第30話
しかし、まだまだ社交界では心ない噂が広がっていた。
『城を出入りしているのは媚を売ってジェイコブ殿下とエルジーに復讐しようとしている』
『平民になる準備をしている』
さまざまな憶測が流れているが、ヴィクトリアがこうして振る舞うことで徐々に収まっていくだろう。
こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかない。
その一方で『人形令嬢に魂が宿った』『呪いが解かれた』と、ヴィクトリアを直接、目にした人々からはこう言われるようになった。
どうやら両親はヴィクトリアが今まで死ぬほど我慢して己を押し込めていたと思ったようで、噂の事もありヴィクトリアの行動を咎めることはなくなっていった。
「陛下が許しているのであれば我々は構わない」だそうだ。
今はエルジーに手が掛かり過ぎて、それどころではなかったのかもしれないが、好きなことをして楽しむヴィクトリアとは違い、自由を奪われたエルジーと両親の関係は瞬く間に悪化していた。
不自由から自由になるよりも、今まで自由に振る舞えていたのにも関わらず窮屈になる方が辛いだろう。
両親は焦りもあるのか、エルジーをヴィクトリアのように早く『完璧』にしようとしている。
しかしエルジーは長年、己を律して鍛え上げていたヴィクトリアとは違う。
そして今はヴィクトリアと比べられながら、苦しい思いをしている。
エルジーはヴィクトリアよりも、自分が劣っているという現実を突きつけられて、今ではプライドが傷付いてボロボロだろう。
次々に与えられる無理難題は、やっとの思いで超えてもすぐにやってくる。
幼い頃から強制されてきたヴィクトリアとは違い、エルジーにとっては拷問のようなものだろう。
毎日毎日、激しく行われる両親とエルジーの口喧嘩。
ヴィクトリアが侍女達を連れて休日に出かけるのも、毎回「ヴィクトリアは……」と、名前を引っ張り出してくる両親と、エルジーに巻き込まれないようにする為だ。
(……まさか、こんなにも崩壊が早いなんて思わなかったけど)
きっとエルジーは、今頃こうなった事を死ぬほど後悔していることだろう。
そしてヴィクトリアが邸に居ない今、その矛先は大して好きでもないのに婚約してしまったジェイコブと両親に向かう事になる。
ジェイコブは化けの皮が剥がれていく様を見て、はじめて辛い現実を知ることになるが、その予兆はもう現れている。
ジェイコブの謹慎期間があけて、バリソワ公爵邸に意気揚々と向かった彼に「会いたくない」とエルジーは言ったそうだ。
ジェイコブはそれから何度か会いに来たり、手紙を送ったりしているらしいがエルジーの反応は悪い。
ジェイコブは落ち込んで帰っていき、エルジーは両親と衝突。
そんな悪循環は二人の関係に影を落としている。
(人の婚約者を奪おうとしたばっかりに……可哀想ね)
他者を貶めて得る幸せには、必ず報いがやってくる。
彼女が壊れるのも時間の問題なのかもしれない。
その時、両親がどう動くのか……安易に想像出来るからゾッとする。
その為には婚約者を……と、言いたいところではあるが、まだヴィクトリアは気になる二人のイケおじと顔を合わせてすらいない。
(まだその時ではないわ。この世界はイケおじに溢れてる!可能性に満ち溢れているのよッ!!)
以前の生活のように渋いおじ様が出てくる洋画はレンタル出来ないけれど、リアルに動くハリウッドスター並みのイケメンなおじ様達……。
(神様、ありがとう……!わたくし、この記憶を思い出せて死ぬほど幸せだわ)
今までのヴィクトリアとは全く違う。
希望に満ち溢れているヴィクトリアの人生を折角ならば、堪能し尽くしたいではないか。
ヴィクトリアの日々はキラッキラに輝いていた。
そして今日は念願の『イーシュ辺境伯』に会える日だった。
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