第36話

眉を顰めているが頬はほんのりと赤くなっている。

そんな姿を余すことなく目に焼き付けていると、空っぽの皿が差し出されて、受け取ろうと手を伸ばした。

しかし一向に手の中に皿は戻ってこない。


「……?」


「…………」


「イーシュ辺境伯、どうされましたか?」


「おっ……………おかわりは、あるだろうか?」


「……ッ!!!!!」



ヴィクトリアが今、眼鏡を掛けていたとしたとしたならば、間違いなくイーシュ辺境伯の可愛さにやられてパリンと割れていたに違いない。

目を見開いて唇を噛んで叫び出したいのを我慢していた。


(ーーーーーオー!!マイ!!ゴッッッ!!!!!!!!)


これまた強面なイーシュ辺境伯が照れながら、サンドイッチのおかわりを求めるという最強すぎる組み合わせにヴィクトリアはフラリとよろめいた。

しかし、イーシュ辺境伯のために無意識に手が動き、サンドイッチを皿の上に次々と積み重ねていた。



「沢山ッ、たっくさん作ってきましたので、是非召し上がって下さいませ!!!!」


「ああ、すまない」



表情は分かりにくいが、目がキラキラと輝いているのが分かる。

きっとイーシュ辺境伯はその見た目から誤解されがちだが、とても優しくて正義感が強く可愛い人なのだろう。


再び無言でもしゃもしゃとサンドイッチを食べ始めたイーシュ辺境伯の姿を心のカメラで連写していた。


(この世界のおじ様は、どうしてこんなに可愛いのかしら……!)


イーシュ辺境伯は全く自分を怖がらないヴィクトリアを不思議そうに見つめながらも、話しかけると普通に返事を返してくれる。

イーシュ辺境伯の話はどれも興味深く、時折見せてくれる笑顔に癒されながら話を聞いていると、あっという間に休憩時間が終わってしまう。


空っぽになったお皿をヴィクトリアに渡して「本当に美味かった。ありがとう」と言って、はにかむような笑顔を見た瞬間……心の眼鏡が粉々に砕け散った。


ヴィクトリアが固まっている間、イーシュ辺境伯は騎士達に声をかけて訓練場へと戻っていく。

そして大量の皿やコップを片付けながら、ヴィクトリアはイーシュ辺境伯が騎士達に指導する様子を下心満載で眺めては羨んでいた。


(わたくしも、イーシュ辺境伯に密着されてご指導頂きたいわ……)


訓練場には再び剣が交える音が響き渡っていた。

隣の場所では、騎士の家族や何人かの候補生達も見にきているようだ。


手を動かしていると騒音に紛れて「きゃー!」と甲高い悲鳴が上がったような気がして顔を上げた。

気のせいかと思ったが、訓練場に向かっていく小さな影が見えた。

それが何か分かった瞬間、反射的に体が動き走り出した。



「ーーー危ないっ!」


「ヴィクトリア様……ッ!?」



柵の間から抜けだした子供が、剣を交えている場所へと走って行く姿が見えた。

真っ直ぐに走っていく子供を、ヴィクトリアは猛ダッシュで追いかけて行く。

気付く騎士達もいれば、全く子供に気付かずに剣を振り上げている人もいる。



「止まって……!」



子供はヴィクトリアが追いかけて来ていると思ったのか、満面の笑みで逃げるように走っていく。

このままでは自分も剣に当たってしまうかもしれない。

恐怖に足がすくみそうになる。

しかし、それを振り払うように震える体を動かした。


(絶対に、この子を助けるよッ!!!)


なんとか子供の身体を掴んで抱き抱えた時には訓練場の中程まできていた。



「はなして……!ぱぱがいるのっ」


「ここは危ないですわ!お母様の所に戻りましょう……!!」


「いやっ!ぱぱのとこ、いくのッ」



暴れる子供も抱えて、なんとか端の方へ向かおうとすると……。



「ーーーー!?」



夢中になり此方の姿が見えないのか、剣を振り翳しながら向かってくる騎士が見えた。

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