第35話
イーシュ辺境伯が険しい顔をしながら此方を見つめているのを、騎士達は固唾を飲んで様子を窺っている。
しかしイーシュ辺境伯はこれ以上、こちらには近付いてくることはない。
しかしヴィクトリアにはイーシュ辺境伯が何を考えているかバッチリと分かっていた。
気まずそうに伏せられる目と、何度も遠慮がちに開いては閉じる唇……。
(ーーーはっ、話しかけるかどうか迷っているのね!!!?!?わたくしを怖がらせないように、気を遣って下さっているのよッ)
あまりのいじらしさに「可愛い……」と呟いてしまい、側に居た騎士が、ヴィクトリアの視線の先に気付いて、震えながらサンドイッチをポロリと落とした。
イーシュ辺境伯が遠慮している様子を見て、ヴィクトリアが手招きをする。
「……お前は」
「わたくしはヴィクトリア・バリソワですわ」
「バリソワ公爵の……こんな所で公爵令嬢が一体何をしている。その服は……」
「色々と事情があるのですわ」
「随分と印象が変わったようだが…………ジェイコブ殿下に会いに来たのか?」
「「「「「!!?」」」」」
事情を知っている数人の騎士達とココが大きく反応を示す。
どうやらイーシュ辺境伯の元には噂が届いていないようだ。
ただでさえ社交界の情報に疎そうなので、致し方ないだろう。
「わたくしはジェイコブ殿下との婚約関係を解消して、今は妹のエルジーとジェイコブ殿下が婚約しております。わたくしはジェイコブ殿下と王家の為に身を引いた次第です。バリソワ公爵を継ぐのもエルジーになると思います」
「何…………!?」
「今、わたくしはこうして城で侍女として働かせて頂いておりますわ」
「公爵令嬢が、侍女だと……!?」
イーシュ辺境伯はその言葉に眉を寄せた。
「その身を犠牲にしたのか?何故、抗議しなかった?」
「えぇ、抗議しなかったのは……わたくしがそう望んだからですわ」
「……………それをワイルダーが許したのか?」
ワイルダーとはシュルベルツ国王の名前である。
さすが幼い頃からの友人である。
(名前呼び、最高……!!!!!)
しかし、今はそんな事を思っている場合ではなさそうだ。
正義感が強いイーシュ辺境伯はヴィクトリアの状況が気になるのか表情は険しい。
「イーシュ辺境伯……わたくしの為に色々と気を遣ってくださり嬉しいですわ。ですが、これはわたくしが承諾した事。それに先程も申し上げた通り、わたくしが望んだ事なのです」
そう言って、ニコリと笑うとイーシュ辺境伯はハッとした後に気まずそうに頬を掻いた。
「……すまなかった。その……話すのも辛いだろうに」
「いえ、全く!!!」
「…………!」
「わたくし今、とても幸せですの。背中に羽が生えたみたいに体が軽くて、こうして皆さんと関われる事が楽しいのです」
「……そうか。余計なお世話だったな」
「いえ、もっともっと心配して下さっても……!」
「…………?」
頬を押さえてクネクネしているヴィクトリアは、ココにツンツンと背を押されて咳払いをしてから皿を前に出す。
「シュルベルツ国王陛下にイーシュの辺境伯の好物だと教えて頂きましたの。お口に合えばいいのですが……」
「……いただこう」
するとイーシュ辺境伯は皿の上のサンドイッチを手に取ると豪快にバクリと頬張った。
片側の頬が膨らむ様子に口元を押さえた。
(かわっ……!かわいッッッ!!!!めっっっちゃ可愛いッ!!!!)
ヴィクトリアは心の壁をバシバシと叩いて悶えていた。
イーシュ辺境伯はサンドイッチを凝視しながら目を見開いた。
「美味い……!」
「お口にあって良かったですわ!」
吸い込まれるようにしてサンドイッチが消えていく。
皿が空っぽになり、チラリと山のようなサンドイッチを見たイーシュ辺境伯と目が合うと、フイっと逸らされてしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます