第18話

「やぁ、おはよう」


「……!」


「ーーー陛下ッ!!またお休みにならずに一晩中、書類の処理をしていたのですか!?」


「いやぁ…………まぁ、あはは」


「私はいつもいつも、口を酸っぱくして言っていますよ!いい加減にして下さいッ」


「勘弁してくれ、ココ」



侍女長に叱られているシュルベルツ国王が大変、愛らしい。

もう一度言おう。


大変、愛らしい。


眉がハの字になっている。

困ったように笑っている姿に心臓を撃ち抜かれていると、シュルベルツ国王と目が合った。

ポロリとシュルベルツ国王の持っていた羽根ペンが手から滑り落ちてコトリと音を立てた。

これ以上ない程、大きく見開かれているブルーグレーの瞳が揺れている。



「な……にを」


「おはようございます!」


「まさか、君は……!何故……!」


「ゼル医師と話し合い、シュルベルツ国王陛下の健康を守る為に、急遽侍女として働き始めましたヴィクトリアでございます!」


「バ、バリソワ公爵がっ……」


「お父様とお母様なら説得済みですわ!わたくし、陛下の為にお役に立ってみせます」


「……………」



言葉を失っているシュルベルツ国王を横目に、手際よく紅茶を淹れていくと、侍女長は面白いくらいに口をあんぐりと開けていた。

何故貴族の令嬢が一度教えただけでこんなに上手く紅茶を淹れる事が出来るのか……そんな声が表情から読み取れる。

しかし、記憶を取り戻したヴィクトリアには、心を込めて紅茶を淹れるくらい造作もない。



「今日は少し気分を変えて蜂蜜やミルクも淹れてみましたわ!疲れている時には特にオススメですの」


「……あ、あぁ」


「さぁ……召し上がれ」



シュルベルツ国王が恐る恐るカップを持ち上げて紅茶を飲み込んだ。



「…………!」


「如何でしょうか?」


「うん…………すごく美味しいよ」


「フフッ、良かったですわ」



ホッと息を吐き出したシュルベルツ国王の表情は柔らかいが、以前会った時よりもずっと疲れているようだ。

侍女長は、シュルベルツ国王を心から心配しているようだ。

ヴィクトリアは侍女長にこっそりと耳打ちする。



「……わたくしが陛下を説得してみますわ。少々、お時間をいただけますか?」


「本当にそんな事が出来るのですか……?私達がいくら言っても陛下は……」


「えぇ、このヴィクトリアにお任せ下さいッ!」


「…………わ、分かりました。どうか陛下をお願いします。ヴィクトリア様」



親指を立てたヴィクトリアを見て、侍女長は心配そうに頷いた後にワゴンを持って部屋から去って行った。



「ウフフ……」


「ヴ、ヴィクトリア?」


「陛下……二人きりになりましたわね」


「…………あ、うん」


「さぁ、時間がありませんわ!こちらにいらして下さいませ」


「一体、何を……」


「ふふっ、仕事ばかりしてご自分を労わらない陛下には少々、痛い目にあって頂きますわ!」


「えっと……その、折角の申し出だけど遠慮していこうかな」


「ソファに寝ていればいいのですわ!遠慮する事ありません」


「…………!?」


「オホホホ、ほんの少し目が瞑っていれば済むのですから……!」



焦るシュルベルツ国王の腕を引き、ソファに寝かせる。

そっとシャツのボタンを外してから迫るヴィクトリアはスルリとエプロンを取って足を持ち上げる。



「ちょっと、ヴィクトリア……ちょっと待ってくれ!」


「さぁ…………お覚悟を決めて下さいませ!」


「いっ……!ま、待って」


「往生際が悪いですわよ」


「待って……!僕はこんな事をしている場合じゃ」


「陛下……いい加減、覚悟を決めてお黙り下さいませ!」



ヴィクトリアはシュルベルツ国王に馬乗りになりながらも攻防戦を繰り広げていた。

手と手を握り、下からと上からで押していると力が拮抗してガクガクと震えている。



「ウフフ、このヴィクトリアに全てお任せを……!天国に連れて行って差し上げますわ」


「…………ッ!?」

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