第2話 セカイは循環し、蝶は笑う

 相手の告白を素直に受け入れた。それを六回ほど試した。

「畜生!」

 城から落とされて死。

「がっげほっ」

 料理に毒を盛られ死。

「それ落ちるのは予想できないって」

 シャングリアが落ちてきて死。

 ここまでが、俺が勇者の世界。一瞬で殺されるので勇者の力なんて意味もない。

 逆に向こうの世界だと。禁止されているはずの鉛玉で風穴になったりピンポイントで肉体が焼けたり爆発する。

 慈悲なのだろうか、一分も経たないうちに命を枯らす。それでも死というものは恐ろしく心も身体にも苦痛を与えてくる。


 一度告白を中断させてから、時間をずらし二人になった時にこちらから告白する。

 これも試したが、六回ほど試して全敗だった。

 勇者となっている世界に戻ってきた。策なんて思い付かない……いやあるけれどそれはやりたくはない。


 

 俺は王宮から離れ、生まれた土地へと来ていた。気分転換と言って散歩をしている。

畑と自然しかない、静かな田舎だ。この世界では美しいとされてない、ありのままの緑の絨毯。

「一番最後いた世界の国はなんていう名前だっけな」

 大切な記憶は一度しか蘇ってくれていない。そして、あれから一度も過去の自分に繋がる記憶は蘇ってくれていない。

 悪いことだけではなく、世界の名前も転生する中で共有することができるようになった。ただし、今はど忘れしている。

 何度も繰り返せば、全ての記憶を共有できるだろか。考えるだけで頭が痛い。

 「バタフライエフェクトなのか。殺害方法がバラバラなんだよ」

 こちらの手を読まれないようにか、単に偶然なのか、殺害方法が違うのだ。

 バタフライエフェクトという説が上がっているのは、繰り返す中で重要じゃない点が少しだけ変わっているからだ。

 わかりやすい違いは、休日が違う。休日が増えていたり、減っていたり、ズレてたりする。その他にも少々の変化はあるものの、世界の根本を変えるようなものはない。

「死にたくないなぁ。痛いんだよ……ああ、嫌でも思い出すな」

 長く苦しむような死じゃなくて良かった。それでも、死の一瞬は例えるにも例えられない激痛が走る。

 毒に侵されるように、精神が蝕われているのを嫌でも痛感する。何度も命を失い、その苦痛を味わっている。俺は何度まで耐えられるのだろうか。

「ぼっちだしな。友達もいない、親も」

 ループを知っている者がいない。それが一番、精神を蝕んでいる。つまり仲間がいないんだ。寂しい寂しい独りの戦い。

 何回か説明したが一蹴され笑われてしまった。

「こんなところでなしをしていますの?それにしても似合わない顔をしていらっしゃる。魔王を倒して世界を救ったのに、まだまだ救い足りないのでございますか?」

 グロリーの声が背後からする。俺はそのまま振り返らずに話し続ける。

「格闘家よりも暗殺者に向いてるんじゃないか。まさか、最初からついてきてたりしたのか」

「わたくしは暗殺者になりたいとおっしゃいました!ここで類い稀なる暗殺技を見せつけてやりますわ」

「男性なのに前衛張らない奴に文句を言ってくれ。どう考えても一人が前衛なんて無理だろ」

 振り返ると、グロリーがぽつんと木のように立っていた。

「もう既にヒバを雑巾のように干してきましたわ」

「まぁ、妥当。いや優しい方だな」

 関節を外されて、日当たりの良い場所に干されているのだろう。

 ヒバは頭を下げてグロリーに前衛をしてもらい、旅が終わったらありったけの不満を与えると約束してしまったので同情しない。

 うふふふ、と笑う彼女を見ていると元気が湧いてくる。ソウルメイトは今どんな状態でいるのかを考えなければ。

 だが、笑いは長くは続かず彼女の顔が神妙になる。

「まだ、魔王を倒したことに実感を持てませんわね。まるで映画を観た後に、エピローグだけ演じているかのよう」

 本来なら大笑いして喜ぶべきことのはずなのに。自分がやった事じゃないかのように語っている。

 彼女の口から、それが出るとは思わなかった。 俺だけが感じている違和感だと感じたからだ。

「その『救い足りない顔』を見て、話す勇気を貰いましたわ。わたくし達は大切な何かを忘れているでしょう」

「ヒバにも話さなかったのか」

「いや、ヒバさんに話したら目を輝かせて、『世界五分前説』とか語り始めて会話になりませんわ」

「何から何まで聞いてくるだろうな。そういう話が大好きだからな」

 ヒバは頼れる奴だが、超常現象が関わってくると相談にならない。目を輝かせながら、詳細や状況を聞き出してくる。

 だからなのか、魔法使いとして様々な新魔法を作り出している偉……変人。例を上げると、魔法を応用して家電や自動車を創り出している

「結局、この世界は魔王を倒しても変わりませんでしたね。『金が一番の魅力。だから金や地位で結婚するべき対象を決める』という悍ましい考えは終えませんでした」

 金や地位で愛する対象を決め、そこに愛は育まれるのだろうか。

 いや、そんなことはない。まやかしだ。

「俺からすれば、それは違うって断言できるんだ。愛って、そういうものなのか」

「少なくともわたくしはそう考えていませんわ。ナイシンさんは童貞でしょう、愛について語るのは三千年ぐらい早いと思いますわ?」

「俺は童貞じゃないぞ」

 俺は即答すると、グロリーは『信じられない』という目で凝視してくる。

そして両肩を掴み、顔を近づけてくる。お互いの額が接触してるがお構いなしである。

「お姫様がいて、誰とヤリましたの?(メリメリガッガゴッゴ)」

「いっでぇえ。ぎゃ、や、やめろ。じょ、冗談だよ。だから、はなっ放せええ」

 そうだ。幾つか前の人生は童貞じゃなかった。でも生が違うから、それもリセットか。

 童貞を卒業した日は思い出せないが、思い出したくない忌まわしき記憶と体験だったのは覚えている。

 両肩から出てはいけない鈍い音が聴こえた。

絶対これ、跡が残ってるだろ。

「勇者様は莫大な資金の塊ですの、冗談でもお姫様に言ってはいけませんわ。勇者様がヤリチンだなんて、価値が下がってしまいますから」

「やっぱり、金になるから彼女はいきなり結婚したいって言うのか。いだいはな、はなしで」

 再び両肩を鷲掴みされ、骨で出てはいけない音が漏れ出す。

「彼女はメイシンさんを心の奥底から愛してますの。少ないけれど、わたくしが愛を身体に刻みこんで上げますわ」

「わ、わかったから、や、やめろおおお」

 やめてと言ってから、三十秒経過した後に放してくれた。

 肩が軽くなったというか、何か足りない気がする。これが死因にならなければいいいが……。

「確かに、勇者って肩書きだけで近寄ってくる人はいますわ。それでも、ホヤケさんは違うとナイシンさんもわかっているのでしょう。質の悪い冗談はやめていただきたいわ」

 俺らは愛し愛されてることを理解している。その過程を思い出せない、この世界の事のはずなのにだ。 

 覚えていることは──。

 俺らが冒険している間も、ホヤケは様々なサポートを積極的に行ってくれた。例えば、お姫様直々に料理をして食事を用意してくれたり、宿を予約したりしてくれた。

 彼女のサポートが無ければ、俺たちは魔王を討伐できていなかった。

 ……これも、おかしい。

 だって、これら映画を見せられて自分が主人公になった妄想ではない。これは実際に体験している事なんだ。だけど、違和感がある皮が違うというべきだろうか。

「その様子だと、わたくしと考えが同じなんでしょう」

 グロリーもまた頭を抱えて、苦笑いをしていた。

 違和感だ。

 童貞じゃないと言ったのも、ホヤケのことも体験したと断言できるんだ。

 それなのに、魔王を倒したことは断言できない。逆に自分がしたのか、と疑ってしまうんだ。

 確かに誰かを打倒はしたのだ。ただ魔王という存在ではないんだ。きっと、いや俺が転生し続けてる理由のヒントになのだろうか。

 とりあえず、ワフの様子を聞いておこう。

「話は変わるんだが、ワフの様子は大丈夫か」

「ワフさんは常に様子がおかしいでしょう。今日も『パイなオツ』って女子騎士の胸を揉んでたいましたわよ。お姫様にも恐れずにしますから、逆に関心しますわ」

 ワフは下ネタの塊。

 男性なら優先的に股間を叩き込み、女性には挨拶と称して胸を揉む。

 口からも下ネタが溢れ出す変人だ。俺の師匠であり、修行中も良く股間を触られたり蹴られたりした。と記憶にあるが、違和感を感じる。特に股間を触られた方だ。いや、全体的に彼女はそこまで活動するような人間じゃなかった気がする。

 いや、今はそんなことを聞いているんじゃない。

「それが通常だろ。いつもとは違う異常なことをしてたり、しなかったかって聞いてるんだ」

「わたくしにはわかりませんでしたね。ワフさんの事で何かありましたの」

「他の仲間はちょいちょい会話してくれるんだが、ワフだけ話しかけてくれなくてだな。少しだけ気になってたんだよ」

「確かにおかしいですわ。ワフさんはメイシンさんのこと隙があれば話すぐらい大好きなはずですのに」

 ワフについては手掛りなしか……。困ったな、一番欲しい情報で殺害の動機となるヒントを掴めれば良かったが。

 どうやら、まだまだ情報は足りない。カランセンにもワフのことを聞いてみるとしよう。

「あとさ、失敗してないのに殺害パターンを変えることはあるのか」

「話の流れ的にワフさんが殺人をすると疑っているんですの?ワフさんがメイシンさんを殺すと??もう少し身体に教えた方が……」

「違うから、拳を下ろしてくれ。俺らは一応さ、人類を救った英雄じゃんか。だから、暗殺も気を付けた方がいいだろ。なんでそうすぐに暴力に、親の顔を見てみたい」

 なんとか、即興で作った言い訳で拳を下ろしてくれた。

 馬鹿にしたのに『ふっ』と嘲笑う。

 話の流れを考えれば、そういう解釈になる。気が焦っていたのだろう、少し慎重になるべきか。

「暗殺者見習いで参考にならないと思いますけど、予期せぬ状態が起きた時のように幾つかプランは考えますわ。ですが、失敗していないのに変更すると言うことはないですわね」

 プランがあるとしても、あまりにも多種多様。それに殺せればなんでも良いアドリブを感じる。

 それでも、俺の行動の先を見透かされているようだ。

「じゃあ失敗するって分かったら変えるよな」

「当り前でしょう?そんな当たり前な事まで聞くなんて、まだ寝ていらっしゃった方が」

「いや、大丈夫だ。みんなが心配して休ませてくれたおかげで、彼女に告白に答えられる」

 それで、ようやく確信に変わった。

 やはり、ワフも俺と同じように世界を環っているのだろう。世界が違うから『自分の考えも違うのではないか』と疑っていた。

 やはり、動機を探すことが鍵になるだろう。記憶を巡るが、それらしき手掛かりはない。

「それではわたくしは帰りますわ。どうやら、わたくしでは解決できそうな問題じゃないようですし」

「助かった。ありがとうな、話し相手になってくれて」

 まだまだ、情報が足りないが前進はした。

 このまま、前進していけばきっと平和的な解決が見えるはずだ。

「少しでも力になれたなら嬉しいですわ。みんなが心配する前に帰ってらっしゃい」

「俺もかえ─」

「一緒に帰ってきたらお姫様が勘違いすると思いますけど」

「そうだな……?少し疑問が残るが、女性の意見を聞くとするよ」

 絶対にそれはないだろ、と思うが万が一の為に彼女の指示に従うことにした。

 グロリーの言った通り、彼女が消えて二十分後に帰った。その間、色々考えたが、なにも妙案は出てこなかった。

 取り敢えず、『告白は振る』ということだけは決意した。



 俺は王宮の自室に戻っていた。 

 パーティーを始めるとのことでホヤケに飛び出されここにいる。

 告白をしてくるんだな。振ることを決めているせいか、罪悪感が湧いてくる。その罪悪感から目を逸らし、唇をかむ。

 俺に向けてくれた好意や決意を踏みにいじるのは大義名分があろうとも嫌いだ。そして許されない。

 それが、魅力的かつ愛してる人なら尚更だ。

「汗かきすぎでしょ。折角のパーティーなんだから、冒険してた時のこと思い出させないで」

 ノックもせず部屋に入ってきて、ごちゃごちゃ言う。声がぼやけててもカランセンだとわかる。

 ここまで図々しいのは彼女しかいないから。

「今、物凄くナイシンの四肢に矢を刺したくなってきたわ」

「せめて、弓使いなんだから射貫くとか言ってくれ、というか、行動に移してから気分を言うな」

 左足を矢で刺そうとしたので、反射的に彼女の手首を掴み阻止する。

 カランセンだったから対応できた。というか、冒険中はこれが日常茶飯事。

 回復役までできる有能な友人(ヒバ)のおかげで、回復しては刺されるの繰り返しの中で対応できるようになったのだが。

 手首を放すと、彼女は一歩だけ距離を置いた。

「で、汗もそうだけど、魔王を倒して最高にハッピーな場面で暗い顔してるのあんただけ。

あんたが笑顔を失ってるときって、とんでもない重荷を背負ってるときよね」

「笑ってたつもりだったが……。ちょうど、腹の中ぶちまけたい気分だった」

 一瞬で死ねるとはいえ、苦しくもあり、何より寂しいんだ。 それ以上に──。

 俺が失敗したら、また。

「な、なんでいきなり自分を殴るの!?」

「弱気になってたからだ。ごめん、心配をかけた」

 自分の腹に力加減なしの拳を叩き込んだ。

「主役だっていうのに……」

 俺の足に矢を刺そうとしま人物が頭を抱えている。

 今、失敗するって考えてしまった。何があっても成功させて、前に進むんだ。

 弱気になるな、失敗した時のことを考えるな。顔を殴りたかったが、流石にパーティー前だ。

 傷はつけられない。また迷惑をかけてしまうし、決意したからやらなければならない。

「パーティーが始まります、勇者様。準備をしてください」

 カランセンに起っていることを腹の底から話したかったが、時間は待ってくれないようだ。

 俺が先に立ち上がり、部屋を後にしようとした。

「もし、なにかあれば、すぐに助けるから。無理はしないで、約束よ」

「その時が来れば、頼む」


 パーティーは佳境を迎え、社交ダンスが始まる。

「ナイシン君、一緒に踊りましょう」

「ああ」

 差し出された手を取り、流れる音楽に合わせて水のように踊る。ゆったりとした曲なので、激しい動作はない。

 ホヤケに叩き込まれたことを記憶や身体が覚えている。これもまた不思議なことに、本物の記憶といえる。

「ナイシン君、かなり邪悪な顔してます。そんなにわたしと舞うのが嫌いですか?」

「いや、楽しいんだ。でも、私事に引っ張られてた。笑ってはいたんだが、魔王よりも邪悪だったか」

 しんみりした空気を少しでもなくすため、冗談交じりに魔王を入れてみる。

「ナイシン君が魔王みたいに邪悪なことないです。だって、酷すぎるぐらい優しいじゃないですか」

「それは褒めてるのか」

「もちのろんです。そんなナイシン君だからわたしを救えたんです。魔王の生贄にならなかったのも、全てナイシン君たちのおかげです」

 魔王は国を潰さない代わりに、ホヤケを差し出せと言いつけてきた。ホヤケと友達だったので、積極的に勇者になり立ち向かった。

 勇者になるにも、他を退け必死に勉強から鍛錬を積んだ。魔王からの陰湿な攻撃が続くも、見事に勝ち取った。

最初は一人で行う予定だった。気が付けば背を守る人がいた。

 魔王で抽象的な概念だったが、これも体験している。

「懐かしいな。すぐ前のことなのに何年か前のことのように見える」

「いつだってナイシン君は、表情で限界を見せてくれないから不安だったです。常に笑顔で身体も精神も限界なのに……」

「ぶっ倒れたことが無かったから、限界じゃないんだよ」

 いつものように、笑ってみせる。

 それに安心したのか、ホヤケの肩から力が抜けた。

「倒れたら、それこそ手遅れです。良かった、しっかり笑えてます」

 ホヤケも連鎖するように、口角を大きく上げてみせる。

 大きな紅い花が咲いたような熱い笑顔だった。その笑顔は、無造作に触れてしまえば崩れてまうんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。

 肌も程よい脂肪で柔らかく、手が吸い込まれそうになる。彼女の特徴の一つでもある豊満な胸は、胸板に当たる度に温かく優しい感触を刻み込んでくる。

 こんな魅力的な女性を振る罪深い男がいるなら、死んでも当然のことだろう。

「ふふふ、幸せです」

「口から漏れ出してるぞ」

「いいんです。今は幸せを全身で受け止める時間です。だから、ふふふ」

「よだれまで垂れ出てるぞ。おーい……こんなに幸せによってるのに、ダンスに妥協がないのが凄いな」

 幸せ過ぎるのか、顔はとろけている。

「はぁ、俺は寝てないってのに」

「寝てないんですか」

「生活の話になった瞬間、素に戻るな」

 こちらを睨めつけてくる。 

 彼女さ衣食住のことに彼女は厳しいのだ。顔が近い。何かのアクシデントがあったら唇が触れ合ってしまう。

「だらしない生活は人を怠惰にさせます」

「どちらかというと、ホヤケが人を怠惰にさせるだろうな」

「意味がわかりません」

 怒っていることを伝えるために、彼女は片方の頬を膨らませる。

 ホヤケは筋金入りのお節介だ。人の部屋に上がっては、家事全般を行う。やるように促してくるが、なんやかんやで全てしてくれる。

 家事の全てがメイド顔負けレベルだ。ステータスをすべて家事に割り振っているのだろう。

 両親も誇れる娘だと言っていたが、逆だ。全てをやってしまうから、人を怠惰にさせてしまう。彼女の方が上手いし喜んでやってくれるからと思って。もちろん、体験談だ。

 それをカランセンに指摘されたことによって、危機感を感じ自分から動くようになった。

 身体といい、性格といい、男性を堕落させるために生まれてきたのかと疑ってしまう。

 それが彼女の優しさだから、無下にできないのが複雑な気持ちにさせてくる。

「やっぱり、どんなに様子がおかしくても、わたしが生活を」

「やめてくれ、何もしない駄目人間になっちまう」

「むー、やりたいのに……ナイシン君すぐに無茶しますし。でも駄目人間じゃないと思います」

「優しさってのは時に人を駄目にするからな。俺のために厳しくあってくれ」

「前言撤回します、ごめんなさい。やっぱり、ナイシン君は駄目人間です。だからわたしが──」

「そんな駄目人間が好きなんだろ」

「あぅ……あぅぅ」

 彼女が俺を好きなことを知ってるから、緩んで出てしまった。

「仲間として……」

「そ、そうです。だだだ、大好きです」

 冗談で言ったつもりだったが、湯気が上がるほどに熱くさせてしまったようだ。

 助け舟を出したが、焼け石に水だろう。口元が緩んでしまうぐらい楽しいのだ。

「ダンスが終わっても、何も言わないでください。わたしが投げる問いに答えて欲しいです」

「うん。わかった」

 耳がタコになるまで聞いた曲だから、終わるまで一分もないとわかる。

 彼女から告白したいのだろう。せめて、その決意だけは無下にしたくはない。

だから、静かに承諾した。そして曲が終わる。

 踊っていない者は拍手喝采で舞台を盛り上げ、踊っていた者は静かに舞台から去っていく。

 そして、俺たちがパーティーの主役かのように大きな照明が当てられる。

「あっえっ」

 どうやらホヤケの計画ではないようだ。

 彼女は驚いて、目の焦点が右往左往して落ちついていない。助言する間も無く胸に手を置き、目をつむり深呼吸をする。

「わたしと結婚してください」

 はきはきした声、曇りなき真っ直ぐな瞳で噛むことなく言い切った。

 俺は……俺は……。

「ごめん、できな──」

 突如として視界が自分の意志と関係なく落ちていく。

 首を斬られたと本能が理解した。

「うそ……なんで!なんで!」

 口を手で抑えて目を見開いているホヤケの顔が脳裏に焼き付いた。

 ホヤケは崩れ落ち、瞳から涙を落とす。

 だから死にたくないんだ……こんなに悲しむ彼女達を見たくないんだ。

 こんな彼女の顔また見る。色んな感情が入り混じった青い青い死体のように冷めた表情だった。

 こんなこんな顔を見たくないから、死なない道を探してるんだ!!

 二重で悲しむ彼女の顔は、鋭く心臓に突き刺さることになった。



 『もうあんな悲しい顔を見たくない』と心……いや、魂に刻まれた。

 だから、俺を殺す張本人と待ち合わせをした。待ち合わせには、水仙が咲き誇る花畑の木の下にした。

 黄色い絨毯の上にいるようで心地良い。傷ついた魂を癒してくれているのが、頭を働かせなくてもわかる。

ジャケットを羽織った胸を上半分曝け出している人が予定通り訪れた。二、三分遅刻しているが、普段の彼女なら早いほうだ。いつもなら三十分ほど遅刻して来る。

「想い人がいるのに、女性と二人っきり。貴方は自身のピストルを私の火薬庫にねじ込みたいような瞳をしているわ。せめて火薬を湿らせてほしいかしら」

「自分を大切にしろ、とは言い飽きた。とりあえず、今日は下ネタを咎めるために呼んだわけじゃない。少しは自重してくれ、真面目な話なんだ」

「私も言い飽きるほど言ってるけど、貴方だから言ってるの。それにメイシンが真面目な話を始めたら、最低でも一時間は止まらないでしょう。だから下ネタで─」

「はいはい。わかったわかった。本題に入るが、お前は転生を繰り返しているのか」

「な、なにを……いうと思ったら……。おなか痛いはははは」

 質問を聞いた途端に、ワフは腹を抱えて笑い出した。

 笑いすぎて足が震えている。至って普通の反応に見える。

 でも、聞いた途端に笑い出した。ノータイムだ。まるで、この質問を待っていた、と言わんばかり。

「転生を繰り返すって『終幕追憶』じゃない。終幕追憶って書いてリボーン・クライマックス読む小説の『さすらい魔法使』っていう作者も、『自分も転生してきたんだ』って言って書いてたかしら」

「なっ!?それはどこにあるんだ」

 まさか俺と同じ境遇の人間がいるとは思わなかった。その作者が見つからなくても、読めばきっと大きなヒントになるはずだ。

「クラスにいる美人の女性ぐらいの価値があるから、売れ残りも中古品もないんじゃないかしら。私は聞いただけで、中身は読んでないわね」

 でも、諦めるには早い。探してみる価値はある。この絶望的状況を打破する希望の道筋。

「他に質問がないなら、青姦でもする?こんな花畑の中心でやったら、忘れられない記憶になるわよ」

「だーかーらー。はぁ……お前、俺を憎んでいるのか」

「質問の意図が分からないわね。私が貴方を憎む?嫉妬で貴方を殺すぐらいなら、犯して調教するでしょうし」

 この答えで確信した。目を見開き、唇を噛んでから音を出す。

 こいつは俺と同じだ。転生を繰り返している。

「俺は一言も、殺すなんて言ってない。なんで俺を殺すんだ、なんでなんで告白されたタイミングで殺すんだ。それに仲間の前で」

 ワフも転生していることを確信し、怒りと哀しさで口と顎が勝手に動く。

「面倒くさくて口が滑ったわ」

 そんな俺とは違い、小さなミスをしてしまったぐらいの反応。

 片目をつむり拳で頭を軽くたたく動作をした。

「なんでそうあっさりしてるんだよ!俺たち仲間だっただろ!俺の何がいけないんだ、言ってくれれば直すから。頼むから殺さないでくれ」

「隠しても意味ないわね。理由は一つ、貴方が間違った選択をして過程を飛ばしているからね。詳細は教えられないから」

「なんで、なんで。俺を殺すことに躊躇いがないのか」

「大きな歯車を動かす人間は一時の情に流されないのよ」

 なんで、だよ。

 お前と笑ってた時間は全て嘘だったのか。仲間だったのは嘘なのか。マグマのように熱い怒りと氷のように冷たい悲しみで焦点が定まらない。

「私は世界を背負っているの。私がここで情に流されたら、きっと全て失うでしょう」

「お、おれのいのちよりもか……」

 俺は力を振り絞り、なんとか暴力のない方向へ持ち込もうとする。

 が、彼女はそれを地面に歩いている蟻のように踏み潰す。

「ええ。だから、貴方を殺す」

「話し合いで……」

「まだ甘いこと言ってるの。私を殺せばいいじゃない、その手で」

「仲間を殺せるか……!」

「だったら、手間が省けるから黙って殺されてちょうだい。もういい?帰って自慰する予定があるから」

「勝手にしや、がれ」

「これが最後の仲間の戯れとして、ジャンケンしない?勝ったら殺さないって約束してあげるわよ」

 からかわれている、それか嘘かもしれない。でも、少しでも可能性があるなら、やるに決まっている。

 今はどんな蜘蛛の糸でも手繰り寄せたいんだ。

「やる」

「じゃあ、最初はグーじゃんけんポン」

 俺がグーでワフはパー。

「まぁ私に勝てるはずがないわよね。告白される前に他人と性行為で死ぬんじゃないわよ」

「しねぇよ。消えてくれ」

 あっさりと希望の糸は千切れた。

「そうするわね、雨も降ってきたし。一つ言っておくけど、私に殺されることを話しても、自分を壊す時限爆弾にしかならないから止めたほうがいいわ」

 ワフの姿が見えなくなると、見計らったかのように雨粒が大きくなり強くなる。

「はは……。朝、雨が降らないって言ってたのに。俺は本当に運がないな……」

 今日は逆に運がいいかもしれない。膝から崩れ落ちた。全身から力が抜けていた。

俺は……なんのために死んで生き返るんだ。



精神が壊れていた。ただひたすらに告白に答えて殺されていく。

「やめてくれ……」

 どんなに手を伸ばしても自分を守れない。

「なんで告白されるとき、なんだよ」

 沢山の仲間の悲しむ顔の映像が山となる。沢山の仲間の悲しむ声がノイズとして脳内を走り回る。

「見たくない、聞きたくない」

 ひとりぼっちの戦いだ。誰も助けてくれない。味方は誰一人存在しない。

「これしかない……」

 手を赤く染めると決めたのは、死んだ回数を数えなくなってからだった。

 

 

 いつものように目覚めたのは王宮だ。

 苦痛を抱え込み、表情を崩さないことには慣れた。予定通りにやろう。

「結婚してください」

「もちッ─」

 返事を切り上げ大きく息を吸い込み、刀を引き抜きワフへと投げる。

「いったいわね……」

 剣は彼女の肩から左の腕を切り落とした。

 腕を切断されてるのに、倒れないどころか悲鳴を上げないのもおかしい。

 一歩踏み出すとともに、首が何かの力によって圧迫されていく。窒息死は問題ない。完全に潰されるまでにトドメを刺さなければ。

「やめてください!なんでワフさんとメイシン君が殺しあうんですか!?」

 少女の嘆きはノイズに変換される。もう一つの剣を抜き、肩を抑えるワフへと向けて対峙する。

 あと数秒で喉をつぶされ首の骨を折られて死ぬ。

「わ、、る、ぅいな」

 迷いを断ち切り一刀両断できる力で剣を振り下した。

 だが刃は、ワフには届かなかった。 

青く光り輝く蝶が彼女を庇うかのように現れた。すると、振り上げた剣は紙一重のところで止まっていた。蝶が止めた……。

 いや俺が止めた、刹那忘れていた記憶を取り戻したから。俺の純白な手や髪を大切な人の血という赤色で染めたくないから。

「う、わぁあ。こ、ころせる……はずない、だろ!」

 剣を落とし、瞳から溢れ出る滝を拭う。それは勢いが止まる気配がない。よろめきながら、尻餅をついた。

 記憶。

 四人の像が浮かんだ。

 特別なことはない、日常の絵だ。

 頬を紅く染めて優しい笑みを見せるホヤケ。

 元気に黄色く笑いスマホを俺に見せてくるカランセン。

 邪悪な黒い笑みを浮かべ俺の頭に手をのせるワフ。

 青い空のように揺るぎない無表情のミャナ。

 緑の葉を付けた木のように穏やかに見守るヒバ。

 赤と黄が化学反応して爆発したかのように大笑いするグロリー。

 彼等は最初の生でとてもとても大切な存在だったんだ。ワフもその内の一人だから、殺せるわけがない。

「無理だ、ワフ。殺せるわけ、ないじゃないか……」

「……」

 ワフは静かに目を閉じ一息吐いてから、俺にトドメを刺した。

 不思議と今回は死ぬのに苦しくもないし痛くない。

 俺はなにもしたくない。

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