第2話


 藤野というのは、特に目立つ美貌ではないが、背の高さが目を引く娘である。

 2年生だが、この学校では2年生が副会長というのは珍しいことではないらしい。

 進学校では決してないが、優秀な生徒が集まる傾向はあるらしく、人材には事欠かないそうだ。藤野もそういう、スケジュール管理や事務処理が得意な人物らしい。

 ここは女子校であるから、調査者である私も当然女である。

 県の教育委員会の一員という私の肩書に、藤野も最初は気おくれを感じる様子だったが、次第に打ち解けてくれたのはありがたかった。

「ここは変わった学校ね」

 という私の第一声に、藤野は少し戸惑った様子だったが、考えてみれば、それも無理ないかもしれない。

 高等学校というものは、普通の人間は一生に一度、ただ一校に通い、そこを卒業するわけだ。

 転校を繰り返したり、中退してもう一校に入りなおすといった経験は、多くの人はしないものだろう。

 私のように、あちこちの学校へ調査におもむき、あちらこちらの事情に通じているほうがむしろ少数派なのだ、と思い直した。

「この学校はそんなに変わってるんですか?」

 と藤野は言った。

「そうね…、少なくとも生徒会長の選考方法については、私も始めて見たケースよ」

「他の学校では、どうするんです?」

「生徒会長を選ぶ選挙をするわ。立候補者が複数出てね。演説会をやって、選挙運動をして…」

「そうですか。本物の選挙みたいにするんですね」

「この学校では、いつ頃からその方法で生徒会長を決めているのかしら? いつ始まったの?」

 藤野は、さらに戸惑った顔をした。

「いつからかは知りません。ずっと昔からです。学校創立の頃から…。スカートさんはその頃からいるのだから」

「それが妖怪の名前ね」

「制服がまだ着物とハカマだった時代には、『ハカマさん』と呼んでいたそうです」

 こうして私は、この学校に住み着いているという奇妙な妖怪について、知識を得ていった。

 といっても、そんなものの存在など、頭から信じてはいなかったが。

 なぜ私がそうであるのか? 妖怪の存在など始めから認める気がないのか。

 当たり前であろう。今は江戸時代ではない。

 妖怪の存在を本気で信じる人がいたら、珍しいぐらいだ。

 私は質問してみる気になった。

「ねえ藤野さん、あなたはスカートさんの存在を本当に信じているのかしら?」

 これまでよりも、藤野はさらに戸惑った顔をした。

「どうしてそんなことをきくんですか?」

 それに答える私の表情には、かすかな笑いが浮かんでいたかもしれない。

「だって、現代は科学の時代よ。迷信の暗闇は、科学の光によって打ち払われたはずだわ」

「でもあの…」

「もちろん私だってね。人間の集団の中では時に奇妙な出来事が起こることは知っているわ。集団心理とか、集団ヒステリーとかね」

「ヒステリー?」

「いいえ、早合点しないで。この学校で起こったことがヒステリーだと言っているのではないのだから…。ええ、正直に言うわ。『スカートさんなんて実在しない』と藤野さん、あなたも本当はそう思っているんじゃないの? ただまわりに合わせて、いると思っているふりをしていただけで」

 数秒間黙っていたが、藤野はやがて、はっきりとうなずいた。

「私は半信半疑でした。副会長という立場上、疑いを口にしたことはなかったけれど」

「死んだ明子さんはどうだったのかしら? スカートさんの存在を信じていたかしら?」

「私の知る限り、まだスカートさんが自分のところへは来ていない、とは言ってました」

「まだ来ていないって?」

「新学期になって、新しい生徒会長が決まっても、1週間か2週間の間、スカートさんが引っ越しをしない場合があるんです」

「前会長のスカートの中から、新会長のスカートの中へ?」

 そうです、と藤野はうなずき、

「1学期が始まって、まだ10日もたっていませんでしたから。『スカートさん、まだ来ないわよ』と明子さんも言っていましたよ」

「それでも生徒会長としての仕事は始まっていたのよね?」

「ええ。スカートさんの見立てが上手なのか、明子さんには才能があったと思います。こんな学校ですから、みんなが好き勝手な自己主張をするんです」

「『自主独立』がスローガンの学校ですものね」

「各クラブへの予算配分は、前年度ですでに完了していたんですが、まだ不満がくすぶっていて、新学期早々に再び燃え上がる形になりました。まずそれが一つ…」

「他には?」

「音楽準備室の使用をめぐって、新入生間でトラブルがありました。それも明子さんは、あっという間に仲裁したんです…。だけど一番面倒だったのは、テニスコートの使用権をめぐる3年生同士の揉め事でした。3年生といえば18歳ですよ。なのにあの人たちは意地を張り、本当に子供じみていました」

「へえ」

「だけどどんなに入り組んだトラブルでも、紫リボンの権威で明子さんはスムーズに解決することができたんです。生徒会長の肩書だけでは無理でしょうね。あのね、『スカートの中に妖怪を飼っている相手』なんです。たとえ上級生でも、逆らうには勇気がいるんですよ」

「それは、そうかもしれないわね」

「この学校の生徒会長って、本当はとても居心地がいいんです。混雑した廊下や階段でも、紫のリボンを見れば、みんなが道を開けてくれるし、先生たちも決してぞんざいには扱いません。もちろんその座にアグラをかくことは許されないけれど、そばで見ていて、私も小気味よく感じることがありました」

「…」

「明子さんは、あるとき私にこう質問したんです」

「質問?」

「ええ、自殺する2日か3日前のことでした。生徒会の仕事の関係で、放課後の私たちはほとんど常に一緒にいたんです」

「明子さんは、あなたに何を質問したの?」

「『ねえ藤野さん、1年生はたくさんいるのに、どうして私が会長になると決まったの?』」

「ああ、それは私も興味があるわ」

 するとなぜか藤野が不思議そうな顔をするので、私は、

「あら藤野さん、私は何か変なことを言ったかしら?」

「明子さんを指名したのは、スカートさんなんですよ」

「いいえ、私が言いたいのは、それをどうやってあなたたちが知ったのかということよ。入学式が済んだ直後、候補者を生徒会室へ呼びださなくてはならないのでしょう?」

 ああ、と藤野はうなずき、

「明子さんの名は、『こっくりさん』をやって知ったんです」

「こっくりさん?」

「少し西洋風に、ウィージャー盤を模した紙を使いましたけれど。入学式の数日前、前会長とか私とか、生徒会の主だった数人が集まったんです。その時に、10円玉がしっかりと指示したんです。1102って」

「1102?」

 私の無知を嘆いたのか、かすかなため息をつき、ペンをとって、藤野は紙の上に、そのウィージャー盤とやらの略図を書いてくれた。

 紙のサイズは、新聞紙を4つに折ったくらい。

 どこかで見つけてきた何でもない白紙のようだが、そこに、AからZまでのアルファベット、1から0までの数字とイエス、ノー、グッドバイがサインペンで大きく書き並べられている。

「この紙の上に10円玉を置いて、プランシェットの代わりにするんです」

「プランシェット?」

「こっくりさんの指示を伝達する道具なんですが、正式のプランシェットでなくても、要は何でもいいんです。だから私たちは、10円玉を使いました。10円玉を紙の上に置き、そこに全員が、人差し指の先を軽く乗せるんです」

「それで?」

「一人が質問役になって尋ねます。『スカートさん、スカートさん、来年度の生徒会長には誰がふさわしいですか?』って」

「するとどうなるの?」

「指先を軽く乗せているだけで、誰も力なんか入れてないのに、10円玉が勝手に動いて、数字を4つ示したんです」

「それが1102ね」

「1年1組、出席番号2番ということですよ」

「ああ、それが明子さん?」

「はい」

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