第19話




* * *




ヴィクトリアとシュルベルツ国王の様子を見るように頼まれたゼル医師と、朝食を運んできた侍女長として長年勤め上げていたココは扉の前に立ち尽くしていた。



何故ならばーーー。



「ウフフ、陛下……この辺はいかがですか?」


「あっ……そこは、無理ッ」


「もう少し…………力を入れますよ?」


「……っ」


「ああ、陛下……声を我慢したら分からないじゃないですか。もっといい声をっ、聞かせて下さいませ」


「っ……ヴィクト、リア!」


「ふふっ、陛下……逃げたらズレてしまいますわ!ほらほら、ここが気持ちいいのでしょう?」


「うっ……!」


「素直になっていいのですよ?」


「……っ!!」



朝から繰り広げられる声は明らかに色が含み息が上がっているように思えた。

二人は目を合わせてゴクリと唾を飲み込んだ。



「ココさん、これは……」


「ヴィクトリア様に朝食を持ちに行っている間、陛下を説得してみせると言われたのですが……っ!まさか、まさかこんな事になるなんてッ!!!」


「あのヴィクトリア様に限って、そんな事はあり得ません……!」


「……ですが!」


「大丈夫です!私が声を掛けてみますから……!」


「…………は、はい!」



ゼル医師は震える手を前に出して、扉をノックする。



「しっ、失礼致します…………!今、大丈夫でしょうか?」



二人はドキドキとする心臓を押さえていた。

ギシギシと何かが軋む音が大きくなる。

すると荒い息を吐き出したヴィクトリアから返事が返ってくる。



「あら、ゼル医師ですの……!?ああ、良かった。もう少しでっ、終わりますから」


「…………っ!?」



このままどうなってしまうのか。

ヴィクトリアが暴走しているのなら、我々で止めなければならない。


二人は再び顔を見合わせて頷いた。



「ーーーー自暴自棄になるのは、おやめ下さいッ!ヴィクトリア、さ……ま?」



今ならまだ間に合うかもしれないと、そんな思いから急いで扉を開くと……。



「ちょっと、そこはッ……!」


「無理をしすぎるからですわ!」


「うっ……!ゼル、ココ……!ヴィクトリアは本当に容赦がッ!いたたっ」


「そんなに力は入れておりませんわよ!!どこもかしこも凝り固まっておりますわ!少しは体を動かしませんと……!」


「うぅ……っ!ソコ……気持ち、いい」


「ウフフ」



目の前には嬉しそうに笑みを浮かべながら汗だくのヴィクトリアとソファーにうつ伏せになり、クッションを握りしめるシュルベルツ国王の姿があった。


ヴィクトリアは貴族の令嬢とは思えない体勢でこの国の国王に跨っているかと思いきや、横に降りて肘で腰辺りをグリグリと刺激している。

そういえば最近、シュルベルツ国王から「腰が痛む」と相談を受けたばかりだった。

それを思い出しながら、唖然とその様子を見つめていた。



「ふぅ……!揉み返しもある事ですし、今日はこの辺に致しましょうか」



ヴィクトリアは気持ち良さそうに汗を拭った。

侍女長が反射的に布を差し出すと「ありがとうございます」と言って布を受け取り、額の汗を拭う。

シュルベルツ国王がゆっくり起き上がった後、腰の辺りを押さえながら驚き声を上げた。



「嘘だろう……?腰の辺りが嘘みたいに軽くなっている」


「なんと……!」


「肩も首も、あんなに痛んでいたのに……」


「侍女長、陛下にお水をお願い致しますわ。一時的にはスッキリ致しますが、また無理をすれば腰は痛くなりますから定期的に立ち上がって体を動かしませんと!座ってばかりいたら、お体に悪いですわよ」


「……そう、なの?」


「大切なのは適度な運動です!立ち上がって体を動かしたり伸ばしたりするだけでも違いますから」


「分かったよ……ありがとう、ヴィクトリア」


「いえいえ!ですが、わたくしが陛下の側にいる事を許可して下さるのなら、毎日どこかを気持ちよーく、マッサージして癒して差し上げられるのに……」


「……!」

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