第二話 窃盗その1

 ユーリル姫が自分の運命を憂い、月光の下、白龍を見かけた1時間前、そいつはゼロムスの家の前に立っていた。


 16、7歳ぐらいの若造の人間種の男は、腕を組みながら、守衛に見つからないようにしてレンガ細工で町内1でかい家を塀の外から物陰に隠れて見ており、これからどうやってドラゴンを盗もうかと考えている。


(うーん、どうすりゃいいんだろうなこれは……)


 飲み屋の席で勢いに任せて言ったはいいものの、誰も参加しようとはせず、一人でただ家の前に呆然と立っており、どうしたものかと悩んでいる一人の青年がここにいる。


(抜道的なものはないしなぁ……)


 分厚いレンガと、その強度を倍加させる特殊な薬剤で固められているゼロムスの屋敷は、城と変わらない造りであり、屋敷の主のゼロムス自身が人一倍臆病な性分もあってか、警備は堅固である。


 彼は、元々はこの土地代々の地主で、幾つかの飲食店やファッション店を経営しており、青年はそこでバイトを何度かしたが、確かに店の経営は栄えており昇給はあった。


 だが、所得税を多く取られてあまり生活はパッとせず、その日暮らしがやっとのフリーター身分を、彼は、15歳で義務教育の学校を出てから数年間不本意ながら続けている。


 ならば、親を頼って暮らせば多少暮らしは楽になるのかといえば、生まれてすぐに児童養護施設に預けられて施設を転々として過ごした為に身寄りは当然おらず頼れる人間が身近にいないのである。


「おい」


 うしろから、聞き覚えのある声が聞こえて後ろを振り返ると、そこには長い耳をしたエルフ族の、19、20歳ぐらいの若者が面倒くさそうに立っている。


「お前昨日会ったよな? 本当にこんな馬鹿な事をやるのか?」


「あぁ、当たり前だろ?」


「他の連中はどうした? 確か二人ぐらいいたはずだったよな?」


「いやそれが、まだ来てないんだ」


 エルフのそいつは、青年の発言にぶっと吹き出して、深いため息をつき、煙草に似た精神安定の成分が含まれるゴルジという、複数ある銘柄の一つを口に加えて魔法で火をつける。


「!? あんた、エルフ族だよな!? てか普通に魔法が使えるじゃん! これでよ、バシッとなんとかならねぇか!?」


「なんねぇよ! 俺はそこまで魔力は強くねぇし!」


「何だよ! ダメじゃん!」


「うるせぇ! こんな馬鹿なことせずに帰るぞ!」


 この世界で魔法が使えるのはエルフ族だけであり、人間族やオーク、ゴブリンやドワーフは使えないのである。


「……いや、そうでもなさそうだぞ」


「!?」


 彼らの後ろから、やや鼻声の声が聞こえて振り返ると、先日飲み屋で出会った鷲鼻のドワーフ族の23.4歳ぐらいの若者が歩み寄って来ている。


「アンタ、昨日の……」


「参加しないんじゃなかったのか……?」


「退屈だったから参加しただけだ、あいつを見てみろ……」


 そいつは、タトゥーだらけの太い指を鼻の穴に入れて穿った後に指差し、「汚い野郎だな」と周りから思われるのを梅雨知らず、指についた鼻くそを口に入れた。


「!!」


「あいつは!?」


 彼らの視線の先には、先日飲み屋にいたオーク族の青年が守衛で立っており、面倒くさそうに大きな欠伸をしている。


「おい、ちょっと行ってみようぜ!」


 人間族の青年は、興味津々にそいつと話に行こうとするが、エルフ族の青年は慌てて止めに入り、「勝手なことするな」と睨みつける。


「いや別にいいだろ!? それぐらい!」


「それぐらいってのがダメだろ!? チクられたらどうするんだよ俺ら! パクられるぞ!」


「あ!? ともかく行くんだよ!」


 そいつは、後先を考えずに駆け出し、オーク族の青年の方へと足を進め、「仕方ないな」とエルフ族とドワーフ族の彼らは渋々ついていく。


「おーい!」


「んあ?」


 オーク族の青年は、寝不足なのか欠伸をして声の方へと顔を向けると、先日居酒屋で冗談話をしていた連中が目の前におり、ギョッとした顔をした。


「あんたここで働いてたんだな!」


「え、あ、あぁ……ここが俺の勤め先なもんでな。てか何でお前らここにいるんだ? あれって冗談だったんじゃなかったのか?」


「冗談も何も本気だよ! 言ったろ? ドラゴンをパク……」


「声がでかいだろ! 中の人に聞かれたらどうするんだよ! 首になるだろ! 今不景気だから仕事が無ぇんだよ!」


「んなの、みんな条件は同じだろ?」


「まぁそりゃそうだけどさ……」


 オーク族のそいつは、側頭部が痒いのか、ぼりぼりとかき、眠いのか大きな欠伸をし、誰かに聞かれてないかどうか不安そうに周りを見ている。


「一体どんな計画でやるんだよ? 俺そんなに魔法は使えないぞ。魔力だってそんなに無いし」


 エルフ族のそいつは、計画に少し興味があるのか、腕を組みながら周りに何かヒントがないか探している。


「いやな、大抵こんな屋敷って人がいないポイントとかあるだろ?倉庫とか。そこに入るとかしてさ」


「まぁ確かにそりゃそうだわな。で、どうやって入るんだ?」


「うーんそれはなんとか気合い的なもので……」


「なんねぇよ、馬鹿! おいあんちゃん、何とかならねーか!?」


「うーん、俺守衛しかやってないからさ、鍵とかは、専用のボックスに入ってるから俺では持ち出しは無理だし、末端の下っ端なんだわ俺。なので首になったらどこも行くあてがないんだよね」


 オーク族の青年は、側頭部にドラゴンのタトゥーが彫られており、風呂にろくに入ってないのか頭が痒いらしく、脂でべっとりの髪をバリバリとかくとフケが落ちて来て「汚ねぇな」と彼らは嫌悪感を抱く。


「うーん、まぁ、やってみるか、試しに。おい兄ちゃん、人がいない倉庫のあるところを教えろ」


「あぁ、案内するわ」


 エルフ族の青年は何か手段があるらしく、オーク族の青年に案内され、倉庫が隣接されている塀の方まで案内されると、周りを見渡し誰もいない事を見計らい、小声で口を開く。


「これから、瞬間移動の魔法を使う。とは言っても、これは魔力の消耗が激しく一日に一度しか使えないし移動範囲も狭い。試しにやってみるがどうだ?」


「うん、いいね」


「俺も賛成だ」


 ドワーフ族と人間族の青年は賛同しているが、オーク族の青年はやはりどこか心の中で引っ掛かりがあるのか、躊躇いがちな表情を浮かべている。


「何だ、怖いのか?」


「うーん、なぁ、この計画がうまくいけば別の国に逃げれるかな? 俺ずっとこの国で冴えなく貧乏に終わるのが嫌だからさ……」


「そんなのよ、気合と根性で何とかするんだよ。どうせずっとここにいても立身出世は出来ないだろ? どうする、やるか? それともやらないか? まぁあんたは生活があるから止めやしないけどな」


「あ、いや、ならばやるわ!」


「よっしゃ、なら決まりだ! 身代金たんまりもらってバックれるぞ!」


 人間族の青年は、オーク族の青年の肩をばんと思い切り叩き、周りに誰もいない事を確認して、エルフ族の青年に「いいぞ、今のうちにやってくれ」と頼む。


「あぁ、いいぞ、やるぞ……空間の精霊よ、力を貸し賜う……!」


 エルフ族の青年は、壁に手を置くと、空間がぐにゃりと歪み、自分たちの体が吸い込まれていき、その感覚が初めての体験なのか、高揚した感覚に陥っている。

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