第4話 仕事

 短大卒業後、とある福祉施設に就職しました。


 こどもが生活するフロアの担当になりました。

 こどもたちは施設で生活をしており、私はその生活介助にあたります。


 入社し立ての私には当然のようにこどもからの試し行動があります。


 試し行動とは、自分をどれくらい受け止めてくれるか探る行動のことで、例えばこどもがわざと悪戯して大人の反応を窺うようなことです。


 私に対し、甘えてみたり、急に叩いてみたり、無理難題を突き付けてみたり。

 それで大人の力量をはかろうとするのです。


 試し行動は直面すると辛くはありますが、それは自然な行動だと知識で知っている分まだ精神衰弱、とまではいかないくらいでした。




 初勤務から三か月で、本当に大変なのは職員同士の人間関係だとつくづく感じました。


 そのフロアには上司にあたる新人指導担当の、四十代の女性がいらっしゃいました。仮にA先生とさせて下さい。


 A先生と私の勤務が被った際、こどもの入浴介助をしようとお風呂まで連れて行くと急に「先生嫌だ! A先生がいい!」と叫びました。


 この子を仮にBちゃんとします。Bちゃんは気難しい女の子でした。


 涙目で地団駄を踏んで、私の腹を叩きます。


「A先生がいい! A先生呼んできて!」


 A先生は外で洗濯物を干しています。私は参ってしまいました。


 Bちゃんをここに一人置いてA先生を呼びに行くことはできません。

 ここから叫んでも他の職員には聞こえなさそうです。

 Bちゃんと一緒にA先生を呼びに行くのが最適……とは言え既にBちゃんは服を脱いでしまっています。


 私は困り切って、こちらのほうがつい泣き出したくなるのを堪えて、


「ごめんねえ。嫌だよね、A先生がいいよね。でもA先生、今忙しくて。こっちの先生で我慢してね。すぐA先生に会えるからね。ごめんね」


 と宥めました。


 それでもBちゃんは目に涙を溜めて睨むように見ています。


 機嫌が悪いか、私が嫌われている、のだとしても入浴介助が今の私の業務にある以上この十数分だけは我慢してもらうか、もしくは別職員が来るまで待ってもらうしかありません……。


 その時、お風呂場の扉がガラリと開け放たれました。


「何やってるんですかー?」


 A先生でした。

 Bちゃんは目当ての先生が来たことに涙を引っ込めて、「A先生!」と抱き着きました。


「時間かかりすぎ~! 何やってたの? 今日は時間ないからお湯溜めないでください」


 勿論お湯なんて溜めていません。

 こどもの前で臆面なく叱られる私が悪いのでしょうか、新人の分際で惨めだとか感じるのが生意気かしら、ええそうね、私が悪いのです。


 でも、この時の私は我慢がならなかったんです。頭に血が上りましたが顔は至って冷静でした。


「よかったねBちゃん。A先生が来てくれて」


 A先生来てほしいって駄々捏ねて、お風呂入ってくれなかったもんね。

 とそう続けようとして流石に口をつぐみました。


 私は表面上は当たり障りのない、実は性格の悪い皮肉を込めた捨て台詞を吐いて、お風呂場を出て行きました。




 その日からA先生の私への当たりが強くなりました。


「ちょっとぉ何してるんですかぁ?」

「ねえ、もういいです」

「何やってんの?」

「ちょっとぉ、ふざけないでくださいねぇ」

「先生あっち行ってぇ~」

「ねー皆、この先生頭おかしい人だねえ」

「え、まだ終わってないんですか? うそぉ」


 そんな言葉を十五分毎に浴びた日は根こそぎ気力が尽きました。


 帰宅後、布団の上にじっと正座して、そういえば丸二日は寝ていないことに気付きました。


 が、睡眠不足は短大時代を経て既知の感覚でしたので、慌てず騒がず、病みかけている自分を鏡に映して、立ち直るまでの過程をシミュレーションして、ぐっすり眠れると有名なサプリメントを飲みました。


 短大時代よりタフになった自分を発見して、誰にともなく誇りました。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る