第37話

「ーーー!?」


「待てッ!剣を下ろせ……!」



一際大きな声とそれを引き止める複数の声。

目の前に驚き目を見開く若い騎士と鋭い剣先が見えた。


間近で金属が擦れる音が迫ってくるのを聞いて子供を庇うようにギュッと抱きしめて痛みに備えて思いきり目を閉じた。

ヴィクトリアとしての人生もこれで終わってしまうと思った瞬間、目の前に暗い影が落ちた。



ーーーーカンッ!!!!



(せめて最期はあのトラック運転手のように渋いおじ様に抱かれながらが良かった……って、アレ???)


全く痛みを感じないどころか、子供がモゾモゾと暴れているせいで腹部を蹴られたり顔を殴られたりで痛みを感じる。



「…………大丈夫か?」



その声に、ゆっくりと体を起こして上を見上げた。

そこに居たのは片手で剣を押さえて、こちらを守るように立っているイーシュ辺境伯の姿だった。



「ぁ…………」



子供が「ばぱぁ……!」と言って走って行く姿が遠くに見えた。

泣きながら走ってくる母親と侍女長の姿。



「ーーーヴィクトリア様ッ!!!」



此方に慌てて駆け寄ってきたココが、ヴィクトリアについた土を払いながら無事を確かめるように体に触れる。



「ヴィクトリア様ッ!!お怪我は……っ」


「……ありませんわ」


「心臓が止まるかと思いましたわ!!二度とこんなことはやめてくださいませッ!!」


「ココさん……!」


「バリソワ公爵が知ったら……どんなに驚かれるかッ!」



ヴィクトリアとバリソワ公爵の名前を聞いた騎士達が青褪めていく。

イーシュ辺境伯も剣をしまって膝をついた。

ヴィクトリアに怪我がないか確かめているようだった。



「痛ッ……!」


「…………!」



どうやら子供を庇った時にスライディングをして擦ってしまったようだ。

それを見て子供の母親と父親や地べたに這いつくばるようにして頭を下げている。



「申し訳ございませんッ!!」


「ーーも、申し訳ございませんッ!!ヴィクトリア様っ」



子供はそんな両親の姿を見て、不安からか泣き出してしまった。

ヴィクトリアは場を収めるために何をするべきかを考えていた。



「…………今すぐ頭を上げて下さいませ」


「ですが……っ」


「立ち上がって下さい」



ヴィクトリアは二人を立たせた後に、静かに口を開いた。



「先ず、この件に関しては誰も悪くありません。故に、わたくしに謝る必要はございませんわ」


「で、ですが……!」


「イーシュ辺境伯がわたくしを守ってくださいました。それにわたくしはイーシュ辺境伯の勇姿に興奮して自分で転んだのです。異論は認めません」


「ヴィクトリア様」


「騎士の皆様、いつも王国を守ってくださり感謝致しますわ。訓練の邪魔をしてしまい、大変申し訳ございません」


「「「「「…………」」」」」


「それよりも柵の補強が必要ですわね。子供でも訓練が安全に見られるように致しましょう。皆様の安全が最優先ですもの」


「ッ、ヴィクトリア様……!ありがとうございます」


「ありがとうございますッ」



ヴィクトリアはにっこりと微笑んで、泣いている子供を抱え上げた。



「さぁ、お父様に会えたことですし、追いかけっこも終わりですわ。向こうにヴィクトリア特製サンドイッチがありますの。貴方のお父様も食べたのですよ?行きましょうか」


「うん!!!」


「では皆様、失礼致します。ココさん、余ったサンドイッチは訓練を見ている皆様に振る舞いましょう」



子供と手を繋いでヴィクトリアは休憩場でサンドイッチを振る舞った。

この件で騎士達の中でヴィクトリアは聖母と呼ばれ、株が爆上がりしているとも知らずに……。

侍女長に「怪我の手当てをしましょう」と言われていたが、サンドイッチを振る舞い、子供と遊びながら過ごしていた。



「「「「ありがとうございました!!」」」」



そんな声と共に、騎士達の訓練は終わった。

騎士達は何故かヴィクトリアに深く腰を折り、時には拝めながら去って行く。

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