第8話 小さくて欠陥だらけの劇場

 俺は彼女に連れられて飲食店に入った。

 とても高そうには見えない普通の店。町のどこかに一つはありそうな平凡な飲食店。

 元居た世界の飲食店と違いがあるとすれば、機械がなく照明が人工物ではないことだろう。そのかわり天井に配置されている照明となっているものは花だ。

「もっと気を抜いてください。ここの料理は舌が溶けちゃうほど美味しんです」

「本当にリードされっぱなしだな」

「いえいえ、わたしの事を好きになってもらうためなんです。もし決められないなら、わたしのオススメでいいですか?」

「じゃあ、ホヤケのオススメで頼む」

「はい!店員さん、決まったのできてください。これと──」

 彼女が注文をしている間に周りを見る。

「これは、健康にも良く何度も使用可能なエリクサーとなっております。今なら、銀貨五枚」

「ご注文の品だ。また頼んでくれよ、次来てくれたら少しだけ安くしてやる」

「さぁ、信じるのです。この世界を創造せし、可憐なる少女を。彼女を信じ、不可能を可能にするのです」

「あああーなんでここ計算間違いしてるんだ」

 客層は十人十色でまとまっていないようだ。

 なんか、初めてきたはずなのに来た事があるような気がする。

「ワフさん。また食べに来てくれたんですか」

「偶然でたまたま思いかけずに出会ってしまったわね」

「げぇっ」

「女の子に対して『げぇっ』は無いんでしょう。嫌な気持ちを──」

「忘れたくないからしなくていいぞ、ったく」

 ワフが自分の胸に手をかけていたので、先制した。

 いつでも見張ってる。つまり油断も隙もないってことか。

「冗談は棚に置いて、私にとっても思い出の地でしょう?ひと仕事と仲間とのバカ騒ぎが終わったら来ようと思っていたわ」

「良かったです。ナイシン君覚えていますか。わたしのお願いで少しの間だけ、両親とここでわたしが働いてたんです」

 その言葉で思い出した。

 そして、彼女の言っていることは間違いだ。ホヤケは最初からここで生れ育ってきた。言わば、万寿家の家でもあった。

「わたしがこのお店に料理を教えたんです。だから、言わばわたしのドッヘルベンガーってやつです」

「それを言うならドッペルゲンガーかしら。じゃあ、熱々の二人に溶かされてしまいそうだから、去るわね。また、逢いましょう」

 ワフの後ろ姿でもう一つだけ思い出すことができた。

 俺は、俺達はここで良く集まっていた。あの七人で集まり、喧嘩したり勉強したり笑いあったりした。

 コラボカフェを開いたり、あと大きな事件がもう一つあったはずだ

「本当に楽しかったな」

「……」

 ホヤケは俺の呟きに声を掛けず、優しく笑ってくれていた。

 やっぱり、ワフはかけがえのない大切な人だ。


「鉄分定食です、どうぞ」

 異世界でもこれを見ることになるとはな。彼女に嫌というほど食べさせられた記憶が蘇る。

 あさりの味噌汁、ホウレン草の餃子、ひじき、ごはん(梅一つ)の定食だ。

 女性に人気らしいが、名前をもう少し何とかできなかったのか。

「鉄分を取らないと貧血で倒れちゃいますよ」

「今は大丈夫だよ、いただきます。悔しいことに美味しんだよな、これ」

 味は病み付きになるほどに美味しい。この料理だけではなく、全ての料理が安くて美味しかった。

 だから食堂を口にすれば、チェーン店に行くという選択肢が消え失せてしまう。

 客層は主に学生。次に主婦が多かっただろうか。色々な人に愛されていたはずだ・

「そう言って何度、貧血で倒れたと思ってるんですか」

「……ホヤケたちの前では倒れてはない」

「目を閉じてふらふらして、誰かが支えなきゃ倒れてしまう状況は倒れたっていうんです!って今、私たちの目ではって!?」

 あ、やっべ。口を滑らせた。

「聞き間違いだろ、ほら料理が来たぞ。長い説教をしていると冷めちまうぞ」

「腑に落ちませんけど、いただきます」

 ホヤケのもとに置かれたのはハンバーグ定食だ。

 これは男性に人気のメニューで、運動部が良くご飯を大盛にして頼んでいた。

 料理を口にすると不満で満ち溢れた顔は笑みに変わった。

 

 二人とも食事を食べ終わり、デザートを追加で頼む。

「で、一人で何度倒れたことがあるんですか」

「忘れてくれたと思ったんだけどなぁ。ホヤケがそう俺を問い詰めるようになったの、いつからだっけな」

 以前のホヤケならどれだけ俺がだらしなくても、文句も説教もなしでしてくれていたはずだ。

「ミャナさんに二人で𠮟られたんです。忘れたって言ったら、ミャナさんにチクります」

 あいつだったか。少しだけ思い出せた。少しずつだがこうやって記憶を回収していこう。

「忘れているわけないだろ。されるがままの俺を見て『女の子に世話されて恥ずかしくないの』って学校で何時間か説教されたことか」

 なんで忘れてたんだ。というか、まだあるぞきっと。

「『甘やかすのは優しさじゃないよ』って正座させれたんです。でもお世話ってわたしも嫌いじゃないですから」

 俺がバイトしている時もお世話をしに来てたな。

「俺達も助かってたし、甘えすぎてたと思う。だからこそ、二人で怒られたんだろうな」

「いや全員です……」

 甘いスイーツの前に苦いものを食った時の表情をするホヤケ。

 ダメ人間の集まりかよ、俺達。

「わたしもわたしで楽しかったんですけど、もっと楽しくなったのでミャナさんに文句は言えないです」

「全員に衣食住を叩き込んだんだっけか」

「そうですそうです、覚えてるじゃないですか。どんなに叩き込んでも、成長しない人はいましたから」

 ジト目でこちらを覗き込んでくる。

「衣食住以外のステータス全振りしてるんだから仕方ないだろ」

「なんで青い肉じゃがなんて作れるんですか」

「ワフは好きだろ、俺の青い肉じゃが」

「あれを食べられるの、あなた達しかいません!ワフさんもメイシン君もなんで衣食住ボロボロなんです!?成績も運動神経もいいのに」

「運動神経と成績が良いから、衣食住が杜撰なんだ。そんな何でもできる超人なんていないってこと」

 アイツとは似た者同士なんだよなぁ、ほんと。

 ウエイトレスが現れ、バナナパフェを二つ置いていく。

 バナナパフェは一の腕ほどの大きさがあり、様々なお菓子などを乗せられ類を見ない豪華さだ。

 ホヤケの大好物であり、彼女が発案したメニューでもある。

「そういえば、わたしのパフェ食べてお二人とも泣いましたね」

「……美味いものを食べれば、人は自然に涙を流すだろ」

「それにしては、尋常じゃない量の涙を出して、服がびしょびしょになってました」

 そりゃ、美味いものを食べたのが久々だったからだろ。

 それもあるが、きっと──。

 パフェを口に入れていく、やはり味は変わらない。思い出した。衣食住がボロッボロだったから、彼女に救われた。

 その時の俺は口に入れば何でもいいという思考だった。栄養さえ取れればと考えていた。

「バナナ好きだよな、ホヤケって」

「デザート、お菓子、朝食、なんでもできる万能食です。しかも栄養豊富でメイシン君にもオススメの果物です」

 んふー、と鼻息を出して自分のことのように誇るように言って見せる。

「俺だって、ホヤケに出会ってから食をしっかり」

「いえ、それは違います。ミャナさんと出会ってから栄養を考えるようになったんです。ミャナさんのゴリ押しで、ようやくメイシン君の衣食住の実態を知れたんです」

 誰にも教えてないし、自分のバイト代で部屋を借りてた。それなのに彼女らは見つけ出してきた。

「場所がバレるのはわかる。なんで合鍵まで持ってんだよ」

「ミャナさんが大家さんに相談して一発です」

「あいつのコミュニケーション能力や人脈が羨ましいわ」

 関われそうな人間を挨拶で見分け、人によって臨機応変に態度を変える。

 あの能力があれば、仕事ができなくてもコネで生きていけそうだ。

「あの日、ナイシン君はゴミに埋もれて倒れてたんです。もし、あの日わたし達が来なかったら、どうしてたんですか」

「問題ない、一時的な疲労だろ」

「貧血をそうやって舐めてるから、倒れるんです」

「まぁまぁ怒るな。反省して、あれから対策してるだろ」

 あの頃の体は本当に不便利だった。だから今の体はとても心地が良い。

「じゃあ、あーん、してほしいです」

「恋人同士が良くやるアレで間違いないか」

「それじゃなかったら何を想像したんですか」

「あんこを追加注文かなと。このパフェさ、あんこあいそうだし」

 中世をテーマにしたこの世界にあんこはあるのだろうか。

「ボケないでください!それはまぁ、今度試してみます。わたしからやりますから、口開けてください。はいあーん」

「あ、あーん」

 不器用ながらもホヤケから差し出されたスプーンを口に含む。

 味は変わらないが、なんだが充実感というものが違う気がする。俺が変な顔をしているのか、ホヤケは微笑んで見つめてくる。

「ほら、ホヤケも口を開けろ」

「そこは、あーんです」

「わかった、あーん」

「はい♪」

 ホヤケにスプーンを差し出す。

 彼女は一秒の迷いもなく、スプーンを咥えた。幸せそうに、一口一口を味わっている。

 小動物のようで可愛い。永遠にやってられるなこれ。俺もこんな顔をしていたのだろうか。

「もう一回してほしいです」

「落ち着け、やってやるから。そういえば、次はどこに行く予定なんだ」

「心配しないでください。しっかり決めて、時間も……」

 ホヤケが白銀の懐中時計を取り出すが、その顔一面に焦りが浮かんでいた。

 そうだ、ホヤケは時間関係に弱いんだ。

「まさか、さっさと食べろとか言わないよな」

「その通りです」

「ちなみにあと何分で、ここから何分で着く」

「あと五分で、ここから徒歩で八分です。ごめんなさい!」

 目にもとまらぬ速さで口に入れて、普通に喋っている。

 口に入れたら、それが消えているように見える。普通は俺みたいにしゃべることなんて不可能なんだが。

「「ごちそうさま(です)!」」

 無我夢中で食って同じタイミング。

 俺はかなり汚い食べ方をしてしまったのに対して、ホヤケは綺麗に食べていた。

 ホヤケは俺の顔を見てハンカチを取り出し顔に向けてくる。

「なんだよ」

「動かないでください。たくさん、クリームが付いてるんです」

「自分でやるから」

「駄目です。やらせてください」

 ハンカチを奪おうとするが、奪われないよう必死にハンカチを下げる。

 遅刻すること忘れてるんだろ。ったく、俺が引くしかないな。

「……わかったよ」

 ハンカチが俺の頬や唇周りの汚れを奪い取る。

「終わったか?時間に間に合わなくなるぞ」

「あー!!」

「ほら、おんぶするから」

 絶対に足りるだけの金をテーブルに置く。そして、ホヤケの前で屈みおんぶを誘う。

「げふっぅ。もう少し優しくなぁ」

 容赦なく勢いよく飛びついてきた。彼女の全体重がのしかかる。

 それどころか、色々と柔らかいものが密着して火を噴きだしそうだ。

「わたしの特等席♪」

「聞いてないか。しっかり掴まっとけよ」

 あれ、結局どこに向かうんだ。



 背負ったナビの指示に従い、ギリギリ間に合う。

 来たのは劇場だった。演目は『因果の華を再び咲かせよう』。

「前世界の英雄は世界よりも少女を優先した。噂は真となり、世界は滅び我らが住む世界が誕生した。これは前世界を滅ぼし、少女が現世界を創造するに至ったまでの物語である」

 スポットライトに当たってナレーションを担当しているのはヒバだった。

 もしかして全部知ってるんじゃないか、とも思う。

「なんで、なんで、なんでも自分一人で抱えて!僕達仲間じゃなかったの!?」

 次にスポットライトが当てられたのは、ミャナだ。 

 なんにもない棺桶を見つめ、泣き叫んでいる。

なんで知り合いばっかり、出演してんだよ。ここ結構有名な劇場だぞ。元々劇団員にいたかのように芝居も上手いし。

「大切な人のために世界を滅ぼそう」

 手を差し出したのは、ミャナの親友であるグロリー。

 その眼には迷いという名の曇りはなく、真っ直ぐに太陽を見ている。ミャナはグロリーの手を掴み、立ち上がった。

 そして、ミャナとグロリーは歌いだす。


 少女は少女を助けるために、仲間たちに協力を依頼する。

 了承し少女の心を掬うために、役割分担を始めた。

 少女は仲間たちに能力を分け与え、それぞれの世界を創らせた。

 話し合い世界の構造や設定から内容と自分の欲望も詰め込んだ。

 少女たちの少女たちによる少女たちのための世界。

 幻想なる世界に咲く少女たちの想いが紡がれた世界。

 心のダムを崩壊させてしまった少女のために。

 終幕をやり直し、少女の想いという花弁を集めよう。

 少女は家内に伝わる予言通りに世界を滅ぼした。

 終幕の終幕で少女の呪いは力を貸し、ようやく奇跡と呼べるものに至る。

 少女は我らにとって、神である。

 だが、神としての成り代わりとしては未熟であり、世界と呼ぶには余りにも不十分で欠陥だらけ。

 その世界は二週間で滅びえるだろう。

 辿るべきだった終幕を始めてからの二週間後だ。

 神は怒っているだろうか。それとも嘲笑しているのだろうか。

 これだけは言えよう。

 少女たちの呪いは絶対に返さなければならない。

 人や世界、少女たちのためにも──。

 

 そんな内容がこの劇には込められていた。少なくとも、俺の頭の中にはそう響いてきた。

 息が寸分違えず、ぴったりだ。

 劇の最中はホヤケが俺の手を優しく握っていた。



 この世界は、ホヤケが創り出した世界なのだろう。

 お姫様なのに庶民らしいところが違和感だった。

 彼女は金持ちとは真逆の存在で、自分たちの食堂で一日一日を必死に生きている庶民だ。それ故に、彼女の欲望が入り混じった世界は矛盾だらけ。

 そんな色々な矛盾が生じている世界であるものの、ヒバという大魔法使いのお力っていう力技で解決している。

 そんなご都合設定を使っていても無理がある。

「王城の中に家を建てる奴なんて初めて見た」

「?」

 可愛らしく顔を傾けているが、理解できないのは俺の方だ。

 天井から月夜の光が真っ暗な家に降り注いでいる。古き良き瓦の大きな家に色とりどりの花が囲んでいる。

 その光景はとても幻想的で、現実ではありえないといえるものだ。

 初めて見た家だと確信できる。記憶が消えているだけかもしれないが、見たことも来たこともない。

「お父さん、お母さんが呼んできます。ご飯だけは一緒にお願いします」

「ああ、うん。大丈夫だ」

 普通ならいきなり両親となるが、何度も顔を合わせてもいるのでうっかり返事をしてしまった。

 彼氏として、彼らと会うのは初めてなのにだ。それに気が付いた時には手遅れ。

「まっ、もういない」

 振り返れば、彼女の影すら消えていた。

 大きくため息をつき家を見る。

「最高に良い家だな。将来住んでみたいな」

 俺に将来があるかはわからないが、そういう希望を抱いてもいいだろう。

「……ん。あれ、なんでこんなところに」

 そんな事を思っていると、玄関にグロリーの姿があった。

 何かを玄関に置いて、家の中に入っていく。訳が分からないが、とりあえず玄関を確認しに行く。

「ニゲラとは、趣味が良いな」

 花の真ん中から触手のようなものが生え、花弁の後ろからは棘のようなものが生えている蒼い花だ。 

 その花が三輪咲いた花瓶が置かれていた。

 玄関を開けずに中の様子を伺うが、光が点灯してるどころか人の気配も感じない。 

 不思議だ。記憶がなくても来たことがないと断言できるのに、なぜここまで心臓が高鳴っているのだろうか。



 この家まで来てから、ホヤケの両親は食事のお誘いを断った。

『ありがとうナイシン君。僕たちを助けてくれて。だから、辛い時があれば捌け口になるよ。君はいつも一人で背負うように見えるからね』

 それだけ言い残し、去っていった。

 どうも、それを言いに来たかっただけのよう。交際に関して口を出さないのは、認めてくれているのだと察した。

「手伝う、何やればいいんだ」

「じゃあ、座っていてください。今日は振る舞わせてほしいです」

 椅子から立ち上がるが、もぐら叩きのように両肩を押され着席させられる。

 待機ついでに部屋を見渡す。おい、普通にテレビあるぞ。設定というか世界観、もういいや突っ込まない。

 この家の特徴的なのは壁に剣と盾が飾ってあることだろうか。色んな年代や国々のそれが飾られ、強盗が来たとしてもすぐに対峙できるような環境だ。

 そこから考えられるのは、彼女が将来住みたいと考える家だということ。

「わたしのコレクションに見惚れてたんですか」

 スパイシーな臭いと共に彼女の声がやってくる。

「どんな凶悪な犯罪者が来ても、一瞬で返り討ちにできるなと思ってたところだ」

「ナイシン君がいれば金棒に鬼です」

 それを言うなら鬼に金棒だろ。

「俺は鬼よりも弱くて、頼りにはならんぞ」

「魔王を打倒した人が言う言葉じゃないです」

 ホヤケは苦笑いしながら、カレーを置く。

 そういえば、魔王を倒した設定になってるんだったな。

 俺たちは寸秒も違えず手を合わせて『いただきます』という。一般的なカレーだが、懐かしい気持ちにさせられる。

 俺は彼女の料理を食べるまで食欲というものが一切なかったな。

「おいしいですか?」

「ホヤケの作る料理はいつもおいしいぞ。言わなくてもわかるだろ」

「むぅう。夢中になって食べてくれても、不安なんです。そうやって口に出して褒められると、安心しますし嬉しいんです」

 どうやら機嫌を損ねてしまったようで、河豚のように頬を膨らませている。

「ホヤケの料理はうまいぞ。俺に食を教えてくれたしな」

「そう言ってもらえると、永遠に作ってあげたくなっちゃいます。おいしくないときは、はっきり言ってください。女だからって遠慮しないでほしいです」

 にへぇと温かい笑顔。その笑顔を見て心臓が熱く暴れ始める。

 ごちそうさま、と言い完食する。

「ナイシン君。一人暮らしを幼い時からしようって決めたのは、なんでなんですか」

 高まった心臓は無理矢理握られたように、落ち着きをみせる。

「衣食住がボロボロなのに一人暮らしをしようと思いついたのが、不思議で仕方がないんです」

「……一人暮らしに憧れていち早く行動に移したんだよ。俺、成績がいいだろ?すんなり承諾してくれた」

「いつもワフさんとミャナさんと一緒に学年一二三の座を取ってましたしね。それでも、かなり若い時から一人立ちさせると思えなくて。わたしだった止めてると思います」

 死に物狂いで母は止めてきたからな。

 俺がとんでもない事をしでかした記憶はあるが、内容は霧のように掴めない。その罪を精算するために家を出て一人暮らしを始めた。

「自慢になっちまうが、俺たちは成長が早かったからな。小学生のころには、高校生の勉強を始めてたし。そんで、父が母の意見を押しのけて許してくれた」

「両親とは仲が悪かったわけじゃないですよね」

「かなり良かった。俺にやりたいことがあったから、一人暮らしを始めたんだ」

「そのやりたいことってなんですか。力になれるかもしれないので、教えてほしいです」

「人助けだ。人のために」

「なんで噓つくんですか」

 優しい口調ながらも、圧を感じる言い方。

 まるでそう返すのが最初から分かっていたようだ。

「噓じゃねよ。ったく、ヒバの次に人助けしてるところ見てるだろ」

「みてたからこそ、なんです。ナイシン君はいつもいつも何かを背負ってるのに、誰にも助けを求めないんです」

「英雄ってのはそういう存在だろ」

「せめて、わたしたちには甘えてください。みんなメイシン君の支えになりたいんです。今も何かを背負ってるんですよね」

 俺たちの仲間はこんなにも鋭いのだろうか。それとも俺が表情に出しているのか。

 彼女たちを巻き込んではいけない。

「心配してくれてありがとな。でも大丈夫だ、これぐらいのことなら慣れてるから」

「納得できないですけど、今はそうしておきます。いつでも疲れたら癒してあげるので甘えてください」

 ホヤケは人を堕落させるような大きな胸を張る。

「わたしへの告白の答えは全てが片付いてからで、大丈夫です。わたしに堕ちるよう色んな手を使って、ついでに剣盾オタクにもさせます」

「ありがとう。でも剣盾オタクにはならないからな。それに俺はホヤケがいてくれるだけで力になるんだよ」

 ホヤケは優しく両手を両手で包み込んで笑う。

 今までの苦労が吹き飛んでしまうかのような温かさだ。

 だからこそ、心で暴れるモノ。黙ってくれ、俺は俺達は存在していいんだ。


 予言は真となり、世界は崩壊させた。

 踊レ踊レ、小さな偽りの名を語る少女の舞台で。

 なくしたものは、彼女らにとって不変の美しさを持つ桜。

 唄エ唄エ、桜を神の掌から奪還するために。

 力を押し付けられた少女達はその呪いに嘆く。

 力を神に投げつけ、日常を奪い返そう。

 妖精の輝きのような悲しき思い出を贄として。


 どこからともなく、ワフの詩が聞こえてくる。

 耳ではなく、暗示をかけるかのように直接脳に詩が並んでいく。

「ワフちゃん……」

 詩はホヤケにも聞こえているようで、首を右往左往動かしている。

 詩は鍵だったのか、閉ざされた記憶が溢れ出る。ホヤケとの事件から惚れるまで至った事、告白せず想いを留めたことすらも。

 彼女に関連する記憶。他の友人との記憶は未だに閉ざされている。

「ナイシン君」

 ホヤケの耳を澄ましてようやく聴こえる呼び掛けで記憶を探るのを止める。

 彼女は笑いながら泣いていた。嬉しさ半分悲しさ半分といったところだろうか。威圧するかのように、彼女は俺の前に突っ立つ。

「抱きしめます!」

「お、おい」

 肯定も否定もさせまいと、間を与えてくれなかった。

 彼女の柔らかい身体や匂いに包まれ、内側から身体が火照る。

「もう、わたし達から離れないでください。お願いです……。」

 彼女の嘆きに俺は「ごめん」としか返せなかった。

 今から彼女を好きになった事件とその因果の記憶に浸ろう。



 

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