第4話

そして魚が完全に釣り針を飲み込んだと思えるタイミングで、引き上げた。

それは50センチあろうかと思えるコイだった。

――おおっ、すごいのが釣れたな。

三谷はアパートに持ち帰り、食べることにした。

そして餌をつけて釣り針を再度投げ込んだ。

その時である。

池から何かが浮かんできた。

それはすぐに沈んだが、一瞬見えたそれは三谷には亀の甲羅に見えた。

池なら亀がいてもなんら不思議はない。

しかしその亀の甲羅は1メートル近くの大きさがあったのだ。

海ならともかく山中と言っていいところにあるそれほど大きくない池に、そんな大きな亀がいるわけがない。

――なんかの見間違いか?

そう考えていると、今度は人間の頭のようなものが水上に姿を現した。

しかしそれもあっという間に水中に姿を消した。

――えっ?

今のはいったいなんなんだ。

この池にはなにかとんでもないものが生息しているのか。

それとも木とか他の生物を見間違えたのか。

三谷は釣りそっちのけで池を凝視した。

結構長い時間そうしていたが、その後は大きな亀の甲羅のようなものも、人間の頭のようなものも姿を現すことはなかった。

いくら考えても腑に落ちないし、わけがわからない。

しかし不可解なものを見た人間の一般的な心理が三谷に働いた。

――なにかを見間違えたんだな。

そういうことにした。

しかしそれ以上は釣りをする気分にもなれず、三谷は帰ることにした。

そしてコイをさばいて食べた。

美味かった。

ただ三谷は、あの池でもう一度釣りをしようという気にはなれなかった。


次の日、管理人に会った時三谷は思わず「あそこの池には何かいるんですか?」聞こうとしたが、すんでのところでおもいとどまった。

そんなものがいるはずがないし、そんなことを聞いたら変な奴だと思われると考えたからだ。

ただ普通にあいさつをした。

管理人も柔らかい笑顔で返してきた。

いつもの通りに。


ある日、仕事帰りにアパートの入り口で九津に会った。

今からどこかに出かけるようだ。

豊満なふくらみを見せつけるかのように、胸元が大きくあいたミニの真っ赤なワンピースを着ていた。

その見た目は、まるで風俗に勤める女のようだった。

この周りには山と空き地しかないのに。

「あら、こんばんは」

やけに色っぽい顔と声でそう言うと、腰を振りつつ三谷の横を通り過ぎ、自分の車に乗り込み発進させた。

後ろ姿も露出度が高く、あと少しでパンツが見えそうだった。

――やっぱり魔性の女か。

どう見てもそうとしか見えない。

管理人や亀田さんがいい印象を持っていないはずだ。

そんなことはないとは思うが、ひょっとしたら三谷にもちょっかいを出してくるかもしれない。

その時はその手には乗らないでおこうと三谷は心に決めた。


隣の亀田は会って話すと、声もテンションも高めだが、普段部屋にいる時はいたって大人しかった。

古くて防音が行き届いているとはお世辞にも言えないこのアパートだが、亀田は部屋にいても何一つ物音をたてることがなかった。

――えらく大人しい人だな。

と思ったが、もちろん不満はない。

隣人が静かなのとうるさいのとでは、静かなのがいいに決まっている。

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