第三話 窃盗 その2
それは、少なくとも有機体には感じられない無機質なものが体のいたるところに刺さり、数分ごとに何かを流されているのが分かる。
液体の中に体が浮かんでおり、管のようなものが口に咥えられ、その感覚は母親の胎内にいるかのような心地よいものである。
ゆっくりと目を開けると、緑色の液体が眼球に飛び込んできて視界がぼやけるが、徐々に慣れてくると、白い服を着ている人影が数名確認できる。
『……エラーコード発生、マルチタスク処理を……』
耳元に電子音で聞こえる声は、酷く無機質であり、冷淡な悪魔の囁きのようにそいつの頭にこびりつき、強烈な眠気に襲われ、深い眠りについた。
🐉🐉🐉🐉
「はっ」
「やっと起きたか、遅いよ馬鹿」
エルフ族のそいつは、ほんのつい数分程前に深い眠りについていた人間種の青年の頭を軽く叩き、他の面々と共に周囲を見渡す。
「ここは?」
「倉庫だよ、ゼロムスさんの。使われてない倉庫があって、そこに転移したんだよ」
「そうか、一応成功したんだな」
「一応とはなんだよ!? これでもかなり修行したんだぞ!」
「誰か来たぞ」
オーク種のそいつは、耳がいいのか、遠くから来る足音にいち早く気がつき、不法侵入がバレたらまずいと言いたげな表情で彼らに静かにするように目線で伝える。
半開きの倉庫の扉からは、足音が聞こえてきて、彼らはバレないように、ひっそりと息を潜めてすぐに追手が立ち去ってくれるように、普段はあまり信じない神様に祈りを捧げている。
「シオンがいないぞ!」
「バックれたんじゃないかあいつ!? 給料が少ないって嘆いてたから!」
「使えない奴だな! 童貞だしよ!」
声の主たちは複数いるのか、ドタドタと足音を高々に、シオンという名前のドワーフ族の青年を探している。
当のシオンはと言うと、使えないやつと童貞と言われて相当腹が立ったのか、こめかみに血管をたぎらせて、「ドラゴンはどこだ?」と周囲を見渡しながら悔しそうに小声で言った。
足音が消え去ったあと、彼らは安堵のため息を吐き、窓の外から見えるピンク色の満月を見て、「綺麗だな」とエルフ族の青年は呟いた。
「おいどうすんだこれから? てか、俺ら全然名前とか知らないよな?」
オーク族の青年は鼻炎気味の鷲鼻をすすり、誰かがいるかどうかと軽い恐怖に襲われているがそれを表に出さないようにクールに振る舞っている。
「自己紹介だな。俺はポルナレフ。ポルナレフ・レオンハルトだ。エルフ族だよ」
「!? あんた、レオンハルト家の人か!? 道理であんな凄い魔法が使えるわけだ!」
人間種の青年は、この世界ではレオンハルトという一族が余程強い魔法使いなのか、ポルナレフを見て感嘆の声を上げる。
「いや俺は落ちこぼれだよ、魔力だって一族の中では最低だ。魔法学校でも成績は芳しくなくて、中退して勘当されてフリーターだよ……」
ポルナレフは哀愁の笑みを浮かべており、親からも見放されて可哀想だなと周囲は同情の視線を彼に送る。
「俺は、シオン・ヤーゲル。ドワーフ族だ。見ての通りここでバイトしてる。半年間働けば賃金を上げてくれると言ったが、なんかこんな感じだと出鱈目っぽいから協力するぞ……なんか、腹立つわ」
シオンは先ほどの連中の会話が余程逆鱗に触れたのか、ムカムカした表情を浮かべて、ドラゴンがいる宿舎の方を見つめる。
「まぁ、そんなカリカリするなよ。俺の名前はカール・モロスだ。オーク族だ。弁当屋で働いてたが、不景気の煽りで倒産してニートだ。実家には兄貴が結婚して暮らしてて住む部屋がなくなったから追い出されたんだよ」
カールは糸がほつれて取れかけているシャツの胸のポケットからハンカチを取り出し、鼻炎気味の鼻をかんだ。
「次はお前の番だぞ」
ポルナレフは人間族の青年に、自分の名前を尋ねるが、そいつは自分が着ているベストを見て、口を開く。
「俺の名前は、カフスだ。カフス・バタンだよ」
「カフス? ボタンのような名前だなー」
「あぁ、そうだな……」
彼等はククク、と笑い、再度周囲を見渡し、隙がないかどうかチェックする。
「おい、人がいないから今のうちに行くぞ……」
カールはむくりと立ち上がり、倉庫の扉をゆっくりと開き、彼等はその後に続いた。
🐉🐉🐉🐉
このフィード大陸には、最強種と名高いホワイトドラゴンがいる。
それは、他のドラゴンの追随を許さない飛翔能力、灼熱の炎と凍て付く吹雪、雷を口から吐き出す攻撃力、いかなるものを通さない純白無垢の鱗で覆われており、まさに無敵である。
ゼロムスはそれを国王から預かっており、宿舎にて飼育しているが、シオンがいなくなった為に守衛に人数を割かれ中は手薄である。
「シオンの馬鹿はどこだ!? いてて……!」
「ゼロムスさん! 落ち着いてください! いぼ痔と毛根が……!」
「や、やべぇ!」
周囲が言う通りにゼロムスは重度のいぼ痔と見事なハゲであり、極度のストレスに晒されると悪化すると医者から忠告をされていたのである。
(こいつ、いぼ痔なんだなぁ……)
カフス達は物陰からゼロムス達の隙を窺っており、やりとりを聞いて、「俺もこんなさえない中年になるのかなあ」とため息をつく。
「あいつ歳幾つだ?」
カールはくしゃみをしたいのと、典型的な中年男性の外見的な特徴を見て笑いたい衝動を必死で堪え、シオンに尋ねる。
「いやそれがな、あいつまだ34なんだよ」
「え!? あんな歳でかよ!」
「声がでかいよ!」
カールの豪快な高笑いとポルナレフのやりとりが聞こえたのか、ゼロムスとその取り巻き達は辺りを探し始めており、「仕方ねぇな」とカフスは懐から短刀を取り出して身構える。
「いやいや、物騒だろそれは。傷害沙汰になったらムショ行きだぞ……」
「ダメだろそりゃ……」
カールやポルナレフ達は、自分よりも若いであろうカフスを諌めようとするが、シオンは背中からハンマーを取り出しており、ゼロムスを殴る気満々である。
「まかせろ、俺にナイスなアイデアがある……!」
シオンは指をパチンと鳴らすと、どこからともなくドブネズミが数匹集まって来、こいつは何者だとポルナレフ達は畏怖の念でシオンを見やる。
「おい、これはなんだよそりゃ?」
「昔、サーカスでバイトしてた時にネズミに芸を仕込んでたんだよ。その時の連中がこいつらだ。今からこいつらを囮にする」
「いいんじゃんそれ!」
「よっしゃ、早速行ってこい!」
ネズミ達はシオンに命ぜられ、守衛達の方へと向かい、カフス達は周囲をキョロキョロと見渡して、ドラゴンのいる宿舎を探す。
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