女子高生のスカートの中に住むスケベな妖怪について

雨宮雨彦

第1話


 足立明子がなぜあのような形で自殺したのか、本当のところはよく分かっておらず、すでに校内では半ば伝説化している、というのが本当のところであろう。

 授業中、突然制服を脱ぎ捨てて、明子は窓から飛び降りた。

 4月のことだから暖かく、窓ガラスはすべて開かれていたのだ。

 4階から飛び降りたのだから、もちろん結果は即死である。全身を強打した墜落死ということになろう。

 ただし1年生の教室は1階にあり、この時はたまたま音楽室へ移動しての授業中であったから、本人にすれば、ただ室外へ飛び出すだけのつもりだったかもしれない。

 自分がいるのが4階であることを失念していた可能性もあるのだ。

 だが何よりも奇妙なのは、窓へと駆け寄りながら、明子が制服を部ぎ捨てていったことである。

 つまり明子は、下着姿で墜落死したのだ。制服は教室内に脱ぎ残され、目撃者も多数おり、その事実に疑問の余地はない。

 明子は高校1年であった。しかもまだ1学期が始まったばかり。

 明子の高校生活は、恐らく胸ふくらませる希望とともに始まったものと思われる。

 なぜなら、彼女の入学は学校側から期待され、待たれていたからである。

 明子は入学後、生徒会長の座を与えられることが最初から決まっていたのだ。

 自殺事件後の校内における聞き取り調査、および生徒会OGたちの証言によると、この学校における生徒会長の選出は、一般の学校とは違い、少し奇妙な方法をとるそうである。

 候補者は複数ではなく、始めからただ一人に絞られている。

 しかもその候補者は常に新入学の1年生で、入学式の直後に生徒会室へと呼びだされる習慣になっていたから、恐らく明子の身の上にも同じことが起きたであろう。

 生徒会室は校舎屋上にある小さな小屋で、きちんと整頓と清掃がされ、イスや机、ファイルを収めた戸棚が並んでいる。

 明子を怖がらせないために他の委員たちを遠ざけ、生徒会長が一人で待っていた。

「あなたが新入生の足立明子さんね」

「はい」

 会長はため息をついた。「おめでとう、と言えればいいのだけどね…。大昔、まだ女学校だった時代から、この学校に続く古い古い伝統なのよ」

「何が?」

 生徒会長の口から出た説明は、明子をひどく驚かせた。

 なんとこの学校には、昔から妖怪が潜んでいる、というのだ。

 透明な妖怪なので、誰も姿を見た者はない。

 ただサイズは小さく、子ネズミくらいだそうだ。

 生徒会長は続けた。

「そんな妖怪が潜むといっても、校舎に住んでいるのではないのよ。生徒のスカートの中に住むの」

「えっ?」

 だから名を『スカートさん』という。

 明治創立の学校で、もちろんその頃からいる妖怪だ。

 その妖怪の住処として、明子のスカートの中が選ばれたというのである。

「どうして私なんですか?」

「それはわからない。スカートさんが決めたことだわ…。これから自分が住む場所を、スカートさん自身が選んだのよ」

 明子はまじまじと見つめたが会長の顔は真剣で、冗談にも嘘にも見えなかった。

「本当のことなんですか?」

 というのが、新入生が口にできた唯一のセリフだったろう。

 もちろん会長は首を縦に振った。

 嘘か誠か、信じがたい話ではあるが、たかが新入生に断りを口にできる雰囲気ではなかったであろう。

 しかもこの学校は、明子にとっても第一志望校で、相当な受験勉強の結果勝ち取った入学だったのである。

 結局、明子も首を縦に振ったが、すぐに他の委員たちが現れ、明子の制服の胸には紫色のリボンがつけられた。

 記章というかシンボルというか、リボンを用いて本物のバラを模した、小さいが見栄えのするものである。

「このリボンはなんですか?」

「それは校内でただ一人、スカートさんに住居を提供している生徒が着けるものよ。今日からあなたには、色々と特権が生まれるわ。掃除当番は免除、その他の仕事もすべて免除。もちろん授業と試験は真面目に受けなきゃだめよ」

「ええ、それはわかるけど…」

「1週間か10日のうちには、スカートさんはあなたのところへ引っ越すと思う。今はまだ私のスカートの中にいるけどね。カサコソと肌に触れるのが、時々くすぐったくてね」

「へえ…」

「ああそうだ、忘れていたわ」

「なんです?」

「今日からは、あなたが生徒会長だからね。そのリボンは会長の印でもある。まあ、しっかりやってよ、明子さん…」

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