第2話 エリート事務所
私はふわふわとした気持ちのまま寮に戻り、貰った名刺をぼーっと眺めていた。
「……うん。やっぱり、2級事務所って書いてある」
未だに信じられないけど、書いてある文字は変わらない。
防衛省にある陰陽師協会のホームページにも、2級の枠に『(株)鬼門の虹』の文字があった。
「なんで私なんかに、声をかけてくれたんだろ?」
就職の面接を兼ねた卒業試験は、すべてが不合格と言っていい結果だった。
それなのに、なんで?
そう思っていると、ベットに寝転んでいた大黒が、ふあ~……、と大きな欠伸をした。
「理由なんてどーでもよくね? そこ以外に、選択肢なんてねーんだろ?」
「それは、まあ、そうなんだけど……」
大黒が言う通り、私を誘ってくれたのは『(株)鬼門の虹』ただ1つ。
陰陽師以外の道を選ぼうと思っても、
「それによ? やっと、相棒の価値がわかるやつが現れたんだろ?」
「……そうなのかな?」
落ちこぼれ人生だったけど、大黒だけは、私を高く評価してくれている。
だから、社長さんで二人目って言ってもいいんだけど……、
「契約した時から言ってるけどよ。お前はすげーやつなんだぜ? 自信持てよな」
「……うん。そうだよね」
その言葉だけが、ずっと私を支えてくれた。
名刺をくれた社長さんも、私のことを『素晴らしい』と言ってくれた。
私も、お父さんやお母さんみたいな陰陽師になれる?
どうしても捨てきれなかった想いが、私の中で膨らんでいく。
「お? いい顔になったじゃねぇか。ハンカチとテッシュは持ったか?」
「うん。部屋も片付けて、私物は全部持ったよ」
「よーし。いっちょ乗り込んでやろうぜ!」
尻尾を支えに二本足で立った大黒が、腰に手を当てて窓の外を指さす。
顔だけを振り向いて、楽しそうに笑ってみせた。
「これが覇道の始まりだな!」
「……そうなるように、頑張ってみるよ」
おちこぼれの私には、苦笑を返すことしか出来ない。
だけど、正面に見える太陽が、私たちの未来を明るく照らしてくれている気がした。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
私服に着替えて電車に乗り、山手線に揺られる。
人混みに紛れるように巣鴨で降りて、大黒と一緒に歩くこと5分くらい。
「駅の近くにあるなんて、さすがは2級事務所だよね」
「だな!」
陰陽師協会の本部がある霞ヶ関まで、電車で20分ちょっと。
すっごく近いって訳じゃないけど、田舎者の私からしたら、十分に都会だ。
「そんな所で働けるなんて、さすがは相棒だな!」
「すぐに解雇されないか不安だけどね」
苦笑しながら歩き続けて、住宅街の一角で足を止める。
スマホに映る住所と名刺を見比べて、私は首を傾げた。
「住所はここになっているんだけど……」
「ん? ここ?」
目の前にあるのは、築50年くらいのアパート。
二階建てで、赤くなったトタン屋根やさび付いた階段が、月日の流れを感じさせる。
―――――――――――――――
(株)鬼門の虹
(入居者募集中)
月額3万円
(敷金礼金 無料)
―――――――――――――――
日に焼けた看板には、そんな文字か書いてあった。
「本当に2級の事務所……?」
そんな言葉が漏れてしまうくらいボロボロだ。
どう見ても崩れかけのアパートで、陰陽師の事務所には見えない。
「なあ、相棒。違う場所に来たんじゃねぇか?」
「そんなことないと思うんだけど……」
事務所の住所とスマホの地図をもう一度照らし合わせる。
東京都豊島区巣鴨3丁目……、
「うん。やっぱり、ここみたいだよ?」
信じられない気持ちはわかるけど、看板に『(株)鬼門の虹』って書いてあるし。
陰陽師協会のホームページに書いてある住所も、ここになっている。
「なあ、相棒。2級事務所ってのは、上位7%に入るエリート集団なんだろ? 騙されてんじゃねぇのか?」
「え……?」
「相棒は抜けてるからな。俺は心配だぜ?」
いやいや、そんなことないよ!
そう言い返したいけど、反論出来るだけの実績がない。
こんな場所に2級事務所があると思えないのは、私も一緒だからね。
「おや? 想定より早かったですね」
「ーー!!」
背後から聞こえた声に、慌てて振り返る。
卒業試験で名刺を渡してくれた社長さんが、優しそうに微笑んでいた。
「この場にいると言うことは、私の事務所を選んでくれた。そう思っていいですね?」
「はい! よろしくお願いします!」
「そうですか、とても喜ばしいですね。ですが、そう緊張しなくても、獲って食べたりはしませんよ」
そう言って、社長さんが笑ってくれる。
慌てて姿勢を正した私を尻目に、大黒が社長さんの前に飛び出した。
「おうおうおう、おまえが親玉だな? 相棒を騙したりしたら、タダじゃおかねぇからな!?」
地面に2本足で立って、ファイティングポーズで威嚇する。
――ちょっ!? えっ!? なにしてるの!?
そう思いながら、慌てて大黒を回収しようとした私を、社長さんが手で制した。
大黒と視線を合わせるように膝を曲げて、1枚の名刺を差し出す。
「安心して頂いて大丈夫ですよ。私は、優秀な彼女と一緒に仕事がしたい。それだけですから」
「……ふむふむ。その優秀ってのは、本気で言ってるんだよな?」
「ええ、もちろん。彼女以上に優秀な人材など、日本中を探しても、数えるほどしかいませんよ」
「ほへ~、わかってんじゃねぇか! 相棒! こいつ、いい奴だぞ!」
ぐるりと振り向いた大黒が、嬉しそうに胸を張る。
うん、それはいいんだけど、私の心臓はバクバクだよ!?
「どうやら、式神様にもご理解頂けたようですね。それでは事務所を案内します」
社長さんはそう言って、ボロボロのアパートに視線を向けた。
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