第9話
「…………っ」
「ヴィクトリア……?」
「…………」
「おーい……大丈夫かな」
「はっ……!申し訳ございません。陛下に見惚れておりました」
「え……?」
驚いたように開く瞳にキュンと高鳴る胸。
ニンマリとあがる口角を押さえるために口元に手を当てる。
首を傾げるシュルベルツ国王を見ながら、身悶えてバンバンと壁を叩きたいのを堪えていた。
(想像以上だわ!普段のシュルベルツ国王陛下も凛々しくて素敵だけど、この力の抜けた普段の陛下もギャップがあって最ッ高だわッ)
そんな時、シュルベルツ国王は頭を下げた。
「……ヴィクトリア。この度はジェイコブの件、大変申し訳なかった。此方から望んだ縁談にも関わらず、こんな結果になってしまって……。それにジェイコブの気持ちを優先してくれたと聞いた」
「いえ…………此方こそ陛下のご期待に添えずに大変申し訳なく思っております。わたくしはジェイコブ殿下の幸せを願い、妹のエルジーにバリソワ公爵の座を譲りました」
「ヴィクトリア……君は今までその為に努力してきたと聞いた。本当にこのまま譲っていいのか?君は幸せになれるのかい?」
「………陛下、わたくしは」
「…………」
「…………」
一国の王にも関わらず、ヴィクトリアの幸せを気遣う優しさ……潤んだ瞳、芳しいイケおじならではの香り。
ここの空気が大変美味しい。
シュルベルツ国王に悲しげな視線を送りながら、あえて何も言わずに黙っていた。
ヴィクトリアは、今悲劇のヒロインなのだ。
さぞ健気に見える事だろう。
(この計算し尽くされた動き……!おじ様の好みを調べ尽くしたわたくしに隙はなくってよ!!)
「王家とバリソワ公爵家……そして陛下の愛するジェイコブ殿下の幸せの為ですから」
(はいはい嘘ですッ!全部この世界に生きるイケおじと陛下の為ですうぅうぅ!!!)
心の声と、口から出る言葉が真逆である。
「…………三人の兄弟の中で、ジェイコブは母親を知らないんだ。少々甘やかしすぎてしまったのかもしれない……僕のせいだ。すまない」
掠れて低くなる声……シュルベルツ国王は悲しげに目を伏せた。
見事にカウンターを食らったヴィクトリアは唇を噛んだ。
(困っている顔も眼福、悲しんでいる顔も眼福……!この落ち着いた雰囲気と気遣い気配りが出来る良い男ッ…………なにより『僕』呼び最高ぉおぉぉっ!!!)
心の太鼓と花火は鳴りっぱなしで、ヴィクトリアの体内では盛大な祭りが開かれていた。
「ジェイコブと話をした。このようなことをした責任は取らなければならない」
「…………」
「僕に出来ることならなんだってしよう。ヴィクトリアも次の出会いを望んでいると聞いた」
これこそがヴィクトリアが最も望んでいた展開である。
もう出会ってます、と今すぐ言いたいくらいだが、ここはなんとか理性で欲望を抑え込む。
「…………お気遣い痛み入ります。ですが、わたくしの願いは……いえ、いいのですっ!陛下に聞いていただこうだなんて、わたくしはなんて烏滸がましいのでしょう!」
「ヴィクトリア、ここには僕達しかいない。遠慮なく、君の願いを言ってくれ」
「本当に……宜しいのですか?」
「ああ、ジェイコブの代わりに僕に出来ることなら、なんでもしよう!」
「なんでも……?」
その言葉にキラリと瞳を輝かせたヴィクトリアは視線をスッと逸らした。
そして、真っ直ぐに国王の瞳を見つめた。
いつもと違うヴィクトリアの様子に気が付いたのか、シュルベルツは僅かに目を見開いた。
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