第5話 『ソウルメイト』
『広瀬万斉』
俺のソウルメイトだ。
彼との出会いは、俺が彼をイジメから救ったことから始まった。
そこから俺たちは良く話すこととなり、自分の不治の病のことも洗いざらい話したほど親しい仲となっていた。
時間さえあれば一緒にいる。お互いに信頼しあいペアを組むとしても一緒だった。
広瀬の『ヒ』と万斉の『バ』を取ってヒバだ。
とあるアニメに影響されて、そのようなニックネームになったという。
自分の名も姓を合体させる素晴らしきニックネームだと、自画自賛していた。
自分を嫌わず、自分の考えを貫き通す人。ナルシストとは違う、自分が大好きな人。だからこそ、一緒にいて楽しかった。
自分が楽しいと思うことを、初心者でもわかりやすく手を引いて楽しませてくれた。だから、彼女たちと出会ったのだろう。
彼は俺に返せない恩があると感じているようだが、俺も同じで彼以上に恩を感じているのだ。
思えばヒバと出会った時も、俺が家族とバラバラになった時で精神的に余裕がなかったころだ。
何か思い悩んだ時に、彼とアイツは現れる。
「さて、性慰物は何処に」
「おい、わかるからな。発音で聖遺物って言ってるが、それとはかけ離れた別の物を指してるよな」
部屋に入るなり、ヒバは明かりをつけ部屋を探り始めた。
「小事は大事に繋がり得る」
「俺の性事情で悩みの確信に繋がるわけないだろ」
「結論を急ぐな。混沌と闇を兼ね備えた空間は、何処に行ってもだな」
「うるせー。ったく、座る場所がなかったら、適当にゴミを端っこに寄せてくれ」
手慣れた様子で、ヒバはゴミを恥へ寄せようとした。だが、手を止めた。
何かに気が付いたかのように。
「我、魔術を使用できるかもしれぬ」
「おい、世界が違うだろ……」
確かに、別世界線のお前はかなりの魔法使いだったけどさ。この世界で使えたら、バランス崩壊もいいところだろ。
ヒバは呟き指を回すように振る。
「……使えるのか」
「能ある鷹は爪を隠す。まぁこれならば許容範囲で世界に影響を及ぼさないだろう」
ゴミは消え、部屋は新品かのように艶が現れている。
これ俺も欲しいなぁ。
「というか、向こうの世界もヒバなのか」
「疑問が一つ解消された。質問を質問で返すが、二つの世界を環っているのか?」
「まぁ、そうだ。勇者の世界とこの世界だけだ。ヒバもそうなのか」
「我も同様にして、その世界達を環っている。そして前世の記憶が蘇生されるのは、常に終幕言わばエピローグだ」
「それって……」
偶然で片付けられることではない。それは意図して記憶を蘇らせられてる、という疑問を生む種となった。
そうなると、ワフが仕込んでいるのだろうか。……とてもいい趣味を持ってる奴だな。
「パーティーの開催中や酒場で酒を胃に詰め込んでいる刻だ。ソウルメイトが告白される五分前。だが、ソウルメイトは愛の告白される直前に思い返すようだな」
「察しがいいな」
「我はソウルメイトと命を共有した身、空気の流れで感じれる」
せめて表情って言ってほしいんだが。
明らかな世界の矛盾点を見つけた。
「二つの世界を環ってるって言ったな。死のタイミングが違うのに、同じように世界を転生できるものなのか」
「ソウルメイトの生命の灯火消えると、花が散るように空が崩れる。そして闇の空間へと誘われ、瞼を開くと地に足をつけている」
「俺が主人公ってわけか。面倒なゲームに巻き込まれたな」
それにしては、五感が現実的なもの過ぎる。
一番最初にいた世界では、そんな超技術のゲームが生まれていた記憶はない。そんなものが有れば、カランセンが買っているだろうし巻き込まれているはずだ。
「ゲームだろうと、現実だろうと、夢だろうと、ソウルメイトが鍵になっているのは日の目を見るより明らかだ」
誰がどんな目的でどの様な感情でこれを行っているかはわからないが、ソウルメイトが巻き込まれているのか。
良くないと思いつつも、頭を抱えて思わず小言を呟いてしまう。
「もっと早く来てくれよ」
「……我もまた困惑していたのだ。それに病気が完治していただろう」
「ごめん」
俺は病気でそれが治っていて更に異世界だ。
わかるはずがない。
別人だと疑うだろう。俺も同じ状況だったら、理解するまでは動かないだろう。
「お土産話は山のように有る。敷き詰めて話していくぞ。どうやら、我らには時間がない」
「……さらっと重要そうなこと言ったな。時間がないって」
まさかだとは思うが……。
「この世界たちは逃走を許すが、二週間で崩れ落ちるようだ」
「おかえり!その様子だとメイシン君は……」
ミャナが酒場に戻ると、ホヤケは椅子に座って笑顔で出迎える。
大きく手を振るホヤケとは対照的にミャナは最小限の動作で手を振り返す。
「大丈夫だよ、ヒバに任せたから。それよりもカランセンちゃんは」
「また、色々買いに行ったんです」
「何かを与えないと落ち着いてられない病を発症中だね……」
ため息と腰を落とし、ミャナはホヤケと一緒のテーブルに着いた。
「あれ以上置いたら、他の人に迷惑になりますよね.」
「あそこのマンション、カランセンちゃんが持ってるし、住んでいるのは三人だけだよ」
「うぅ……ずるい。井戸からお金が溢れ出てくるんですか」
ホヤケは机に突っ伏し、敗北者の空気を周囲にばら撒く。
個人がマンションを持っている。それは日常という幸せを得るために、毎日一生懸命働くホヤケにとっては夢のような話だ。
「まぁだって、今もなお金が私の性欲以上に溢れ出しているし。なんなら、もう彼等は何もせず乳繰り合ってるだけで生きていられるんじゃないかしら」
小さな樽を切り抜いたような木製のジョッキを飲みながら、奥からワフは現れた。
「一応ここ食事場なんだよ。というか、口を開けば下ネタを言う癖なおしてよ」
「酒場は下ネタがおかずじゃないかしら」
──と言いながら、ワフは勢い良く酒を喉に通す。
「わたしはそんな酒場を望んでないです」
「じゃあ、なんで酒場にしたのかしら」
「酒場は冒険者のより何処です。わたしは勇者をお出迎え──」
「それなら、お城でお姫様でしょ」
「……もし、お城を立ててお姫様の格好をしたら、それこそラブホテルです」
ジド目でホヤケはワフを見つめる。ワフはそれを見て静かに笑っている。
「ホヤケが勇者になるっていう選択肢はないのかな。それとも、勇者は男性しか信じられなかったり?」
「女の勇者……とってもいいです、アブノーマルで。わたしをお迎えしてくれるなら、同性や異性の壁なんてただのスライムです」
ホヤケは胸を張って言い切る。
「まぁ、ホヤケお姫様には既に勇者様はいるでしょ。ほら、メ──」
「あーあーあーあーあーあーいません!まだお迎えが来てませんから!」
ホヤケは顔を硬直させながら手をめいっぱい振って否定した。
「確かに、わたしを助けてくれた勇ましい人はいました。そんな人とお友達だから、わたしは満たされてるんですよーだ」
「ふっどうせ、新しい一歩が踏み出せないだけでしょ」
「あーーー。それわたし知ってますよ。ぶーめらんっていうんです。恋が破れてもう一度──」
「表に出なさい。泣かしてあげるわ」
ホヤケはゆっくりと立ち上がり、ワフと向き合う。
「ふん、わたしだって未練たらたらに負ける気しないです」
「それ自分で言ってて悲しくないの!?」
「でも、お互いにダメージがあるから、わたしにとってノーダメージです」
ホヤケは得意げに笑う。
「カランセンがいないから、早朝まで続くね。僕はこれを飲んで帰ろうかな」
ミャナは、やれやれ、といった微笑を浮かべながら、店から出る彼女らの背を見届けた。
「まとめると俺が行動しないと、永遠に世界の循環に囚われ続けるんだよな」
二週間で崩壊すると聞き慌てたが、ようやく落ち着くに至った。
「この世界はソウルメイトが主軸として循環されている。心を通い合わせた人が敵だろうと、ソウルメイトが頑張らなくてはならない。我の『役割』は助言だけのようだ」
ヒバは悔しそうに顔を歪ませて、頭を下げた。
その様子から、俺が殺されるのを阻止しようとしてくれていたのだろう。
「なんで世界のことを調べようと思ったんだ。やっぱり、あの世界に戻りたいからなのか」
「我には夫婦の契りを交わした者がいる。だから、あの変哲もない幸せが蔓延する日常に戻りたい。調査するきっかけになったのは、蒼白く輝く蝶が追憶させてきた」
「蒼白い蝶だって……」
「その様子だとソウルメイトにも姿を現したようだな」
ああ、と頷く。
ワフを殺そうとした時に、彼らとの幸せな一瞬を追憶したことも伝えた。
彼は頭の回転が恐ろしいほどに早く、聞いて数秒で理解し話し始めた。
「ならば、ワフを亡き者にして解決に至れるわけではないか。だが、この世界に深く絡んでいる人物であることは確か……。ワフと良き仲だった感覚はあるが、詳しいことは雲の中だ」
「ワフどころか、お前以外の事を詳しく思い出せない。思い出せたのは、ホヤケとカランセンと出会った時の記憶だけなんだ」
「独りの刻が終幕した記憶か……。取り敢えず、脱線はここまでにしよう。自力でその記憶を蘇らせることはできないのだろう?」
俺は静かに頷く。
何度も試し、引き籠っている間も試し続けていたが、無理だった。
「我らがいた元の世界へ戻す方法から語るとしよう。むぅ、ここは『知っていたのか!?』と驚く場面だろう」
「多少は驚いているんだけどな……」
「まさか、結婚を迫られてるから元の世界に帰還しないと!?」
「それはない!!結婚しようとしたら、殺されるだろ。痛いんだぞ、気が病むんだぞ。それに元の世界に戻る条件次第ってのもある。お前らを犠牲にしてまで、俺だけが帰る選択肢はないからな」
「既知、ソウルメイトだからな。自分の身はボロ雑巾のように使い捨てる」
「……気のせいだ。俺だって俺の身を大切にしている」
ヒバはジト目で疑うように見てくる。
俺だって前よりは自分を大切にしてると思う。
「正直に言ってしまえば、天才ミャナの頭脳を借りたいが。こんなオカルトを信用してくれないからな」
「お前、俺よりも記憶を取り戻してないか。そういわれてようやく思い出せたぞ。学校の枠に収まらなくて、教師に指導してたなアレ。『教え方が甘い』ってさ」
彼女は東大すらも簡単に合格してしまうほどの頭脳を持ち合わせ、何事をやるにも隙がない存在だった。
教師に授業の仕方を指導していたが、プライドや怠け者には構っていなかった。
あくまで話を聞き、反映してくれるような教師のみだ。
「再び脱線しているぞ、ソウルメイト」
「お前のせいだろうが」
「失敬失敬」
舌を出して、『てへっ』という表情を作って見せた。
正直、殴りかかりたい……。
「ミャナの頭脳を使いたいのは山々だが、オカルト関係なく『まずは、カランセンと話し合って』というだろう。実質的に我らで思考するしかない」
それが意味するのは『誰の力も借りられないということ』だ。
わかっていたとはいえ、現実を叩き付けられるとくるものがある。
俺は何と戦っているのだろうか。
「この世界は一人の少女によって生成されている。彼女の世界が世界として出来上がっている。妄想が具現化しているというべきだろうか」
「つまり、俺たちの中にいる誰かってことか」
「結論を急ぐな。彼女は世界を創る力を有しているが、代償もある。それが、彼女のいる世界が枝分かれしなくなるというものだ」
とんでもない力だな、おい。神は何をしているんだ。それに強引に枝分かれさせろよ、神様よ。
「ちなみに神はその力を、うっかり手放してしまった。オマケと言っては何だが、枝分かれさせる力も落とし別の少女に渡った、らしい」
「……神って無能なのか」
「ソウルメイトも神話を小耳に挟んだことはあるだろう」
胸が締め付けられるような痛みと、背に重荷が乗るような感覚に襲われる。
神様も心を持っているから、やらかすんだろうな……。
「世界を分岐させる方のデメリットって?」
「まず一つ目に、『自分がそのような力を有していることを知覚できない』。二つ目に『四回まで枝分かれでき、彼女の力で大きく世界が四つに枝分かれすると命の灯火が消える』というものだ。まだ存在するが余裕が無かった」
分岐させる方はデメリットが多すぎないか。流石に同情せざるを得ない。一部は噓かもしれないが。
「その少女は、まだその力を」
「然り」
「その少女は俺たちの知る人ってことか」
「然り」
「身近に世界をコントロールするチートのような異能持ちがいたなんてな。言うけど、俺たちに止めれるような案件じゃないだろ!!」
「世界を創造する者、世界の選択肢を与える者、楯突けば灰すらも残してくれないだろうな」
おもしろおかしくヒバは笑って見せるが、一番重要な元いた世界に戻る方法すら説明されていない。
「数多の幸福の記憶と二つの世界を創る力を神へと返上する。または、少女の魂と二つの力を神へと返上するかだ」
どう考えても無理難題だ。
だが、どうしてだろうか。絶望という一歩先もわからない暗闇だが、微笑んでいる。
「やはり、ソウルメイトは勇者気質を持ち合わせている」
「俺は勇者なんかじゃない。ただ大切な人の為に頑張ってるだけだ。世界を救おうなんて考えてない」
あくまでヒバが元の世界に戻れるように頑張るだけだ。いやヒバだけじゃない、彼女らもだろう。
──大切な人たちの為に世界を戻そう。
志は決まった。ここからは暗闇の中でも一人でも歩いていける。それが深い深い絶望の底でも仲間という希望があれば何とでもできる。
ここまで聞いて、気になることがあった。
「そういや、こういう情報って何処から手に入れてるんだ。脳に流れ込んできたとかか?」
「勇者世界ニョイ国の王城に存在する『世界はこうやって生まれた!全十二巻、抽選七名に春の風物詩プレゼント』からだ」
断言する、この世界たちを創った奴が嫌いです。
「どこからツッコミを入れたら良いんだ。世界観が崩壊してるし、何より胡散臭くて信じられないぞ」
「追憶の蝶と呼称するが、我らの記憶を復活させたそれに導かれた。ここが創造した世界だから細かい世界観が崩壊しているのではないか。それは同時に聖書の記した事が正しい裏付けとなる」
「それを聖書なんて言ったら、前世界の人間に辞書の角で殴られるぞ。つまり、それを信じるしかないんだな」
ヒバは頷く。
元居た世界ではそういう本ほど信用したらいけないんだけどな。
「ちなみに異世界転生で良く目にする西洋のような国だが、色々と現代人が暮らしやすいよう工夫されペットボトルまで存在する。我はあの世界線に身を下ろしたいとも考えてしまった」
「俺を動かして、お前らを元居た世界に戻す役割果たす奴にそれ言うか。どうせチヤホヤされてるからだろ」
「我には赤い糸で結ばれた者が存在する。それよりも、魔法を我という自我がある内に体験できるとは。だが我は回線が無ければ、色々と飢えてしまうのでな。早急に我を元居た世界の帰路を追求せねば」
「良かったよ、冗談でも帰りたくないって言ってたら。ワフに実弾スナイパーライフルを借りに行ってたからな」
「これも我らを誘惑する甘い罠」
「お前。本当に俺を助けに来たんだよな。助けられに来たんだよな」
したり顔で鼻笑いしてきやがって……。
腹も立ててられないので、大きくため息をつく。
「ったくよ。俺がこの世界に残るとか言い出したらどうすんだって、お前が名残惜しそうにするな」
「それは、ソウルメイトを心から信頼しているから。そういう役割も必要であろう。ソウルメイトよ、我の真名を思い起こせるか」
いきなり、名前を聞き出してなんだよ。どんどん脱線していくじゃないか。それに聞いたし。
やれやれと両肩を落として、くだらない質問に答える。
「広瀬万斉だろ」
「違うな、我はヒバだ」
「……はは、面白いなお前。勝つまでホヤケと戦闘してこい」
「引き分けが含まれないなら、やらぬ。それでは仲間の名は」
無駄だと思うが、ヒバが珍しく真剣な眼で受け答えをしている。
「万寿ホヤケ、カランセン、ワフ・ポリ・レゴー・ルスド、ミャナ、グロリーだろ。忘れるわけないだろったく」
「我らは日本人のはずだ」
「そりゃあ……」
全員、日本人だ。それはしっかりと記憶に残っている。
「では、改めて問おう。彼等の真名は」
答えられない。思い出せない。
ホヤケ以外が渾名ということは、わかっている。思い返せば、『ワフ・ポリ・レゴー・ルスド』って名前の時点で気が付くはずだったんだ。
それを春に桜が咲くように当り前と捉えていた。少し疑って違和感を覚えるのならば、すぐに気が付いたはずだ。
ヒバの方を向くと、無言で顔を横に振った。
「我も同様に記憶を抹消されている。ソウルメイト自分の真名は」
「それは大丈夫だ。嫌なほど覚えている。だから、この世界が心地良かったりもする」
「ならば、呪いも祝福も記憶を所持していると見た」
ああ、覚えているとも。あの忌まわしき、二人の前にハッピーエンドのエピローグに現れた不穏分子。
俺は首を縦に振らず横に振った。
「ということは、彼女たちの名前を探すことが戻る方法だったりするのか」
「思い出すのは方法ではない、と記載されていた。それにしっかり」
「じゃあ、今までのは何だったんだよ!」
「ここまで記憶を抹消していから無関係ではないだろう。元居た世界に戻る方法とは関係ないが、『完全に終幕した物語から次の終幕へ向かう方法』がある」
「自殺することだろ」
息を吐くように言った言葉に対して、ヒバは恐ろしいほど暗い表情をしていた。
俺がヒバに話し掛ける前に戻ったようだった。
「ソウルメイトがそれを流すように言うのは少々傷付く。昔からそうであったから、今更言葉にされても、四肢切断された程度の少しの痛みだ」
やはり自己犠牲は美しいが、人を傷つけるな。元居た世界で大分治療したはずなんだがな。
「悪かった。軽率だったけど、それじゃないのか」
「出来れば我はソウルメイトの死に様を見るのは絶えない。何よりソウルメイトは、出来る状況なら実行するだろう、とも考えているからだ」
「……そんなことないぞ」
間を置いた返答は逆効果だったようで、ヒバは睨めつけながら大きくため息をついた。
「その世界のヒロインに花道を教えてもらい用意された交通手段で歩む、というものだ。この花道をかけた世界には戻ることはできない、という代償も存在する」
「たった一度きりってわけか。やっぱり自殺の方が──」
「世界で蘇らせる記憶が違うように、残存できる記憶も違うだろう」
「わかった。じゃあ、最後の方法をそろそろ聞いてもいいか」
ここまで引き延ばして、情報を出してくれた。
だったら、最後の方法と繋がりがある。
「あなただけのヒロインを探し出せ、これが二つ目の、元居た世界に戻る方法の一つだ。あなた、を指すのは……」
「……俺か」
「主人公は──っ」
「うわっ!どうした、いきなり立ち上がって。ああくっそ、ジュースが」
ヒバは突然立ち上がり、部屋の中で何もない天井を見つめていた。面白さも落書きもないごくごく普通の天井。
しばらく見つめてから、彼は口を開いた。
「……行こう、花道へ」
「……へ?」
カランセンは必死に駆けていた。彼が気に入るだろうゲームを見つけられたからだ。
「これなら一緒にできるわよね。覚悟しなさい、独りにさせた分だけボコってあげるから」
息が途切れ途切れになるが、彼女は足を止めない。
満開の花のような笑みで鼻歌を奏で彼女は足を速める。
だが、足はすぐに止まった。
「あぶな……えっ」
彼女の目の前にガラスの破片が落ちた、はずだった。ガラスの破片は地に吸い込まれるように消えていった。
割れて破片が飛び散る、という事象は発生していない。それどころか、それが吸い込まれた音すらもない。
最初から存在なんてしなかったように……。
ようやく気が付いた。この周りには高い建物なんて存在しない。マンションも電柱も木々も、ならば空しかないと彼女は顔を上げた。
それを制止するように、少女の声が彼女の耳に入る。すぐさま声の主に顔を向ける。
「ようやく見つけましたわ、どうかされました?貴殿の愛すべき人がついに暗い部屋から飛び出していきましたわよ」
「それは本当なの、グロリー!?どこに向かったか教えて」
「両肩を掴んで降らないでほしいですわ!わたくし、体弱いからこれでも酔いますの、詳細を語れませんわ」
「ご、ごめん」
カランセンは彼女の肩から手を放す。
そうして、グロリーはしばらく頭を抑えて三回深呼吸を行いカランセンと面を合わせた。
「厳しい人に追わせているけれど消えましたわ。だから、肩を掴まないでくださいまし」
グロリーは間一髪のところで、カランセンの手首を掴み阻止する。
「消えたって……」
信じられないと、思った。
だが、同時にグロリーと出会うほんの少し前の出来事を思い出す。
どこからともなく落ちた夜空を反射したガラスの破片が、地中に吸い込まれて消えた。
「オレも従者たちに手伝わせみるわ。何処で消えたかわかるの?」
カランセンはケータイを取り出し、迷うことなく電話をかける。
「嘘偽りなく言いますわよ。『花弁になって夜空に舞い上がり、溶け消えていった』これしかわかってませんの」
「それをミャナが言ってたの!」
「あのオカルトを一切信じないミャナがそう言ってましたの。それに空を見上げてくださいまし」
超常現象を信じないミャナがそんなことを言う。それは超常現象が起きたことを信じるに値する言葉になる。
そして二人は同時に夜空を見上げる。
「……まさか、あの光の先ってこと」
グロリーは小さく頷く。
夜空は花のように散っていた。夜空の破片が花弁のように落ちていくたびに、白い闇が姿を現す。
あの時カランセンの足元に落ちてきたのは、夜空の花弁だった。
「今だけは彼を独りにしたらいけない。だってナイシンは──」
「ヒバと一緒に消えましたわ。ったく、仲がよろしいようで。わたくしは光の闇に行きますけど、どうします。あのワクワクしかしない空に銀河鉄道があるとは思いません?」
カランセンは口を開け固まっていた。そして、口を閉じてほんの少しだけ口角を上げる。
「オレは行けないわね。まだ、約束を果たしてないから。彼女を救う為の大舞台で終幕なんだから。オレとしたことが情けないわ、何度も何度もオレは失敗したのね」
「……」
「こっちの話だから、気にしないで」
「わたくし頭良くありませんから、良くわかりませんけど。頑張ってください。カランセンは乗りませんって」
グロリーはヘリに乗り込み、操縦士に声をかけた。秒後にヘリは飛び立ち、夜空の白い闇へと向かっていった。
「オレの理想の世界。あの時と全く変わらないミスを犯しているわ。あの時に悔いたから、想像した世界なのに……」
カランセンは悔しそうに、唇を嚙みしめ拳を握る。
「お願いします。オレ、同じミスを繰り返さないで。また、彼女に助けてもらうことになるから」
そんな願いは闇に食われていった。
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