればそこには徐々に慣れつつあるトイレの空間が広がっていた。


 昨日の出来事は俺の夢だったということが分かってホッとする。


 なにせ滅茶苦茶リアルな夢だったからな。漂う湿気とか匂いとかまるでそこに本当に森があるように感じたから思わずビビッてしまったけど、夢ならそう焦る必要もなかったな。


 一通りの扉が問題ない事を確認した俺は、祈りと手早く朝食を済ませて制服に着替えて学校に向かった。


 心の中で昨日の光景が少し引っかかったまま……。


「おはよう。小太郎君」

「ロッコ、おはよう」


 教室にやってくると、クラスメイトの二人が声を掛けてきた。


 彼らは俺の幼馴染で、爺ちゃんに引き取られてから通い始めた小学校で出会い、それから高校までずっと一緒の腐れ縁だ。


 先に話しかけてきたのはサラサラヘアーを持つ爽やかで線の細いイケメンだけど、賑やかな事が苦手なタイプで、元々俺達とつるんでいたこともあり、陽キャの奴らとは距離を置いている竹中聡。実はその見た目とは裏腹に腹黒い。


 もう一人は短髪で三白眼で目つきが悪く、裏の仕事の人間に間違えられそうな人相の持ち主だが、実際は優しい奴で可愛いものが好きな真田修二だ。


 修二は俺の名前の六道小太郎りくどうこたろうの漢字にちなんで、俺をロッコと呼ぶ。


「ちょっと聞いてくれよお前たち」

「ん、どうしたの?」


 席に着くなり、彼らに昨日の不思議な出来事を話した。


「いやいや、それはありえないでしょ」

「ないな。それは妄想か夢かのどちらかだろ」


 やはり話した途端二人からは完全に否定されてしまった。


「だよなぁ。俺もそう思う。夢だとは思うんだけど、あまりにもリアルでなぁ。無性に気になるんだよなぁ」


 俺が夢だと思っているくらいだから二人が否定するのも無理はない。だけど思い出す度に見知らぬ世界の事がついつい気になってしまう。


 五感全てがあの場所が実際に在ったと囁いているからだろうか。


「あのさ、今日家に泊まりに来ないか?何日かかけて検証したいんだ。何もなければ諦めるし、礼はするからさぁ」


 もしまた現象が起こった時一人だと何があるか分からないので、二人にも一緒にいて欲しかった。


 手を合わせて懇願するように頭をさげて目をギュッとつぶって頼み込む。


「塾があるから無理だね」

「俺もバイトあっから無理」

「この薄情者!!」


 しかし、二人はバッサリと俺の誘いを断った。


「おーいお前ら、ホームルームを始めるぞ。席につけー」


 まさか断られるとは思わなくて叫んだけど、そこに担任が入ってきて俺達の話は中断されて話は終わってしまった。


 学校が終わった俺達は朝の話も忘れてそれぞれの家路につく。


「それじゃあまた明日ね」

「じゃあな」

「ああ。またな」


 ふと冷蔵庫の中身が心許ない事を思い出し、スーパーに向かうべく方角を変えた。


「今日はカレーにでもすっか」


 スーパーに着いた俺は安くなっている商品を眺めながら今日の献立や、数日分の食料を買い込んでいく。


 満足したので会計をしてスーパーの外に出ると、視線の先にはクラスメイトの陽キャ組が歩いているのが見えた。


 俺はいつものように彼らとは関わることもなく、いつもと同じ道を通り、いつもと同じような光景を見ながら、いつもと同じように家に帰ることが出来るはずだった。


「お、おい……あれはなんだ?」

「え、何あれ……」


 しかし、家に向かって歩き始めてしばらくして住宅に差し掛かった時、理解出来ない事態がおこる。


 誰が最初に気付いたのかは分からない。


 でも俺はその誰かの言葉と、皆が指し示す先に眼を向けた。歓楽街なのに、空中に異質な真っ黒な渦が浮かんでいる。どうみて渦にしか見えないソレはあまりにも非現実的だった。


 しかも渦は一つではない。


 見える範囲だけでもいくつかの渦が確認できる。ただ、あまりに不気味なため誰もその渦に近づこうとはしなかった。しかし、怖い物見たさなのか、ただ足が竦んで動かなかったのかは分からないが、その場から動き出そうという人間はいない。


 昨日の扉のこともそうだったけど、不可思議な現象が起こっている。


 何がどうなっているんだ?


 身構えていると渦に変化が起こる。


 渦の中から異形の存在がぬるりと姿を現した。そいつは黒い人影が平面から抜け出して現実世界に飛び出してきたような異形の存在だった。


「化け物……」


 その姿は明らかに地球上の生物とは思えないが、その現実離れした姿に思考が固まってしまって未だに誰も逃げようとはしていない。


 黒い影はノロリノロリと渦の中から何匹も姿を見せる。


「おい、君たち動くな!!」


 黒い影たちの前に勇敢な警察官が立ち塞がり、拳銃を構えて命令を下した。


「ヴォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……」


 しかし、黒い影はおどろおどろしい声を出し始め、全く止まる気配がない。


「お、おい、それ以上近づいたら撃つぞ!!」

『ヴォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……』


 焦る警官だが、黒い影達は止まることなくどんどん警官に迫っていく。


「悪く思うなよ!!」


―ダーンッ


 それでも近づいてくる相手に、警官は威嚇射撃を行ったが全く効果なし。そのまま黒い影は警官にゆっくり近づき続ける。


 もう数メートル。ほとんど距離がない。


「くそ!!もう知らないからな!!」


―ダーンッ


 影たちに向かって銃を発砲した。その銃弾は見えなかったが、影の体表が少しだけ凹んだのは分かった。しかし、それ以上の効果はなく、彼らの歩みが止まらなかった。


―ゴクリッ


 誰ともなく、その場から動くことが出来ずに喉がなった。


「畜生なんなんだよ!!こいつら!!」


―ダーンッ

―ダーンッ

―ダーンッ

―ダーンッ


 警官は何度も何度も銃弾を撃ち込む。しかし、全くダメージを受けている様子はなかった。


「くそ――」


 銃の弾が切れた警官は下がりながら銃に弾を込めようとする。しかし、目を離した一瞬、影の人の頭のような部分がアーチを描くように警官の頭を飲み込み、すぐに元の場所に戻った。


 影が頭がもごもごと形状を変えて蠢き、警官が立っていた場所に残ったのは彼の首から下。


 止まった時が動き出すように、その体から血しぶきが上がり、周りには真っ赤な水たまりが出来上がった。


「……」


 辺りに沈黙が広がる。


―ゾワリ……


 あれはヤバい……兎に角逃げないと……。


 俺の背中に寒気が走ったが、体が硬直して動かない。


「きゃああああああああああっ!!」


 しかし、その沈黙を女性の誰かが破り、その場に居合わせた人間は一斉にその影から逃げ始めた。まさ蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う光景であった。


 俺も一目散にその場から逃げ出した。

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