第11話 日常という素晴らしく美しい花
「さてようやく、本山がベラベラ喋ってくれたわ。正直言って話したくない内容だけど」
臨時で店を閉じ、全員で話し合う形となった。
来府が目的を口にしたのだ。あの性格なら、もっと早くゲロってくれると思ったんだが。
「結論から言えば、あいつは誘拐の拠点としたいそうよ。女の子を薬漬けにして、飽きたら売り飛ばすから自然とヤクザとも縁があったってわけ」
「最近、誘拐事件が多かったのはこういうことだったんだね」
「私達の学校は顔面偏差値最高クラスの女子校とか言われてたわね。今は共学になったけれど」
まぁ今年からなんだけどな。
「それでも女性の割合が九で、女性よりかは男性の貞操が危うい学校だからなぁ。ヒバが何回喰われかけたなんて、数えきれないし」
「その度に足をは踏みつける存在もいるせいで、我は地獄を回避できない。ただソウルメイトを追いかけてきただけなのに!」
悲痛なヒバの叫びは聞かなかったことにする。
この土地がほしい理由が誘拐の為の拠点にしたいから。じゃあ目的は、女性を思うがままに食べるためか。考えれば考えるほど、ムカつく奴だなぁ。
「というかさ、大騒ぎになってないな」
「あのバカが一応、金でなんとか口封じしてるけど、もう限界ってところよ。一石投じたら、泡のように消えて無くなるわ」
「不倫、痴漢、芸能界でも出演しては度々問題を引き起こしてテレビ側も彼を干し始めてるわ」
「つまり一石投じて、破滅させるってことか」
「いえ、二石投じて確実に息の根を止めるわ。それには、頼み辛いけどメイシンの協力が必要になってくるの」
もう、この場にいる全員が察してた。
「スキャンダルを撮りたいから女装して、囮になれか」
「……」
カランセンは静かに頷く。
特定の二人をチラ見すると、唇を噛み締めていた。
「大丈夫だ。こういうのは適任だろ。で、どうやって誘き出すんだ」
「ラブレターでも書けば、勝手に養豚場から出てきてくれるでしょ」
「いや……さすがに」
「理性なんて吹き飛ばせる便利なモノを持ってるじゃない。祝福、呪い、それを有効活用しましょ」
「本当に遠慮がないな、二人に殺されるぞ」
「後悔後先に立たず。あそこで使っとけば良かったなんて思うのが一番ダメだから。貴方達は苦しんだかもしれない。でも、人を助けるんだから、最高にカッコいいとオレは思うわ」
「はぁ……で、どうやってメイシンのラブラブチュッチュレーターを渡すのかしら」
まぁそこが一番の問題だよな。
「ファンレターだけは検閲なしで通すように、指示してるのよ」
あまりにも気持ちが悪くて、全員が引いていた。
「言葉っていう刃で相手を病ませるのはどうかしら」
「もうファンレターに毒でも盛った方が早くて良いんじゃないかな」
「ドカンって屋敷ごと吹き飛ばすとかさ!」
「却下却下!最後はファンレター関係ないし、あまりにも気持ち悪いからって思考を放棄しないで。というか、グロリーは屋敷ってことわかってたの」
「勘」
グロリーが喋ってないことを先に言う。その度に勘というが、あまりにも鋭いような気がする。
「どうでもいいことに勘を鋭くするんじゃなくて、肝心な時にしてほしわよ」
「わたしくしの勘は百発百中!つまりネタバレ、人生のネタバレだから言わなってこと」
「こういう時しか勘が働かないだけでしょ」
「あーそんなこという。次に追加されるキャラ、特攻の極みで防御全て捨ててるからピックした瞬間に嫌われる奴だから」
「それ、勘にしては細かすぎない⁉︎」
脱線しまくってるなぁ。
「ラブレターを通すと言っても、あの鎌切が一緒に見るし最悪付いてくるから。今すぐに来てと誰にも知られてはいけないとか書いて欲しいわ」
「ねぇなんで、私を見てるのかしら?せめて書いてくださいって」
「ごめん。気持ち悪いだろうけど、お願いだワフ」
俺が頼んだことに驚いたのか、ワフは目を見開いていた。
「あんたに頼まれたら、絶対に断れないでしょう。任せなさい、その仕事受け持つわ」
「複雑そうで複雑のような複雑な顔してるわね」
カランセンが言った通り、ワフは感情が混ざり合い更に理性で封じ込めようとしてるので複雑そうで複雑のような複雑な顔をしていた。
「わたしたちだけじゃなくて、わたしたちの学園の子達も救ってことですね」
「僕は僕の大切な人を守れればいいかな。それにしても、とっても大きなオマケだね」
「とある人達は更に欲張ろうとしてるんじゃないかしら?」
俺を含め二名目を逸らす。
ワフは小さく、ミャナは大きくため息を吐いた。
「なんで自分を大切にしてくれないかな。僕がやるから、メイシンくんは自分の役割だけ考えてね」
「よぉし、決行は明後日よ。魔王討伐作戦!」
「うわぁ……ネーミングセンス皆無ね。性行為してる時の私の方がネーミングセンスあるでしょうね」
「掛け声任せて、それ言うのずるいわよ。あんたが言いなさいよ……」
「とにかく、やるぞ!」
改めて俺が掛け声をかける。
「「おーー」」
お前はあの日を忘れているのか?
お前は英雄にはなれない。幸せになれない。
いや、逆だ。お前の存在が悪で不幸にする。
その恋を認めない。絶対に認めない。
悪は永遠に独りぼっちで生きろ。
永遠に消えることのない呪いだ。
捻くれている誰かが語り掛けてくる。
「英雄になれなくて良い」
出せる答えはそれだけだった。
「鎌切もガキ相手に手こずるとはな、そろそろ変えを用意した方がいいか?」
「返す言葉もございません。ですが、それだけは辞めて頂きたい」
「じゃあ、今からでも誘拐してこい!!」
膝をついている鎌切に容赦なく来府は灰皿を投げつける。
鎌切の額に当たり、鮮血が顔を伝う。彼は当たり前のことのように仏頂面で顔を伏せている。
「失礼します」
頭を下げ、男性が重い空気の中の部屋に入る。
「なんだぁ!こっちは不出来な執事を叱ってる最中だ!」
「も、申し訳ありません。ですが、一刻を争う事態となっています」
「わかった。聞いてやるから、手短にしろ」
「何者かに南にある愛玩具牧場が写真を撮られたと思われます。更に取引予定だった東の愛玩具が何処にもいません。更に──」
男の言葉を遮り、北から爆発音が響き渡る。
この部屋には窓がなく彼らは状況が理解できない。
「な、何が起こってる⁉︎」
「確認致します。愛玩具牧場の家畜は逃走していないのですね?」
「はい、確認しました。頭数はしっかり記録前と同じです」
英雄になろうとしていない。いや、自分達の目的が最重要で他の犠牲なんてどうでもいい人がするやり方だ。
もし、感情があるなら愛玩具牧場にいる女性も逃すはず。
愛玩具牧場の女性を逃さないのは、警察を呼ばせないためだ。
あれはこちら側も足枷でしかない。いや、足枷のように見えた爆弾だ。
動けない、主人を守るのが最重要なら。
だが、頭の悪い肥えた豚にはそれが。
「確認してこい鎌切!汚名を挽回する良い機会だぞ」
「かしこまりました」
なぜ、この豚はここまで頭が働かないんだ。
鎌切は南にある監視管理部屋へと向かっていた。
ここを取り戻さなければ、話にならないのだ。
だから人員を送り込んだが、全員の通信が途絶えたという。ならば、彼が行くしかないのだ。
彼は先が見えない長い和風の廊下を走り続ける。
「北、こちらは爆発していませんでした!スピーカーが配置されていました」
「了解」
間を空けることなく、通信が入る。
「緊急事態です!来府様が消えました」
「冗談も気休め程度にしていただけると嬉しいのですが……」
来府が馬鹿でも、こんな緊急事に一人で行動するはずがない。
「いえ、冗談ではありません!一つのラブレターと写真が置いてあります」
鎌切はあまりの唐突な展開に唇を噛み締める。
ありえない、それこそ理性が無くなり感情のままに動くしか考えられない。
彼はそこで「あっ」と音を出す。心当たりがあるのだ。
「まさか、そんな」
「こんばんは、鎌切さん。あなたを足止めに来たよ」
鎌切の目の前に立ち塞がったのは、海のような青い髪の少女だ。夜の青と対と成る青。
両手に特殊警棒を携え、電流が腹を空かせたかのように鳴いている。
「てっきり、白髪の少女が来るとばかり」
「少女じゃないよ、少年だから」
鎌切は鼻で笑う。
「私の自慢話になってしまいますが、対面した相手の性別を間違えた事が一度たりともないんです」
「目じゃなくて心で見るモノじゃないかな」
「その目を是非、戦いの中で生かしてください。まぁ、貴方では私に遠く及ばないでしょう」
「ううん。君の刃が僕に触れることは絶対にないからね」
金属のぶつかり合う重い音と電撃の重い音が響き渡る。
「おまたせ、桜ちゃん」
「いきなり、ごめんね。来てくれてありがとう」
ウィッグを付け純白のワンピースに身を包み、俺らしくない声色と口調を並べて奏でる。
まさか一本釣りできるとは思わなかった。
待っている間に色んな男性に声をかけられたり変な目で見られた。
俺は彩色桜という架空の人物として、ここにいる。
「じゃ、じゃあ、ディナー行こうか!」
「ディ、ディナーですか。嬉しいです」
初っ端からホテルに誘われると思っていたので驚いてしまう。
ちゃんとディナーから行くんだな。
「当たり前だろう。じゃあ手を繋ごうか」
繋ぎたくねぇと心の中で思いながら握る。
仕方なく握るが、来府の手は油でも触ったのかと疑いたくなるレベルでベトベトだった。
心の奥底から女性に役割を渡さなくて良かったと思うが、今すぐにでも手を離したい!というかやめたい。
「じゃ、じゃあ、行こうか」
「うん、楽しみです」
ちゃんと俺は笑えているだろうか。それだけが心配だ。
すぐにホテルに誘い込まれると予想していたが、意外にもそんなことはなかった。
それでもスキンシップが激しいのは間違いないが。
さっさとホテルに連れ込んで、俺が叫んだ所を撮影して終わらせてほしい。
「これが星三のレストランだ。凄いだろう、なんでも頼んでくれ」
正直、こういう所は彼女を作ってから自分が誘いたかった。
それでも、出された物は美味しく不快になることなく完食できた。
食事中はとても静か……くちゃくちゃ音は凄かったが話しかけられることはなかった。
「ここはメジュアルビトンの店だ!なんでも、好きなものを選んでくれ」
俺は鞄には興味がないのだが選ぶしかない。
適当によさそうな鞄を指差す。
「それはメジュアルビトンの最新作だ。いいだろう、買ってやろう」
「ちなみに、おいくらするんですか?」
「百五十万ちょいだ。嬉しいだろう?」
「ワーイウレシナァ」
値段に驚き過ぎて、棒読みになってしまった。
「こちら百八十万になります」
何がちょいだ。三十万も違うじゃねぇか。
それからしばらく、来府のご機嫌取り(相手はこちらのご機嫌を取っているのだろう)をしていた。
わかったことは、彼は金で自分をアピールしていること。
『俺はこれだけお金があって凄いんだぞ!』と店に行く度に言われてるようだった。俺の祝福で彼の本心を曝け出しているが、あまりにも予想外で面を食らった。
だから、気になったことを聞いてみよう。
「お金以外で貴方のステキな姿を見たいです」
「芸人をやってるから」
「それもテレビに多額のお金を使って無理矢理できてると聞いています」
来府の言葉を遮ってあくまで友好的に言ってみる。
「な、何を言ってるんだ!金が全てだろ!多く金を持ってるだけで俺は素敵だろ!!」
「その金を持っているだけで素敵だと思ってくれる人は、金や権力が無くなった貴方を支えてくれますか」
初めて彼と目を合わせて言う。
「……うるさい」
「貴方は自分をより良くしようとしましたか。女の子にモテようと努力はしましたか」
「やめろ。それでも金があったから」
「心の奥底から、その人たちを愛せましたか?だから、飽きて売買してたんじゃないですか」
来府が一歩たじろぐ。
俺はすかさず追撃する。
「自分でもわかってるんですよね。貴方が感じているものは愛もどきだって」
「だまぁれ!」
来府の顔が茹蛸のように、真っ赤に染まる。
彼は激情に任せて、俺の顔面に拳を叩き込んだ。
見えていたが、避けず受け止める。そして、わざとらしく転倒もする。
「おい!大丈夫か、そこの人」
と声がかけられたので、ゆっくりと立ち上がって走り去る。
背後から『救急車』と聞こえたが、全てを無視して一刻も早く立ち去ることだけ考えた。
殴られたのに、殴り返せないのが癪だ。
「こんな呪われた力でも役に立つんだな」
心臓に手を当て、自分自身に言う。
今は一人の少女を救えたことだけを喜ぼう。
俺は翌日、ネットニュースを見ていた。
人身売買が明るみになり、少女に暴行した動画がネットに出回った。
暴行動画が火となり、人身売買の事実が燃料となり想像以上の大炎上となった。
株価は見たことないレベルで下落。
もちろん、来府は責任として退職させられ刑務所へと叩き込まれた。
「俺は愛を知ってなかったら、ああなってたんだろうな」
俺は二人の女性から愛を貰い、自分という存在に対して勇気を持てた。
それでも俺は自分の存在を許せない、許せるはずがない。
これにて終幕。終幕ともなれば──。
「わかってる」
俺はまだ幸せにはなってはいけない。
「えと、三十分前だぞホヤケ」
「引かないでください、今さっき来たばかりです。あなただって三十分前に来てるじゃないですか」
俺とホヤケは食材の買い出しのために商店街に来ていた。
待ち合わせは、屋根と噴水がある駅だ。ご馳走してくれると言ったが、調味料や足りないものがあるらしい。
荷物持ちに俺が任命(拒否権は存在しなかった)された。
「あれおかぁさん、あの人1時間前にもいたよ」
「うんうんそうだね。迷ってたところを王子様が見つけたんだよ」
とんでもないことを言い残して親子は去っていった。
あーあー。ホヤケが俯いて服を両手で掴んでいるじゃないですか。
こういう時はどうすれば良いんだっけか、アイツが言うには。
「その服装とっても似合ってる」
決まり文句みたいなものだが、本音でもある。
「良かった……結構、頑張って来たんです。そういう、ナイシン君も男の子らしく似合っていて、カッコいいです」
両手を握って、顔を近づけてくる。その距離はほんの少しの地震で抱き合ってしまうほど。
髪、瞳、顔。それぞれの赤が心臓を赤く染め上げ温度を上げる。
この熱い気持ちを俺は言葉にしてはいけない。それは辛く辛く、今にでも崩れて破ってしまいそうだ。
「ほら、ホヤケ行くぞ」
ホヤケに手を差し出す。
だから今は手を繋ぐだけで許して欲しい。それも恋人繋ぎではなく、普通の。
「はい!」
太陽も顔負けの笑顔。
彼女はそれに応えてくれた。
いつの間にか太陽の身体が闇の中へ浸かり始めていた。
それほど、彼女との買い物は楽しく時間を忘れさせるものだった。
自分もこの時間を大切にしたい、そういう思いもあったのだろう。
「ナイシン君、買い出し付き合ってくれてありがとう」
「いやいや、ご馳走を振る舞ってくれるんだ。これぐらいしなきゃな」
両手には沢山の食材が入ったエコバッグがある。
「殴られた以外にされたことって」
「心配性だな。他の奴らも言ってるだろ、何もされてないって。まぁ手は握られたけど」
思い出すだけで背筋に悪寒が走る。
ホヤケは俺から片手に持つ、エコバッグを横取りした。
何をするかと思ったら、手を握ってきた。それも恋人繋ぎで、しっかり指と指を絡ませてくる。柔らかい彼女の肌を感じ、頭が茹で上がるようだ。
「体を張ってくれて、ありがとう」
大した事はしてねぇよ、と喉から出かかったが止めた。
「そうだなぁ、その分みんなや俺に振る舞って貰いたいな」
「任せてください。ナイシン君もほんの少しだけ変わってくれて嬉しいです」
彼女はそういうと瞳を覗き込んできた。
喉から出かかった言葉が聞こえていたかのようだ。言わなければならない。言おう。
「……落ち着いてからにします。だけど、今まで通り側で支えさせて欲しいです」
そのわざと主語を欠落させた言葉。
俺にはその主語がわかり、何千本の針が心臓を刺してくるような痛みが襲った。
彼女と手を繋いでることを忘れ、自然と手に力が入ってしまう。
「そうやって自分を責めないでほしいです。今はわたしと手を繋いでいるんですから、手が潰れちゃいます」
「ご、ごめん」
「見えないだけで、こうやって痛みは連鎖するんです。だから、わたしや仲間たちが慰めてあげます。だってわたしたちは──君が大好きなんです」
曇りのない満面の笑みで、俺の本当の名前を彼女は声に出した。
ああ、自分の名前を言われてこんなに嬉しくなるなんて、思いもしなかった。
だから、彼女への熱い感情は時が来るまで大切に保管しよう。
俺も俺も彼女の名前を呼ばなければ、そしてありがとうと伝えないと。
「ありがとう、穂谷華」
だから──は、ここまでを。
道端に咲いている花は誰にも目にしてくれない。
それの名前を知ったらどうだろうか。少しだけは興味を持つ人が現れる。
彼女は嘘を付けず、ひたすらに真っ直ぐで自分の名前を誇っていた。
想いを込められた名前というモノは、素晴らしい贈り物だと理解していたからだ。
万寿穂谷華。それが彼女の名前。
その花を掴み取るために俺は呪い……いや祝福を神に返却する方法を探しに探した。
学園卒業間近になって、ようやく俺は見つけたのだ。
「祝福を持った少女の命を捧げる」
これなら、みんな幸せになれる。
そして、可憐な花の色に染まれる。
告白しよう。
その一文だけを読み、喜びの余り本を投げ捨てた。
俺は新しい一歩を踏み出す……ことは無かった。
ここで間違えたのだった。
俺たちは、赤とピンクの花弁が交わる花畑にいた。
バックスクリーンは暗い暗い黒に寄った青のカーテン、星々と月のライト。
「わたしはあなたの苦痛を受け止めたと思ってたんです。想像以上に闇は深く自分を責めていたんですね」
「受け止めてくれてたさ」
「それなのに何で死んだんですか!?」
とても穂谷華とは思えない叫びだった。
その叫びから逃さないかのように、豪風は声を届けるように俺を襲う。
俺は死ぬ気がなかった。
「どんなどんな理由があっても絶対に許しません。こんなわたしでも価値があるって教えてくれたのに」
穂谷華の雫が彼岸花に当たる。
彼女はそこに心臓があるかのように胸を掴んでいる。
自分の死に苦しむ仲間を見たくて、決断したんじゃない。そして、命までを捧げて彼らは俺を助けようとしている。『なんでそこまでして』という言葉を吐こうとした、憎い唇を噛み締める。
昔なら理解できなかった。でも今は色んな仲間たちのお陰でわかる。俺も同じように仲間を失ったら、絶対に見つけ出す。それほどまでに、俺は彼らの中で大切な存在になっていた。
始まりは人を助けていただけなのに。罪滅ぼしのために人を助けていただけなのに。ここまで大きな縁になってしまった。
それに気づいているから、俺は死ぬつもりはなかった。一人だけ一人だけ殺せば良かっただけ。
殺していい人で問題には絶対ならない。誰も誰も悲しむ予定なんて立ててなかった。
決心して穂谷華に告白しようとした。
「わたしの告白を受け止めて、恋人になってくれたんじゃないんですか!」
俺以上に彼女達は勘が鋭く、他人の表情から心を読んでいる。
それも理解しているから、なるべく悟られないようにした。
俺が穂谷華を思う気持ちよりも、穂谷華が俺を思う気持ちが大きかった。だから、先を越されてしまったんだ。
「デートもしてない、キスもなにも恋人らしいことしてないんです。なんでなんで自殺なんてしたんですか」
夜よりも黒い思考が心を染めようとする。その思考は仲間達を否定するものだから。
そして彼女は俺を責めているのではない。彼女は自分自身を責めている。他の仲間も友達もきっとそうだろう。
こうやって怒ったふりをして自分を責める。俺たちは優しくて似ているから。
かけるべき言葉は。
「ありがとうな。俺も含めて、みんなで一緒にあの世界に帰ろう。俺は──」
桜と彼岸花の花びらが口を塞いでくる。
まただ、また。
三月十六日。
俺たちが学園を卒業する日。そして俺がなくなる前日。
薄紅色が乱れる中庭のベンチに一人で座っていた。心を入れ替えていたら、誰もいなくなっていた。
「ごめん。ありがとう」
これで彼女ともお別れだ。俺たちはお前の分まで生きるから。
ようやく心を落ち着かせ、一呼吸してから立ち上がる。薄紅色の嵐が視界を塞ぎ、瞼を開くと妖精のように輝く赤い少女がいた。
嵐が彼女をいつもより美しく可愛らしく引き立てる。この世と思えない美しさに心を奪われ、開いた口が塞がらなかった。
彼女の身体は誰から見ても紅く火照っていた。
次に彼女の起こす行動が目に見えるようだ。
「ナイシン君、もう止まっていいんです。色んな人のために頑張ってきたあなたは、誰よりも美しくてカッコよかったです。でも、献身っていうのは自分の身や心を削っているんです。わたしは最初そんな英雄や勇者が好きでした。わたしもそうなろうと努力してきたつもりです」
赤裸々の告白を始めた女性を止めてはいけない。
だから、終わるまで聴き応えるのが彼女への思いへの誠意だ。
「でも、それは違ったんです。ナイシン君が教えてくれたんです。存在するだけで誰かの力になれて、英雄と同等いえそれ以上のカッコよさを持ってるんです。ただそれに慣れてしまうんです。日常っていう花は、どんな花よりも美しのに、散ってからしか気が付かないです」
目の前にある花は、出会った時の何倍も美しく輝いている。
彼女が距離を狭めて、両手を両手で包んでくる。
顔を見せず俯いているが彼女は続ける。
「わたしはそんな日常で、ナイシン君と一緒にいる時間がなによりも好きなんです美しかったんです」
「わたしと付き合ってください。もっとナイシン君と美しい時間を共に咲かせたいんです」
あの時が散り、今が咲く。
穂谷華は顔を上げ、瞳に映る自分を見るように覗き込んでいる。
大笑顔の花。それは俺の空いた穴をすっぽりと埋める。
俺は俺は、この笑顔を離したくない。
だから俺は逃げない。お前に何と言われても苦痛を背負ってやる。
【こちらこそ、恋人としてよろしくな】
【ごめんな】
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