霊力を極めた陰陽師 ~落ちこぼれの私がエリート事務所で無双します。精密操作は任せてください!~

薄味メロン@実力主義に~3巻発売中

第1話 スカウト

 結界が張られた体育館の入口。


 精神統一をする同級生を横目に、私ーー六道ろくどう魅零みれいは、吐き気を飲み込んでいた。


「大丈夫。私ならきっと出来る」


 今日は、陰陽師学校の卒業試験。


『陰陽師になれるか』

『お腹がすいて死ぬか』


 そのどちらになるのか、決まる日だ。


「次の5名、入りなさい」


 遠くから聞こえる教員の声に、先頭の5人が体育館に入っていく。


 入れ替わりで出て来た同級生が、私を見て肩をすくめた。


「見ろよ。落ちこぼれが緊張してるぜ?」


「うーわ、ほんとだ。合格するはずないのにな」


「期待するだけ無駄だってわかれよ、ばーか」


 くははは、と笑いながら去っていく。


 みんな余裕の表情だ。


 きっと、どこかの企業に拾われたのだろう。


「……はぁ」


 漏れた溜息を隠すように、狩衣かりぎぬから扇子を取り出して口元にあてる。


 見せかけだとバレてもいい。今は余裕を持たないと。


 そう思った時、頭にのせていた烏帽子えぼしから、白いネズミが飛び出して、私の肩に乗った。


「おいおい、しっかりしろよな? 元気だして行こうぜ!」


 声の主は、目の前にいるこの子。


 落ちこぼれの私に従ってくれる、唯一の式神だ。


 本名まなは教えてくれないから、私は勝手に、大黒だいこくと呼んでる。


「なあなあ? 今日の試験に合格すれば、美味いもんが食えるんだろ? ピーナッツ、チーズ、カニ、うなぎ、シャトーブリアン!」


 大黒は口をモグモグさせながら、長い髭を拭う。


 プレッシャーで押し潰されそうな私と違って、大黒は楽しい夢を見てるみたい。


「くあー、腹いっぱい食いてえな! 松阪牛ですき焼きしようぜ!」


 肩の上を走り、私の頬をペシペシ叩く。


 そんな大黒の言葉に、すこしだけ、心が軽くなった気がした。


「そうだね。頑張ってみるよ」


 こんな私でも、拾ってくれる事務所があるかも知れない。


 徹夜で書いた霊符れいふが5枚。


 護符ごふが2枚、人形ひとがたが3枚、呪符じゅふが3枚。


 簡易の六壬式盤りくじんちょくばんに、両親が残してくれた短刀。


 うん。全部揃ってる。


「次の5名。前へ!」


「よーし、いっちょやってやろうぜ、相棒!」


「うん!」


 ぎゅっと両手を握り、私は同級生の背中を追いかけた。



 体育館に続く廊下を抜けて、観客の中を進む。


 沢山の人が私たちを見てるけど、そっちは気にしない。


 口から心臓が出そうだから、出来るだけ気にしない……。



「ーー防御陣。はじめ!」


「「「!!!!」」」


 不意に聞こえた教員の声に、私は慌てて護符を引き抜いた。


 人差し指と中指で挟んで、霊力を高めながら祝詞のりとをあげる。


けましもかしこ伊邪那岐大神いざなみのおおかみ……」


 誰かがまじないで作った椅子が5つ現れ、その中にの1つに私の名前が書いてあった。


『あの椅子を防御陣で守れ!』


 そういうことだろう。


六道ろくどう魅零みれいが乞い願う。護り給え、払い給え、清め給え!」


 椅子に張り付く護符の姿を見届けて、私は両手で印を結んだ。


 結界は無事に張れたけど、私が1番遅かった。


ーーでも、本番はこれから!


 強度で挽回すればいい!


 そう自分に言い聞かせたとき、結界が青く光った。


「ぐっーー」


 青い炎が私の結界を包み、固めた霊力が一瞬で崩れ去る。


 あまりの衝撃に立てなくなり、片膝を着く。


 六道と書かれた名札が、目の前で燃えていた。


「そこまで! 無傷2名。半壊2名。全焼1名」


「ほぉ、あの2人は良さそうですね」


「速度を考えると、半壊の2人も合格でしょう」


「全焼の1人はダメですな」


 顔を伏せる私を尻目に、同級生が賞賛を受ける。


 烏帽子えぼしから出てきた大黒が、私の頬をペシペシ叩いた。


「なーに。次は大丈夫だろ。なっ、相棒!」


「……うん。そうだね」


 気丈に笑うけど、同級生とおちこぼれの差は大きい。


『失せ物探し』

厄祓やくはらい』

まじない返し』


 続く試験も、結果は散々なもの。


 せめて、なにか1つだけでも!


 どうにかして結果を残さないと!!


 そんな思いで迎えた最終試験。


田崎たさき。前へ」


「はい!」


 1人1人名前を呼ばれ、式神を披露する。


「ほお。小鬼か」


「やはり優秀ですね。5級の事務所も動くでしょうが、我々も手をあげますか?」


「うむ。来てくれれば儲けものだな」


 陰陽師の職場は1級から6級に分けられていて、新人のほとんどが、5級か6級の事務所に就職する。


 優秀な生徒は優秀な事務所が拾い、貰い手がないおちこぼれは陰陽師になれない。


 卒業を目前に退学だ。


「次、六道ろくどう 魅零みれい


「はい!」


 小さな事務所で大丈夫です!


 精一杯頑張ります!


 私に、ごはんと住む場所をください!


六道ろくどう魅零みれいが命ずる。我が手足となるものよ。その姿を我が前に示せ。急急如律令きゅうきゅうにょりつりょ!」


ーーあの頃みたいに、飢える生活は絶対にイヤ!


 そう心から願ったけど、訓練で出来なかった事が、本番で出来たりしない。


 飛ばした人形が姿を変え、現れたのは小さな白いネズミ──大黒が1匹だけ。


 客席は静まり、同級生から失笑が漏れる。


「……彼女の勧誘を希望される方は、御手元のボタンを押してください。挙手でも構いません」


 進行役の先生も、諦めが混じる声を出していた。


 考えうる限りの、最悪の結果。


 学校の寮が使えるのは今日までだから、私の居場所はもう、どこにもない。


 そう思ったとき、


「ーーいいですね、彼女。本当に素晴らしい!」


「……ぇ?」


 どこまでも通るような、心に響く声がした。


 振り向いた先に見えたのは、綺麗なスーツを着た男の人。


「どうでしょう。私の事務所に来ては貰えませんか?」


 そんな言葉と共に、名刺を渡してくれる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 2級 陰陽師事務所

(株)鬼門きもんの虹


 代表取締役社長

 多神たがみ公壱こういち


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……2級事務所の、社長さん?」


「ええ。小さな事務所の代表をやらせていただいております」


 目を見張る私の前で、多神さんが静かに微笑んでいた。

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