第3話 孤独ノ終幕 前半~先駆者・紅い妖精~
二回自殺を試みたが、嘲笑うように世界は循環した。
今はスリー・ラビット・ブーティの世界にいる。
「聞いてるんだよね、出てきて。諦めるなんてらしくないよ」
「ミャナさん、やめてください。ナイシン君は放心状態って先生も言ってたじゃないですか。今の彼を責めないでください。それは許しません」
「ホヤケちゃん。僕はうん、なんでもない、行こ。立ち直るのを待ってるから」
部屋の外から食力を刺激する匂いがする。その料理を言い当てる気力も湧いてこない。
自分の部屋に閉じこもり暗闇を見る毎日。
生きる屍だ。
あいにく、何もかもが終わった後だ。優勝してカランセンの夢が叶ったあと。
その優勝賞金でお金に問題はない。こうして屍のように暮らすどころか、毎日高級料理店で外食できる余裕がある。
だが食事は届けられたホヤケの料理を頂いている。
『食器は洗うので外に置いて欲しいです。早く元気になって欲しいです、みんな心配しています』
そして毎日、直筆の書置きがある。ここまでされて、彼女の料理を無駄にすることはできなかった。
彼女たちは優しく、原因を探ろうとしてこない。
「ねぇ、大丈夫なの。返事はしてほしいんだけど……。欲しいものが有れば何でも買ってあげるから。生活必需品は買ってきたわよ、置いとくから」
「……」
彼女たちの声を聴くたびに、殺された時の痛み、そして俺が殺されて嘆く少女の顔が蘇る。
悲しむ少女の顔が何よりも痛く苦しい。そして、殺された時の痛みが感情を黒く黒く染めていく。
「……なんで俺を殺すんだよワフ」
ワフを殺す手前で思い出した記憶。
それは学生服で笑いあう俺たちだった。殺した後に思い出す、という最悪の事態を避けれた。
ワフも俺にとって大切な人だ。それは彼女も同じだと断言できる。
「俺だけがこの世界でひとりぼっちか」
更に俺を底へと落としたのは、この情報だった。 一番最初の生の友人たちで間違いはない。
ホヤケもワフも全員が最初の生で仲の良い人物だ。
それなのに、誰も覚えていない。夢としか考えられないが、あまりにも現実的すぎる。胡蝶の夢なのだろうか、白昼夢なのだろうか。
「……無理だ」
久しぶりに諦めるという選択を取った。最初に諦めたのはいつだったか。
その日から俺はがむしゃらで諦める選択肢を消していた。どんな状況でも突破口は見える、と信じて。どんなに高い壁が現れても、それによって何度も超えてきた。
自分のためではなく他人を助けるなら、叶うと信じて。
今回もそうだが、敵が仲の良い人だと弱い。前回は決して仲違いしてない両親が敵だった。
俺が悪かったから、何度も何度も謝った。
『──を愛していたのか?』
『だって当たり前じゃん!──だよ』
愛を叫んだ。どれだけ愛し染まっているのか伝えた。
それなのに家族は更に酷く泣き出した。良い両親と愛する人の涙を見て、胸が苦しくなった。
だから、初めての愛を諦めて外に出た。そんな時に──と出会った。
「大切で忘れちゃいけないのに、なんで思い出せないんだ。異世界転生なんてクソ喰らえだな」
これからどうすればいいのだろうか。ここで大人しくしていれば、悲しむ顔も観ることはない。
だったら、これが最善の行動ではないだろうか。そう答えてくれる仲間はもういない。
「寂しいな。それにしても、世界が変わるごとに想い人が変わるなんて、最悪だ」
目を背けていても気が付く。
これでは、本当の世界に帰った時に顔合わせができないじゃないか。
「お前と似た人物と結婚した。なんて笑い話にもならないな」
気持ち悪い、さいてーと言われるのが目に見えている。
だが、今はそんな罵倒もほしい。
「過去を振り返ってみるか……」
今の俺には過去しかないなら、それを見よう。
あの蝶のおかげで、穴だらけだが記憶を取り戻した。ホヤケのこと、カランセンのこと、ワフのことなどだ。
もしかしたら、ワフが痺れを切らして暗殺しに来るかもしれない。
「中学生でホヤケとカランセンに出会った時の記憶だけど……」
それだけでも、それは空白に咲く一つの花のように煌めいている。
カランセンとホヤケと出会ったのは、ほぼ同時期だ。
最初に出会ったのはホヤケ。
それはヒバに誘われゲーセンで遊んだ帰り道だった。薄暗い建物と建物の裏路地を歩いている。
ヒバが以前に教えてくれた近道だ。帰宅する時間を五分ほど短縮できる。
「勇ましく、神の如き采配。我の魂を揺さぶった」
「褒めてくれてありがとうな、俺も一人では来ないから、誘ってくれて嬉しかった」
「ふむ。次の戦場では、ソウルメイトの指示を脳に響かせよう」
「こうして一緒に遊べるだけで楽しんだ、気にするな」
ヒバと出会ったのは少し前になる。一年前に出会い、この頃ようやく彼の発する言語を理解できるようになった。
「ん、あれって」
「我と同種の鳥籠に囚われ崇められている美しき朱雀」
「そういえば、ミスコン一位の万寿ホヤケだっけか」
万寿ホヤケ。学校で一年の時から、ミスコン一位に立つ女王。それが、彼女とは無縁の裏路地で、大学生ぐらいの男性に絡まれている。
彼女の困った顔を見れば、異常事態なのだろう。
「うむ。我は政府の番犬を呼び出すとしよう」
「わかった、通報は任せた。俺は何処まで出来るかわからないけど助けてくる」
「……ええ」
「あああああああ、武器だなんてクソアマああ」
「話が違うじゃないか!非力な少女を抱けるって聞いたのに」
どうやら、彼等は俺が思っていたように少女を襲おうとしていた。
だが、予想外なのは。
「剣と盾……え?」
少女は剣と盾で応戦していたのだ。
本物ではない。布製の剣と盾のバックだった。それで男数人を泣かせている状況だ。
「あなたも仲間ですか?」
ホヤケに剣を向けられていた。誤解されては色々と不味い。
「違う、助けに来たんだ。数分で警察がここに来るのが証拠になると思う」
「信じられません。どうせ、良いところで助けに来たと思わせてホテルに誘い込むんです」
ミスコン一位、いや女性としてはあまりにも下品な発言だ。
警戒されるのも仕方ないか。近づかないでおくとしよう。
「じゃあ、俺は警察が来るまで──」
動かないまで言おうとしたが、ホヤケの背後には棒状のスタンガンを持った男が襲い掛かろうとしていた。
警察呼んでるっていうのにまだやるのか。それは女性相手に情けなくないか。
「こっちにこい!後ろに男がいる」
「そうや──」
返答を聞く前に、彼女の首筋を守るように腕を差し出した。身体に電流が走り、まるで豪雨の中の泥人形のように体が崩れ落ちる。
逃げろと言いたいが、口も上手く動かない。
「この野郎!警察なんて呼びやがって。殺す殺す!」
「がっ、あはぁはぁ」
こちらが痺れて動けないというのに、容赦なく腹につま先を食らわせてくる。
蹴られた勢いで仰向けになり、勢い良く腹を踏みつけられる。
「年齢の割には小さな女性にスタンガンを使う──ううぅう……」
「お前はどうやら一回地獄を見せないと、調子に乗り続けるんだろうなぁ!ぶっ殺してやるよ」
腹に乗った足をめり込むように動かしてくる。
これだけで、喧嘩を買ってくれるなんてな。安い男で助かった。俺の狙いはホヤケを逃がすことだ。隙と敵視は集めているはずだから、逃げてくれ。
「やぁっ!」
「げでぶ」
その逃がしたい女性は男の腹に盾を振った。男の腹にめり込み、腹を抑えてゆっくりと倒れた。
「だ、大丈夫ですか。立てますか」
「ありがとう、助けられた。……その盾に何が入ってるんだ」
手を差し出されたので、その手を借りて立ち上がる。
「最初に助けられましたし、貸し借り無しです。辞典から教科書まで入ってます」
盾の正体は鈍器だったか。それを振り回してると思うと、かなりの怪力持ちらしい。それよりも、他のもがき苦しんでいた男たちが立ち上がってるな。
「よくもまぁ、やってくれたなぁアマ」
「逃げろ!万寿さん」
大男四人だ。
いくら武器があっても、学生と少女だけでは太刀打ちできない。
「でも、あなたが……」
「気にするな、ただのお節介だ。それに警察がくる──」
普段はけたたましく嫌になる日常のようなサイレン音が聞こえる。この時だけは心頼もしく聞こえる。
「それにしても、格好つける最中だったのに」
贅沢は言ってられないか。
「っやべえ!ずらかるぞ」
「こっち、道塞がってます。あっちから逃げるしかない」
「お、覚えるなよ」
右往左往しながら、彼等は逃げて行った。
覚えるなよって……。
そして、捕まったのかサイレンの音が突然聞こえなくなった。
「ソウルメイト、これが我の勝算。すまん」
塞がれていると言っていた壁からヒバが現れた。
そして、スマホの画面にはパトカーのサレイン音の動画が表示されている。
スピーカーを彼方此方に配置していたから時間が掛かったのか。
「ありがとうな、助かった」
「ソウルメイトの器に損壊は存在するのか?生還の手招きに同行する」
「???」
「大丈夫だとは思うけど、拒否しても警察が行かせるから問題ない」
「ソウルメイトの事もだ。生還したとはいえ、損壊がありうる。されば同行すると」
「あの、二人だけの世界で話さないで欲しいです……」
俺は普通に会話できるから、すっかり忘れていた。
普通の人はヒバの言葉は解読できないか。
彼女は頭上にいっぱいの?を浮かべているのが表情から察せた。タイミング良く本物のサイレンが聞こえる。
「本物の警察のおでましだね。長い事情聴取にならなければいいんだけど」
「普通に喋れるんですか!?」
「当たり前だろう。我の神聖なる言語を理解できない愚者、いたい、ソウルメイト叩かないで」
「遊びでも愚者ってのは、聞き捨てならなかったからな。逃げずに俺を助けてくれた恩人だからな」
ったく、中二病全開だからすぐ人を見下した言葉を使う。
「我が言語を理解してくれるのは、ソウルメイトだけだ。だから、彼といるときには喋っている」
「……なんで理解できたんですか」
「言語はコミュニケーションだ。関わっていれば嫌でも理解できる」
複数の大人であろう足音が聞こえる。
安心したのか、力が抜けて膝が落ちる。
「動くな!君が通報者か」
何人かの警察が現れ、俺たちを取り囲む。
そうして、警察に保護されて事情聴取を受けた。犯人が捕まってるだけあって、一時間も用いずに終わる。
長かったのは病院だ。大した怪我でもないのに、二時間を用いた。
そうしてこの件は幕が下りたと思っていた。
その翌日。
「今日、あなたの家に訪れたいです」
「……」
ソウルメイトを除いた全ての男から敵視される事態が発生した。
もうツッコミを入れないが、剣と盾を学校にも持って来ているのか。
彼女の言葉は主語が足りなくて周囲に誤解されてしまう。
「あのさ、なんで俺の家に」
「昨夜のお礼を両親もしたいと思っているからです」
よし、これで問題ないな……まだ視線が痛いけど。
男性もそうだが、女性もホヤケに対して鋭い視線を飛ばしてないか。
「大したことはしてないし問題ない。俺は一人暮らしだから、感謝の気持ちで充分だ」
「で、でも、何かお礼をさせてください。剣あげます」
「ごめん、それは一番いらない」
剣を授けるかのように、両手で膝を地につけ差し出してくる。
即答でそれを拒否した。
「ソウルメイト、感謝を無下にするならば、我は君を罰せなければならない」
「おい、まて。剣もどきはいらないだろ!弁当とかなら頂くけどさ」
「本当ですか!?弁当とかなら受け取ってくれるんですか」
「うっぐぅ……」
勇者がパーティーに誘うように、ぐいぐいとホヤケは距離を縮めてくる。
完全に捨てられた子犬のようなつぶらな瞳で見つめてくる。口から滑ったとはいえ、ここで拒否したら学校に居づらくなる。
というか、いつの間にか全員からにらまれている気がするのだが。
ヒバはニヤニヤしてやがる。上手く誘い込まれたのか……くっそぉ。
今度、もうゲーセンで手加減してやんねぇからな。
「受け取るよ。だから、それで勘弁してくれ」
「はい、ありがとうございます。明日から楽しみにしてくださいね」
「おい、待て!明日からってどういうこと……行っちまった」
ツッコミを聞かずに逃げたように見えた。
気のせいだと思いたいが、これから絡まれるのが目に見えるようだ。
「ソウルメイトの生命の危機が一つ終えた」
「俺がコンビニ弁当ばっかだから、気を使ってくれたんだな。ははは、覚えてろよ」
人と絡みすぎない絡まれすぎない均衡が、崩れ落ちているということに気が付かなかった。
俺は人と深く絡みたくない。
だが、必要最低限は絡む。人から見れば、かなり人と絡んでいる人と見えるかもしれない。
絡む理由は成績は優秀で頼れる委員長だからだ。必然的に勉強のことやクラスのことを先生や生徒に相談されたりする。
性格上無下にできるはずもないので、時間さえあれば何時間も付き添うこともある。そして、勉強会というものも開いたりする。
というか、教師に頼まれてやっているだけに過ぎない。ちなみに、毎回ではないがヒバも参加させている。
勉強会ではあるが、女性からすれば俺を攻略するチャンスでもある。俺を狙う女性がいれば、その女性を狙う男性もいるので男女比率は半々。中には俺を狙う男性もかなりいたりする。
女性と男性に告白される毎日。
女性はあれやこれやと手を使い堕とそうとするが、姉から女の対応を教えてもらっているので問題は無かった。
中には酒や薬物を使用してきたり、チンピラを呼んだりと必死になってるやつもいた。
それでも、俺は人に優しくする。
どんなに自分が傷ついても、喜んでくれる人の顔を見るのが好きだからだ。
という建前がある、本当は……。
時は流れ、翌日を迎えた。
だが、そんな俺でもどうしようもなく殺意が湧くことがある。
「おい、なんで俺の飯食ってんだよ」
三大欲求のうち食欲を邪魔されたからだ。
「ソウルメイト、対価は召喚した。うま」
ヒバは俺の買ってきた焼きそばパン(一日十個限定)を口に入れながら喋る。
そして彼の指さした先には、その焼きそばパンの代金(税込み百七十六円)が置いてあった。
俺が必死になってようやく、買えたパンだったのに……。
「一円玉と十円玉だけ」
更に火に油を注ぐかのように、支払いは十円玉と一円のみ。
百円玉と五十円玉をだせよ……。
「ソウルメイト、これは儀式、いっだ」
「何が儀式だ、言ってみろ」
あまりにもふざけた言い訳に、思わずヒバの頭に拳を落とした。
「力というものは弱き者を救うため!我はソウルメイトの供物を高貴なるものへ昇格させている」
「なぁ儀式する上で、神の供物を食べて処理する信者がどこにいるんだ」
「愚者には神の聲は聴こえぬ。だから教祖の言葉は神よりも真実。そしてこれは毒見だ」
「毒見なら全部食べる必要ねぇだろうが」
頭を抱えて椅子にもたれかかる。
様子を見ていたのか、他の学生が集まってきた。 気が付けば別のクラスの友人がいる。
「よう、井吉野。ノート貸してくれ。えーと、社会だ」
「ヒバの席が空いてるから、ノート持ってきてこのクラスで写してくれ。一人じゃないんだろ」
「許可した覚え──」
「わかった!ありがとうな、おいお前ら写すぞ」
ヒバの言葉を聞かずに彼等はその席で写し始めた。それは餌を喰らう肉食獣のような眼光をしていた。
最初から授業を受けて、ノートを取ればいいのにな。
「……ねぇ、いいかな、ちょっと見てほしいんだけど」
物腰弱そうな男子が来た。
彼は初めて見るが、断る理由もないので開かれたページに目を通す。
『いじめられてます。助けてください』
撲滅したと思っていたんだが……ったく。まぁ新学年だし、そういう問題も出てくるか。
「ここは難しいから、明日の放課後に教えられるけど」
「問題ないです!よろしくお願いします」
「ちゃんと教えてあげるから、あんまり気にし過ぎないで」
そそくさと彼は去って行く。
「ソウルメイト。慈悲深いが、破滅は確実に這い寄ってきている」
あまり、首を突っ込むな、か。
ヒバの鋭い視線を無視して、沈黙で答えた。それに対して、ヒバは静かにため息を吐いた。
「ええと、あのいいですか」
「剣姫がソウルメイトの腹虫を抑え来たか」
盾と剣を背負ったホヤケが現れた。
「学校でも背負ってるのかそれ」
「はい、わたしの大切なものなんです。じゃあ、一緒にお昼ご飯食べましょう」
「いや、一緒にじゃなくて……」
「我は……」
「一緒にです、三人で」
「だからさ、弁当はありがたく」
「一緒に」
ここまで凄まれたら、断りたくても断れないな。
「わかった。わかったから、ヒバはそれでいいのか」
「何処に問題点が存在ある?宴の開幕だ」
どうやら、逃げ道はどこにも存在しないようだ。
男女の視線が、俺の背を容赦なく矢のように刺してくる。
「じゃあ、せめて場所を変えよう。とっておきの場所がある」
「こんなところがあったんですね……」
「安息の地。我らの戦果にて獲得した楽園」
ポツンと大きな染井吉野が咲いている。染井吉野が主役のように、周りの草木は存在しない。更に自然のスポットライトまで備わっている。
ここは学校の裏にある森だ。
主にイジメをするために扱われていた場所であった。ここなら、教師たちの目が届かないと考えたのだ。もちろん、一組ずつ殲滅して今ここを使うのは俺たちしかいない。
まぁそんなこともあって、最初はタバコやらお菓子のゴミなど散らかっていた。
それを二人で少しずつ綺麗にして、ここの管理人に『いつでも使ってくれ』と言われたのだ。
やはり善行、善行は全てを解決する。
「さて、食べようぜ」
「はっはい。ヒバさんの分まで作ってきたので、良ければ……」
「感謝する」
俺たちは染井吉野の影に腰を下ろす。
彼女は盾のバックから、銀色の弁当箱が三つ現れた。
銀色の弁当箱で察したと思うが、これも盾に似せている。ツッコミを入れようと考えたが、こらえた。
隣を見ると、ヒバもツッコミを入れたいらしく唇を噛んでいた。
「どうぞ、いただいてください。かなり普通のハンバーグ弁当になっちゃいました」
「いや、それでも作ってくれただけ嬉しい。あんな小さなことでさ」
「小さいって。助けてくれなきゃ、わたしは今頃レイ〇されてたんです。心身ともに傷が付いて立ち直れなくなってたかもしれません」
「欲を満たす時に他の欲……」
飯食う時に下品な話をしないでくれ、か。
俺もそういうのは苦手だから流れる方向に持っていこう。
「と、とりあえずさ、そんなことはどうでもいいから。食べよう」
「どうでもよくありません。レ〇プ、または強〇です」
「頼むから、食事の時にそういう話はやめてくれ」
「じゃあ、ありがとうっていうので、どういたしましてって言ってください」
それは言わせるものじゃないだろ……。
でも、彼女は引き下がらないだろう。このまま食事中に、性欲の話をされるよりはマシか。
「ありがとうございました、命の恩人です」
「大袈裟だな……ああ、どういたしまして」
「じゃあ、いただいてください。自慢ですけど、わたしの手料理はほっぺが溶ける美味しいんです」
「そこは、自慢じゃないんですけど、だろ。それに溶けるって物理的な意味じゃないよな」
「もし、物理的に溶けてたらここにはいません。自慢じゃないものを相手に差し出すのって、無礼じゃないですか?」
「はぁ、もういい。食べよう。いただきます」
「いただきます」
俺に続いて、二人も声と手を合わせて言った。割り箸を割り、ハンバーグとご飯を口に入れる。
味に対しての、不安が一杯だ。
だが、前言撤回は口に入れて不味かった時だけだ。
「うっまぁっ!」
「天使の施し」
「お口に合ってよかったです」
脳の信号が届く前に、体が彼女の料理を求め動く。
ヒバも同じようで、自分のキャラクターを忘れて全身を使って食事をしている。
「手料理なんて久しぶりだな」
美味しくて、心の声が漏れてしまった。
それが、不味かった。
「……いつも外食なんですか」
「……何言いたいかわかるが、断っておく」
「一人暮らしなんですか」
「そう……だ、な」
本音が零れまくる。美味しい料理の魔力なのか、本音が垂れ出ている。
「じゃあ、わたしが作りに行ってあげます。それか、わたしの家に来てください」
「はぁ。考えとくよ」
これが、万寿ホヤケと関わるようになったイベントだ。昔なら厄介ごと、今だと懐かしく愛おしく感じるイベントだ。
これ以上は思い出せず、彼女に対しての記憶は欠如している。
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