第3話
もちろん私は、関係者の中でも最も重要と思われる前生徒会長にも、インタビューを行った。
この学校では、1年生のはじめから2年間だけ生徒会長をするのが習慣で、前生徒会長は今は3年生である。
前生徒会長が今でも校内にいるというのは、面接する側としてはありがたかった。
もしも卒業生であれば、進学した大学か就職先まで、わざわざ私が出向かなくてはならない。
しかもすでに高校とは無関係のOGであってみれば、協力を得られるかどうかさえ分からない。
面会を拒否された場合、私にはどうすることもできないのだ。
しかし前会長は放課後、私のところへやって来てくれた。
この調査のために、学校長が自分の部屋を調査本部として提供してくれたのである。
前会長は、副会長の藤野ほど背が高いわけではなかった。
といって小柄でもなく、中肉中背という感じ。
しかし目を引く美貌ではある。
どういう出身の娘かは知らないが、どこかリッチで貴族的な雰囲気があるのだ。
今のような制服姿であれば、仕立てた洋服店の技術の差、仕事の丁寧さなどが目に見えるわけでもなく、あくまでも私の印象にすぎないのだが。
「明子さんの自殺の件の調査ですか?」
ドアを開いて部屋の中に顔を見せ、開口一番に前会長は言った。
その声にも張りと自信があり、いかにも良い生活をしてきた娘という感じがある。
もちろんこの学校は他校よりも学費が高く、それゆえ生徒の保護者達は押しなべて裕福であるとは、私も聞かされていた。
「ここへ来て、お座りなさいな」
「はい…」
前会長は言われたとおりにしたが、そのしぐさは私を少し驚かせた。
部屋の中へ足を一歩踏み入れると同時に、彼女の顔つきは少し変化していた。
金持ちで貴族的な風貌の下に、年齢相応で、しかもすねた野良猫のような表情が突然に顔を出したのだ。
「このあとクラブ活動があるので、お話があるなら早くしてくださいね」
と、テーブルをはさんで私の目の前に座り、今やチェシャ猫と変化してしまった前会長は言った。
「何のクラブに所属しているの?」
「テニスです。生徒会長だった頃には参加できなかったので」
「どうして?」
「生徒会長はどこのクラブにも属さないというのが、この学校の不文律だからです」
「なぜそんな不文律があるのかしら?」
すると前会長は、私の無知をバカにするようにクスリと笑い、
「まず第1に、生徒会長は忙しすぎて、そんな暇はないということです。第2に、予算の配分や練習場所の確保といった面で、えこひいきや不公平を生まないためです。この学校の生徒会長の権力というのは、そのくらい強大ですから」
「どのくらい強大なの?」
前会長は、もう一度フフッと笑い、
「例えば、わが校の生徒会長には、絶対的な拒否権があるのです」
「拒否権?」
「どこかの委員会が決定したことであっても、たとえ生徒総会が議決したことであっても、はたまた先生たちの職員会議が決定したことであっても、生徒会長は一言で拒否できます。『いやです』の一言を言えばいいんです」
「だけど、そんなことをしたら学校運営に支障をきたすんじゃないかしら? 先生たちが新しい教育方針を決めたとしても、それが実行できないのでは…」
私の鼻の前で、前会長は軽く人差し指を左右に振って見せた。
ノンノンというわけで、ティーンエージャーとは思えない自信ではないか。
大人の前ではかなり失礼な態度でもあるが、そんなことで腹を立てるようでは、私のような職は務まらない。
私は、声音ひとつ変えなかったはずである。
「どういうことかしら? 何かそういった前例があるの?」
「大ありです。私が生徒会長だった去年のことですが、図書館が増築されて広くなったので、300冊ばかり蔵書を増やすことが計画されました。図書の先生は、当たり前のように文学全集を買い込もうとしたんです」
「それはまあ、普通の反応じゃないかしら?」
「だけど文学の本は、すでに十分あるんです。本当の話、買い込む予定の本リストを私は精査したんですが、すでに書架にある物ばかりでした。夏目漱石の同じ本が2冊並んで、何の意味があるんです?」
「それは、図書の先生の趣味なのかしら?」
「たぶんね。口にはしないけれど、『文学こそが、この世の何よりも尊い』と本気で信じてそうなオールドミスですから…。それでも先生による正式な決定です。学校側への予算申請は、その線で通ってしまったんです」
「そこであなたが登場するのね」
「ええ、キラ星のようにさっそうとね。私が公式に拒否を口にすると、予算執行は自動的に停止されます。どういう本を購入するのか、また一から決めなおさなくてはなりません」
「その結果は、どうなったの?」
「ご存知ですか? こういう良妻賢母の養成所みたいな学校だけれど、大人たちの思惑を外れて、生徒たちは意外なものに興味を持つんです。ですから購入予算は、もちろん300冊全部ではないけれど、多くがホラー小説の購入に振り向けられました。だから現在のわが校は、県内のどの校にも負けないホラー蔵書を誇っているのですよ。ラブクラフト、マッケン、ルルーとかね」
彼女が上げた著者たちの名は、私には全く耳慣れないものであったが、後できいたところ、どの本もそれなりに頻繁に借り出されているのだそうだ。
妖怪が住み着いているという学校であれば、それも不思議のないことかもしれないが。
「それであなた自身は、スカートさんのことをどう思っているのかしら?」
と、ここで前会長に質問してみたが、その答えは意外で、私を驚かせた。
前会長は、いかにもおかしそうな顔で、
「あの妖怪のことですか? ははっ、実在しない作り話に決まっていますよ」
「どうして? 確かあなたは、まるで妖怪が実在するかのように、明子さんには話したのでしょう? 入学式の直後に、生徒会室へ呼んで」
その質問にも、前会長はあっけらかんと答えた。
「そうするのが、わが校生徒会の伝統だからですよ。1年生に入学した時には、私も同じ説明を受けました…。だからこそ、『妖怪はすぐに新会長のスカートの中へ引っ越すのではなく、1週間か2週間後になる』と、わざわざ言い添えるんです」
「どういうこと?」
「入学式の翌日から、明子さんの生徒会長としての仕事が始まったんです。スカートの中に何もいない状態で、この混とんとした学校全体のかじ取りを任されるんですよ。でも半信半疑とはいえ、妖怪の存在を信じるからこそ、一般生徒も先生たちも、おとなしく生徒会長の言うことをきくんです」
「…」
「ふつう1週間もたてば、どんな新米の生徒会長だって気が付きますよ。スカートさんなんて本当はいないんじゃないかって。存在する必要はないんじゃないかって。スカートの中が空っぽでも、みんな生徒会長の権威には従うんですから」
「すると…」
「ええ、スカートさんなんていません。存在しません。明治の頃にきっと、頭のいい生徒会長がいて、そんなオバケをでっちあげることを思いついたんでしょう」
「…」
「いくら生徒会長でも、いつもいつもいい子ぶって、先生たちにハイハイばかりは言ってられないじゃないですか。先生たちの横暴に、たまには反抗しないと…。だけど、たかが女子生徒に何の武器があります?」
「そこで『発明』されたのがスカートさんなのね?」
「そういうこと。特に明治時代には、男の先生が多かったはずですから、なおさら生徒側には強力な武器が必要だったのでしょうよ」
メモを取っていたペンを、私はノートの上に置いた。
「ええっと、もう一度まとめるけれど、生徒会の伝統に従い、まるでスカートさんという妖怪が実在するかのごとく、あなたは明子さんに申し送りをした」
「ええ」
「『妖怪など本当は実在しない』と明子さんにバラすのは?」
「入学式の2週間ぐらい後を予定していました。でも私が聞かされてきた限り、10日もたてば、どんな新米の生徒会長も自分で気づいたのだそうです。万が一、気づかなかった場合にのみ、前会長の口からささやくという手はずでした…」
「そう…」
「いいですか。これまで100年近く、つまり過去50人の生徒会長について、このやり方でうまくいったんです」
「それがなぜ今回に限り、こんなことになったのかしらね?」
「それは私にも分かりません。もしも明子さんが生きていれば、2日か3日後には、私は真相を告げるつもりでいましたから」
そう言って口を閉じた前会長の顔つきは、この部屋へ入ってきて初めて、年齢相応で不安げなティーンエージャーらしいものへと変わっていた。
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