道沿いに咲く真紅の花(ホヤケルート)

「こちらこそ、恋人としてよろしくな」

 俺は笑えているだろうか。彼女が求めた答えになっているだろうか。

 彼女は俯き顔を見せてくれない。

「だい大好きです!」

「おわっ⁉︎」

 しばらくしてから、穂谷華は勢いよく抱きついてきた。

 油断しきっていたので、受け止められず押し倒される。

 馬乗りになって、視線を絡み合わせる。

「これで堂々とナイシン君をお触りできるんですね」

「だからって服の中を弄るな。猛獣の眼してるぞ、それにここ外だ。少しは自制を持たないと」

 服の中に手を入れて無理矢理服を剥いでくる。

「この世界にはわたしたちしかいませんから、大丈夫です」

 そういう問題じゃあない。

「それに、こんな現実ではあり得ない花園の中でしたら絶対に忘れられない経験になると思うんです」

「いや、どこまでする気だよ⁉︎付き合って一時間も経過してないんだぞ」

「嫌ですか?」

 上目遣いでそう聞いてくる。

 うぐぅ…。

「そういう問いはズルい。嫌なわけないけ──」

 唇を唇で塞がれた。短く浅い口付け。

 唇の柔らかく温かい感触と真っ赤で妖艶な穂谷華の表情が心臓を高鳴らせる。

 彼女の髪や瞳などの部位が全て魅力的に見えてくる。

 このまま彼女を見続けたら、心臓が散ってしまいそうだ。

「可愛い顔してます。食べちゃいたいです」

 彼女は唇を舌でなぞる。その行為を見るだけでも、心臓の鼓動が更に加速する。

「待て待て待て、畳み掛け過ぎだ。この勢いでするつもりか」

「そうですよ」

 まるでそれが当たり前のような返答だ。

 俺だっていつまでも理性を保てるわけじゃない。今だって、ギリギリなのに。

 両手を抑えられ、馬乗りされている状況で俺が抗うすべはない。

「心臓が張り裂けそうなんだ。だから、そういうことされるとなぁ!」

 穂谷華は俺の胸板に耳を当て、鼓動を感じているようだ。

「ちゃんと、わたしで興奮してくれてるみたいで嬉しいです。わたしも同じぐらいバクバクなんですよ」

「おまっ!」

 穂谷華は俺の手を掴み、無理矢理に胸を掴ませる。

 彼女の鼓動が伝わり、自分の心臓もその鼓動に合わせるように脈打つ。

 女性なら。

「女の子でも、我慢できなくなっちゃうです。『しおらしくしろ』なんて考えてたんですよね?」

「勘が鋭いのはいいことだ。だけど、頭の中を読むんじゃなくて、少し読み上げてからにしてほしいんだ」

 穂谷華の豊満な胸によって理性がスリップダメージを受けているかのように削られていく。

 彼女の猛勢によって理性が溶け始めたのか、胸に沈んでいる手に少しだけ力を加えた。

「んっ。もっと強くしても」

「ちょっとさ、女っぽいこと言っていいか」

「ん?」

 疑問のんであり猥語のんではない。

「ムードを大切にしたいし、本能で完全に染まるのもいいが理性があった方が」

 言葉を唇に塞がれて、舌が口内に侵入してくる。

 ほんの数秒のキスではあたったが、かなり理性が溶けてしまった。

「今すぐ襲っていいですか⁉︎」

「人の話聞いてた⁉︎ってか襲われてるんだ!今もどさくさに紛れて軽いキスに見せかけて舌絡ませて!」

「可愛いのがいけないんです」

 穂谷華は逆ギレする。

 意味がわからないし、理解したくない。

 少し理性が戻って、自分が口に出した言葉に後悔と屈辱を感じている。やり直そう、この恋もやり直させたのだから。

「俺は穂谷華が好きだ。こうやって、忘れてた温かさを教えてくれたから」

「わたしはナイシン君がわたしを好きという気持ちの何倍も何倍も好きです」

 まるでバカップルの会話のようだ。

 だが、それが心地よい。

 優しく顔を上げて、彼女に押し当てるだけの口付けをする。

「穂谷華、ありがとうな」

「わたしの方がナイシン君から沢山のモノを貰っているんです。こちらこそ、ありがとうなんです。じゃあいいですか」

「ったく、男の方の言葉だろ。いいぞ」

 穂谷華の身体が俺を包み込むように密着する。

 そうするのが自然な流れのように、唇と唇や舌と舌が絡み合う。

 そこから、誰にも止められることなく花園でお互いの色に染め合った。



 以前、穂谷華の父に言われたことがある。 『穂谷華は母に似てるんだ。だから、頑張れ』と。

 頑張れではなく、よろしく頼むや傷をつけたら許さないが父親の言うべき台詞ではないだろうか。

 その時は意味がわからなかったが、今は痛いほど良くわかる。

「んふふ〜」

「……」

 俺たちは相手の腰に手を回して抱き合っている。行為をしているわけではなく、お互いに甘え合っている時間を堪能している。

 暇さえ有れば、身体に接触してくる。温かくて柔らかい魅惑の身体が怠惰へと導く。

 犬のように尻尾が生えていたら、勢いよく振るっていただろう。

 付き合う前からスキンシップが激しいと思っていたが、付き合うとお構いなしになるとは。

 初体験を終えて、一日経過した。

 初体験は凄かった。何回したか覚えていないし、二人とも倒れるように花園で寝ていた。

 彼女に甘えられると、どうも反抗できない。理性が溶け、怠惰として固まる。

 こうやっているのも幸せだが、デートも話もしたい。

「少し話がしたいんだ。離れてほしい」

「はい。でも、手は繋いでほしいです」

 離れる際に軽く唇を押し当て、隣に腰を下ろした。

「遠慮せずに恋人繋ぎして良いんだぞ」

「遠慮なんてしてません。今は上に乗せたい気分なんです」

 手を包むように手を置いている。

「詳しく聞いてなかったが、この世界って何なんだ」

「魂も体を持てるけど、不安定な世界です。だから、終幕に咲く花が散ると同じくして二週間で散り、予定通りに進まなければ壊れて消えてしまうって聞いてます」

 難しい顔をせず、淡々と喋っている。

「じゃあ、この世界を成り立たせる為に使った糧はなんだ」

「わたし達の現実世界です」

 予想はしていたが、実際に聴くと胸が痛い。

 頭をかいて、ため息をする。

「皮肉だな。愛する人を助け出来た子供が、予言通り世界を滅すなんてな……」

「あーヒロインに聞こえると不味いから、ボソボソ言うやつです」

 頬を膨らませて訴えてくるので、仕方なく言う。

「『咲き方と散り方が決まった世界』を『普通の美しい世界』に戻す為でもあるとはいえ、世界を滅ぼすなんてな」

「その言い訳が無かったら、わたしも同意してませんでした」

 どんな大義名分があろうと、彼女達は世界を滅ぼしているのだ。

 その重荷は彼女達にとって、どんな物か俺にはわからない。

 いや、理解できる。俺は。

「世界を犠牲に俺を助けた重荷を一人で抱え過ぎるなよ?それで穂谷華が亡くなったら、俺も同じように追いかけてやるからな」

「えへへ」

 穂谷華は苦笑いしてみせる。

「穂谷華たちが世界を滅ぼしたにしろ、俺はお前らを嫌いにはならない。それとだ、辛かったら泣いてもいいんだぞ。俺はもう立ち直ってるんだ、なんなら一緒に泣いてやってもいい」

 いくら片時とはいえ、彼女は父や母を殺したのだから。

 多分、彼女の両親はこの道を歩むように背を押したのだろうから。

「わたしは『わたしのために力を貸してくれた人』の為にも自分の為にも、この結末を喜ばないといけないんです」

「だからいいんだよ。俺しかいないんだから、涙を見せても。いま全部長してさ、残りの時間をしっかり楽しもうぜ」

 自分の胸に穂谷華の頭を寄せる。

「お母さん、お父さん……」

 衣服にシワができるほど強く握る。何か冷たいものが肌に触れる。

 それでも彼女の顔を覗き込むことはせずに撫でる。

 彼女達は気にしないだろうが、穂谷華が一番背負い込むだろう。

 鈍感な彼女はそれに気が付いていないから、全てを告白したんだろうな。

 理解していれば黙っていたはずだ。穂谷華が強くしっかりした娘だと思ったのだろう。

彼女が『自分が滅ぼしたから、責任を負わなくていい』と釘を刺したのは容易に想像できる。何度も注意深く言っただろう。

 しかし、元に戻ると信じても親しい人を殺すという重荷には耐えられない。それに手を貸し止めなかったから。

「ごめんなさい……ごめんな、さい」

 全員を助けるなんて御伽噺は勇者しかなし得ない。群を助けるか個を助けるか。

その中で俺はどちらも救おうと欲張り失敗した。彼女達は群を犠牲にして個を助けようとしているのだ。

「ごめんなさい、なんて聞きたくないと思うぞ。ありがとうを望んでいる筈だ」

 だからそうだな、俺も。

「助けに来てくれて、ありがとうな。ほら元気出せ、デートするんだろ?この世界が散る前に、思い出を沢山作ろうぜ」

「……んっ」

 穂谷華は握る力を更に強める。衣服どころか肉まで握っている。

 彼女は胸の中で一晩泣き続けた。



「愛の巣の上にいて貴方は虚しくないの?」

 ワフはナイシン達のいる家の屋根の上にいた。

 彼女は蒼く光輝く蝶に話しかけていた。

「人の幸福は蜜の味って良く言うわね。貴方がそこまでする時点で赤の他人の訳ないじゃない」

 蝶はワフと顔を合わせているが、声どころか音も発さない。

「貴方だけね、世界を滅ぼして罪悪感を感じてないのは。私?私は元に戻るとはいえ、芸術作品を葬り去ってしまった。エロゲが芸術作品じゃないって、笑えない冗談ね」

 何処からともなく彼女は虫取り網を取り出し、蒼い蝶を捕まえようとする。

 蝶は全く避ける動作をしない。幽霊が掴めないように、虫取り網は蒼い蝶を擦り抜けた。

「ちっ、私にもっと記憶見せてくれないかしら。利害が一致してるとはいえ、貴方は自分の子を見捨ててるじゃない。信用に値すると思うの?」

 蝶はゆっくりとワフの肩に乗る。

「英雄様は何処まで献身する気なのかしら。ねぇ?貴方が犠牲にして傷をつけた分に匹敵すると考えているの?」

 ワフは強く蝶を睨む。蝶は動じることなく、羽を休めている。

「私しかナイシンを殺害できないのはいいとして。貴方は実の娘に呪殺されたい願望でも抱く異常性癖者なの?」

 桜の花弁が蝶に当たると、それは糸のように細く分かれる。

「間違いなく呪殺いえ、出会ったら視殺されるでしょう。愛する人が親友に殺害される終幕って悪趣味すぎて、苦笑いもできない」

 蝶は羽ばたく。

「私と約束した通り、『いのち』は繋いで。じゃあ二人の愛を時間が許すまで、私は観てるから」

 蝶は夜空に溶け込むように消えていく。

 それを見届けたワフは立ち上がり、背伸びをする。

「呪いが無ければ幸せになれたのかしら?呪いがあったから私達は出会って産まれ恋をした。ひにっ」

 ワフは足を滑らせて、身体を強くぶつける。

「いったいわねぇ。これで閉めたら許さないから」



「なぁ!俺も手伝うから」

「大丈夫です。座っていてください」

 俺はそわそわしていた。

 理由は簡単だ、彼女がなんでも一人でしてしまうから。

 穂谷華は家事を全て一人で片付けてしまう。手伝おうと立ち上がれば、両肩を抑えられ強制的に座らされる。

 俺として彼女に頼りっきりなのはいけない。駄目になってしまう。

 とりあえずお茶でも飲んで。

「どうぞ」

「あのなぁ、それぐらいは自分でやるから」

 常に俺の脳を監視されてるのか疑うレベルだ。

「ここが二人の愛の巣、二人の想いが形になってて良いんじゃないかしら」

「なんでいるんだよ」

「招かれた客に失礼じゃないかしら?」

 なんで俺の死神が愛の巣に潜り込んでんだ。穂谷華に話せば良かった。

「不幸中の幸いとも言うけど、私から殺気感じないでしょう」

「お前が言うことじゃねぇんだよ。ったく、俺を殺す気なんだろ」

「ええそうよ」 

きっぱり悪気なく真顔で答えた。

 怒りが湧くはずなのだが、呆れていた。彼女の目的を大体察しているから。

「私が殺さなくても、貴方達はもう一度死ぬのは決まってるじゃない?それに『いのち』を有効活用したいから殺すわよ」

「彼女が」

「『彼女が死を望んでいるから』なんて理由は聞きたくないわ。私を含めて彼女の為に命を散らす者がいるの。その時が来れば貴方を狩るだけ、今は楽しんだ方が得でしょう」

話を区切るように手を叩く。

俺は何も言い返せなかった。

「話は変わるけど、円満な夫婦関係っていうのは家事を一人に押し付けてはいけないわ」

「変わり過ぎだろだろ。温度差で普通に話せると思うのか?とりあえず、押し付けてはいないんだ。俺もやろうとはしてるんだけどな」

「不満ならぶつかり合わないと後悔するわ。好意で相手が好きだから勝手にしてるで納得していると、有り難みを感じなくなるから自分もその大変さを知り分担するべき。雨降って地固まるだから」

「お前がぶつかり合えっていうんだな」

「後悔してる私だからこそ言えるの」

 その言葉は重く心に刺さった。



 今にでも反吐を吐かれそうな目で俺たちのイチャイチャを見て、ワフは帰った。

 さて、どう切り出すべきかと御茶を飲んで熟考する。

「ナイシン君、お願いしたいことがあるんです」

「おう、どーんと来い」

「お買い物デート行きたいです」

じゃあ荷物持ちってところか。

「荷物は少ない予定なので、側にいて欲しいです」

「少なくても持つぞ」

「いえ、大丈夫です。わたしはナイシン君と話せるだけで力になりますから」

 やっぱ、しっかり話し合わないと駄目か。馬鹿真面目に正面衝突するとしよう。

「俺にも家事をやらせてくれないか?分担したいんだ」

「気持ちは嬉しいです。でも」

「でもじゃなくてな。逆の立場になって考えてみてくれ、俺が家事全部やってて手伝いたくならないか?」

「奪います」

 予想外の即答が返ってきた。

 奪う?手伝うじゃなくて⁉︎心の中でツッコむ。声に出してツッコんでいたら話が進まないと思ったからだ。

「なぁ、俺はワフレベルで家事が下手なのか?」

 どこからともなく怒声が聞こえた気がする。

「そんなことはないです」

「だったら、手伝わせてくれ。お願いだ、一人でさせてる姿を見ると罪悪感が込み上げてだな」

「う〜ん。わたしは」

 唸り始めたか、もう一押しだな。

「俺の手作り料理とか食べれるし、分担すればイチャイチャできる時間が増えると思うんだ」

 いつ呼吸してるのかわからないぐらい長い唸り。

 目を瞑りながら熟考し答えを出そうとしている。

 数分後、答えが出たようで目を見開いた。

「料理はわたしに任せてほしいです、ナイシン君に食べてほしいから。それ以外なら分担でお願いしたいです」

 料理もかなり負担になるから、日ごとに交代したかった。だが、穂谷華の譲れないという強い意志の宿った眼差しから、これが妥協ラインだと理解する。

「ふふっ」

 穂谷華は軽く笑う。

「夫婦はきっと、少しずつ衝突するけどこうやって気持ちを伝えてどんどん寄り添い会うんですよね」

 彼女の何気ない言葉に、俺は静かに顔を赤く染める。

「だ、だってなぁ!家事を一人に任せきりとかどう考えてもおかしいだろ!は、はぁ、もう結婚した気でいるのか」

「ナイシン君は優しいです。わたしとしては、この世界から抜け出したら真っ先にお父さんとお母さんに紹介する気でいます。もちろんナイシン君の両親も紹介してくださいね」

 悪戯に笑う彼女の顔を見て、彼女には敵わないんだと改めて思う。

 惚れた奴の負けってやつだ。それにしても両親か、会ってくれるだろうか。

「話は大きく変わるんですけど、冷蔵庫にお花が入ってたんです。これなんです、他にも薔薇とかありました」

「……」

 タッパーに入った撫子を口に入れる。少しの苦味があるが、食べれるようにされている。

 彼女の為にどんな仕事をすれば良いか、それを考え辿り着いた夢の産物だ。

「この花って食べれるんですか?」

「エディブルフラワーっていう、食べれる花だ。冷蔵庫に入ってるのもそうだろうな」

「お花って飾るためのものじゃないですね」

「味もあるから、料理のアクセントにもなる。なぁ、ここを考えた奴って誰なんだ」

 聞いても答えは返ってこないだろう、と思うが聞いていた。

 記憶を消されているか、そもそも喋っていないか。

 俺たちの将来を具現化したかのような家だからだ。もし、彼女が未来も視れていたら?と考えてしまう。

「ヒバ君です」

「すげぇなアイツ……俺の為に調べたのかよ」

 返ってこないと思われた答えは、親友の名だった。

 ソウルメイトは想像力も創造力も凄いから、納得できた。

 だけど、なんだろう、喉に骨が刺さるようなこの不快感は。いや、当たり前か親友にここまで愛の巣を想像させられ、相性がピッタリだからだ。

 まるで自分も住むことを検討してるような。

「アイツはここまで媚びて、帰ったら愛人になれとか言わないだろうな」

「浮気は絶対に許しません!」

「いくらソウルメイトでも身体の関係は持たないし、冗談だって気付け」

「あ、いった」

 しかめっ面になってる穂谷華のこめかみにデコピンをお見舞いする。

 彼女はこめかみを優しくさすっている。そこまで力は入れていないんだがな。

「女の子だと思って、ヒバ君がナイシン君に一目惚れしたんですよね?」

「男だって説明するのに苦戦したな。男だと理解してくれて、ようやく友達としてソウルメイトとして心を通わせたのは忘れられないな」

「嫉妬しちゃいます」

 隣を見ると頬を膨らませた穂谷華がいた。

 まさか、俺とヒバに嫉妬。いやいや。

「……言っておくけど、そういう関係じゃないからな」

「他のみんなも嫉妬します。だって、わたし達と同じぐらいの友情をヒバ君と持っていますから」

 ぷいと目線を逸らされる。

 友情に嫉妬する穂谷華が可愛くて、小さく笑う。

「あー笑うんですか!真剣に嫉妬してるです」

 真剣に嫉妬ってなんだよ。

「ごめんごめん。ほら、穂谷華のご飯食べたいから早く買い物に行こうぜ」

 嫉妬する穂谷華の手を掴み、導こうとする。

 犬が散歩を拒むかのように、穂谷華は動かない。

「ここにいる俺は穂谷華を選んだ。一番愛してる大切にしたい人なんだ。俺の心に咲いて色づけてくれた、可愛らしい華なんだ」

 そう言っても不機嫌そうな顔を変えてくれない。

 瞬きしたら、軽く彼女に口付けされていた。 

 彼女は不意にこういう身体接触をしてくるのが可愛いところで、俺が彼女にかなわないところだ。

「それなら、もっともっと愛してください。わたしがヒバ君に嫉妬しないぐらいに。約束です」

 昔の俺なら、ここで戸惑っただろう。

 だけど、彼女と出会って変わった。だから直ぐに答えられる。

「もちろん、約束だ。もっともっと愛してやるからな」

 神様が与えてくれたのか、一瞬だけ見えた気がした、可愛らしい娘と戯れる俺たちの家族模様が。

 俺たちは手をつなぎ、お互いに笑い歩き出す。

 


 世界が終わる日が訪れた。

 気が付けば、人が少しずつ消えていた。残されたのは俺たち二人だけ。

 と言っても、どうせワフが俺のいのちを狙っているのだから彼女はいるのだろう。

 彼女と記憶を取り戻した日から身に付けて無かった勇者の装備を身に付けている。

 俺たちは桜と彼岸花の咲き誇る花園に腰を下ろしている。

「最後に俺の趣味でも話そうか」

「お花ですよね」

 俺は呆気に囚われるが、すぐに笑みを浮かべる。

 ゆっくりと立ち上がる。

「嫌われるから、隠していたんだがな。良くわかったな、きっかけはなんだ」

「あの家を見る前は確信にまでは行きませんでした。今は自信満々に言えます、とっても良い趣味です。わたしにも色々教えて欲しいです」

 うん、と頷く。穂谷華は、ありがとうと笑顔で答える。

 ヒバが俺のために作った家が、彼女の確信を。ヒバはこのヘンテコな世界の連続の中で、初めて俺の趣味を知った。

 俺の趣味を知るのは、もう一人しかいない。それは趣味を封じるように、勧めたあの人だ。

 親友とその人が繋がっているんだ。

「お姫様、勇者様、お迎えに参りました。昨晩はお楽しみになられたでしょうか?」

 首に軽く当てただけで真っ二つになりそうな大きい鎌を担いだ、死神のようなワフが目の前に現れた。

 俺が強く穂谷華の手を握ると、それに応えるように強く握り返してくれる。

 彼女の不敵な笑みを浮かべているようで、今にでも崩れ枯れてしまいそうな表情をしてるように見えた。

「ワフさん!一つ聞きます」

 穂谷華の質問は、あまりにも現実味のないものだった。

彼女が時を止めたかのように、俺たちは動けない。空いた口が塞がらないんだ。けれど、全ての辻褄が空いたピースを埋めるように合う。

それは未来のカタチで残酷な真相だった。

「一番先に真実に辿り着く。そんな貴方が私は嫌いよ。これに関しては、元居た世界で気が付いたんでしょう?」

「なっ!」

 やれやれといった様子で肯定する。

 驚いて穂谷華の顔を見ると、彼女は小さく笑っていた。

 本当に生きてる中で俺は彼女に敵いそうにない。

「さてこの世界の幕が降りるわ。終幕に相応しい華が咲く」

 ワフは俺の背後を指差す。

 ずーと桜は咲いてると思っていた。

 だが違った。終幕にその華咲くまで、──は代役を務めた。

しっかり見えればわかったはずなんだ。だけど、自分と照らし合わせ考えなかった。

 桜は今この刻をもって、美しく乱れ咲き誇る。俺たちの終幕を飾り、新しき開幕を始める象徴として。

「わたしの『いのち』を使ってほしいです。だけど約束してください、ワフさんも救われてほしいです」

 彼女は言い切って、笑顔を見せてくれる。

 彼女の震える手を強く握り決心する。

「わかった。そのかわりお前も彼女達も救えよ」

 二人でワフに笑顔を咲かせて見せた瞬間に、俺たちは花弁となり散った。

 

 

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