第9話 ホピ族の予言
勉強会の日がやってきた。前日にグループチャットで三人宛にメッセージを送ったがミヒロだけ返事がなかった。先日のファーストフードでの気まずい感情を引きずっているのかもしれなかった。学校での補習を終え、午後からヒロトといつもの図書館に向かうとヒメからメッセージが入った。
『ごめん、今日は私もミヒロも勉強会に行けなくなりました。
また来週、お願いします!』
ヒロトと顔を見合わせて、仕方なく二人だけで夕方まで図書館で自習をした。先日のミヒロとの気まずい件もあるから、勉強会で会ったらすぐにフォローをしておきたかったがそれは叶わなかった。このまま自然消滅のように彼女たちとの関係は終わってしまうのだろうか。
「来週お願いってヒメちゃんが言ってるんだから大丈夫だよ。ダイスケは本当に心配性だなよな、あはは」
「まあ、心配性なのは生まれつきだから」
「きっと前世で王として権力を維持するために苦労した証拠だよ」
「なるほど……」
普通ならば様々な人生を経験すれば肝が据わって堂々とするのだろうが、何度も王という独裁的存在として生まれると逆なのだろう。常に命の危険に怯えながら、精神的にギリギリのラインで仲間と国を守る。富と名誉と権力を目指す王に必要とされるのは用心深さだ。受験に怯えながら豊かな生活を目指す今の自分と似ていた。
「ところで、ダイスケの夢によると、オレは初めて人間になったんだろ?」
「うん。ヒロトはオレを助けるために、一度だけ人間に生まれ変わったってことになってる。ヒメちゃんもね」
「初めての人間だからかな。オレって未来に不安がまったくないんだ。毎日すべてが新鮮で楽しいんだよ。あはは」
ヒロトの推論は当たっているように思った。彼は何事もうまくやるのだが、うまくやれないことも、うまくやったかのように振舞うのだ。地震が起こっても笑ってるし、世界の終わりの話をしても笑っていた。人間としての人生が初めて故に潜在的な恐怖の記憶がないのだろう。怖いもの知らずだからこそ何事もポジティブにチャレンジできるのだ。
それからまた数日が過ぎた。世の中はお盆休みに入り、しばらく勉強会もお休みだ。
振り返ると、先日の初デートの日の地震の後に流星は現れなかった。まだ終わりの日が来るまで猶予があるようだ。
僕は両親と一緒に東北地方にある父の田舎に車で数時間かけて向かい、親戚たちと会食や墓参りをして楽しい時間を過ごした。これが最後になるかもしれないと思ったら、今までになく貴重な時間に感じた。
お盆休みの最終日、大渋滞に巻き込まれながら田舎から車で帰宅した。暗い家に着いて玄関の明かりをつけ、自分の部屋のベッドに座ると、どことなく寂しかった。さっきまで祖母や親戚たちと賑やかに過ごしていた時間が遥か昔のことのように懐かしく感じた。
(地球のリセットか……)
やはり、そんなことは起きてはいけないのだ。思えばどうしてヒメはこのことを『どうしようもないこと』などと言ったのだろうか。もちろん自分も最初はそう思った。でも、もしかしたらそれは防げるのではないだろうか。なんとなくモヤモヤしていたのはそれだった。なぜ未来を自分たちの手で変えようという発想が僕たちになかったのか。
「そうだ、少しでも未来を変えてやるんだ!」
僕は部屋のベッドに寝転んで、一人正義のヒーローになったつもりでつぶやいて気分を盛り上げた。大きなことはできないけど、なにか考えよう、でも長時間の車旅で疲れたから風呂に入って今日は寝よう、そう思ってあくびをした瞬間にスマホが鳴った。
ピロン♪
賑やかな田舎でのお盆休みが終わって寂しさを感じていた僕は、誰からだろうとワクワクしながらスマホを見ると、驚くことにミヒロからのメッセージだった。一気に帰省の疲れが吹っ飛んだ。しかし、よく見るとそれは僕への個人宛ではなくて、三人に対してのメッセージだった。少々ガッカリしたが緊急の連絡のようだった。
『みんな明日は時間ある?
すごく大事な話があるから十時に図書館のセミナー室に来れますか?』
大事な話とはまさか志望校を変更するとか、勉強会をやめるとかだろうか。また心配性の僕の悪い癖が始まった。ミヒロに絶対に行くよと返事を送り、残りの二人もOKの意思表示をしたのを見届けてそのまま風呂も入らずベッドで眠った。
翌朝、お盆休みで遊び疲れたのかぐっすりと眠りすぎてしまい寝坊してしまった僕は、急いでシャワーを浴びて身支度を始めた。ちなみにミヒロに会う前はいつも、デートでもないのに念入りに髪型と身なりを整えた。盆休み明けだがまだ夏休みだ。それなのに朝から妙な緊張感を醸し出していたからか、母が心配して話しかけてきた。
「今日はなに? 模試だっけ?」
「いや、違うけど、ちょっと大事な用事」
「ふーん、彼女からの愛の告白かしら……」
「ち、ちがうし」
母からそう言われて、その可能性も一%ほど残されているかもしれないと期待するのが当時の若くて愚かな自分だった。もちろん、そんなことが起こるはずもなく、図書館のセミナー室に急いで駆け込んだ僕がまず最初に目にしたのはミヒロの沈んだ表情だった。隣に座っていたヒメもヒロトもどことなく暗い表情だった。彼女たちの表情を見てセミナー室の入り口で呆然と立ち尽くしてしまった。
「おはよう、遅かったな」
第一声はヒロトだった。
「ごめん、ちょっと事情で遅れちゃった。話はこれからだよね」
「うん、これからだよ」
まだ、五分ほど遅れただけなのに、その五分の間に衝撃的な話でもあったかのような様子だった。今まで四人が集まったときに、ここまで沈んだ雰囲気は経験したことがなかった。僕がセミナー室のドアを閉めると、それを確認したミヒロが静かに話し始めた。
「ダイスケ君、この前はごめんなさい」
「ううん、こちらこそ、ネガティブな話をして悪かったって思ってる……」
「ちがうの、やっぱり、ダイスケ君やヒメが正しかったみたい」
「え、どういうこと?」
「人類が滅亡しちゃうようなことが本当に起こるってこと」
「うん、でもさ、前向きに生きようって……?」
「実は、大規模テロが起こるって話を聞いたの。そのテロが、まるでヒメの言ってた始まりの合図と同じだった」
「テロ? 誰から聞いたの?」
「パパから」
話が違う気がした。『終わりの始まりの合図』は、大規模テロではなかったはずだ。僕はミヒロの話を遮って聞き返した。
「ちょっとまって、ヒメちゃんの言ってた『終わりの始まりの合図』はテロじゃなくて、地震と流星だって話じゃなかったっけ?」
SNSやメディアで取り上げられて大騒ぎになるということだったから、相当大きな隕石でも落下するのだろうと僕は思っていた。
「うん、ヒメから聞いたときはそうかなって思った。でも、テロが起こる場所が国際宇宙ステーションだって聞いて、はっとしたんだ……」
「国際宇宙ステーション?」
「うん、宇宙ステーションがテロで破壊されて地上に落ちる様子が頭に浮かんだとき、それだと思ったんだ」
確かに宇宙ステーションが落ちる様子は隕石または火球の落下のように見えるだろうし、しかも、それが起これば世界中で大ニュースとなり大騒ぎになるはずだ。
「わかった、ホピ族の予言だ」
突然ヒメが口を開いた。
「アメリカのアリゾナにホピ族という原住民がいるの」
「ホピ族?」
「うん、ホピ族には『最後の儀式を終える時、青い星が現れて、天界の居住施設が大音響とともに落下して地表に激突する』って世界的に有名な言い伝えがあるの」
「天界の居住施設? 」
「うん、実は予言研究者の間では『天界の居住施設』とは国際宇宙ステーションのことじゃないかって噂されているの。宇宙ステーションが落ちた時がホピ族の最後の儀式、つまり世界が終わるときね……」
ヒメの話が終わると、ミヒロは悲しそうな顔で話を続けた。
「宇宙ステーションで働いてる人たちもみんな死んじゃうんだなって……。まるで地球の終わりが来るような印象を受けたんだ……。それではっとしたの。これがヒメが言ってた始まりの合図かもって……」
この話をインターネットで知ったのなら、ただのガセネタだとして片づけてしまったかもしれないが、現役国会議員で外務大臣の情報だ。しかも、総理候補の筆頭であると報道されているミヒロのお父さんの話なのだから、まぎれもない事実だろう。でなければここまでミヒロが落ち込むわけもなかった。
「お盆休みの時にパパから聞いたんだ。実はテロとかの情報って政府の上の方にいる人たちはみんな知ってるんだって。世界のトップたちのいろんな利害関係があって、関係がこじれるとテロとか紛争が意図的に起こされるんだって。
まさにインターネットで見かける陰謀論を地で行く話だった。しかしこれは事実なのだ。
「パパもお盆休みでお酒に酔ってたんだけど、酒で記憶をなくすような人じゃないし、この話は本当だと思う……。珍しく愚痴ってた感じだったし本音なんだと思う。この前、総理大臣が辞めるって言ってたのは、この問題で世界のトップと話がこじれたからみたいなの。次はパパにまかせたって言われてるんだって……」
僕たちはまさにニュースの裏側の話を聞いていた。やはり以前からの噂通り、外務大臣でもあるミヒロのお父さんが時期総理大臣になる予定なのだ。しばらくみんなが黙っていると、ミヒロは実現の難しそうな一つの解決策を僕らに示した。
「実は、これを止める方法があるの……。それはパパがアメリカと密約を結ぶこと。将来の武器の購入と軍事基地建設の約束。そうすれば、テロが起きる可能性はかなり下がるっていうか、なくなっちゃうみたい」
どうやら世界のトップの人々が軍需産業に大きくかかわっているという話も真実だったようだ。軍需産業が潤うためには武器や兵器が売れなければならないが、兵器を売るためには戦争が起こる必要がある。しかし多くの国は経済的に発展してくると、社会インフラが破壊され莫大な経済的損失を被る戦争などしたくないものである。よって、かつての冷戦など国同士の緊張状態を利用し、戦争抑止力として兵器を大量に売りさばいて大儲けをするのだ。
それでも兵器を買わない国は、わざとテロや紛争などを起こして緊張状態を作り上げ、武器を持ってないと危険であるという意識を国民全体に植え付ける。総理大臣が辞任発表をしたのも、この不景気の時代に、とんでもなく巨額な軍備拡大契約を持ち掛けられたからだろう。国民に大反対されても巨額な兵器購入と軍事基地建設の密約を結ぶか、それともそれを断ってテロが起きるのを待つか。その選択をしたくないから今の首相は辞任し、ミヒロのお父さんに全ての責任を擦り付けるかのごとく後継指名したのだ。
「未来が見えてきた」
すると、ヒメが再び口を開いた。
「宇宙ステーションが落ちた理由がテロだと世界に知らされて、世界は大騒ぎになる。そこへ運悪く関東に大地震が襲うの。日本の後は、アメリカ西海岸も中国もイタリアも、各地で自然災害が続くの。そしてその自然災害の混乱に乗じてどこかの国が攻めてきて、それをきっかけに世界戦争が起こる。核兵器も使われる。どれだけの人が死んじゃうのか想像できない……」
始まりの合図は流れ星ではなく宇宙ステーションの落下だった。でも総理大臣が密約を結んでしまえば、これらの破滅的未来は起こらないという、まさに究極の選択だ。
「これを止めるのは私しかできないと思ってるし、パパしかいないと思ってる。まだ時間はあるからパパに話してみる」
ミヒロが目に涙を浮かべながら話す姿を見た僕は、怒りの感情が抑えきれなくなっていた。なぜ高校生のミヒロが大人たちの事情ここまで悩み苦しんで悲しむ必要があるのだろうか。すると、ヒメからさらに絶望的な一言が飛び出した。
「ミヒロには悪いけど、どっちに転んでも世界は終わるよ。もしもミヒロのパパが密約を結んでも、結局、兵器を買うことが発端で隣国から苦情が来て新たなトラブルが生まれる。地球が破滅するまで何年かは時間稼ぎができるかもしれないけど、やっぱり私が見た地球の未来は荒廃してた。結果はどちらも同じなんだよ……」
ここでセミナー室の予約時間を迎え、今日は解散となった。四人そろって図書館を出て、駅前で三人と別れるまで一言も会話はなかった。ミヒロが突然いなくなりそうで心配だった僕は、別れ際にみんなに告げた。
「来週の水曜日に絶対にまた勉強会で会おう。何か良いアイデアがあったらみんなで連絡取り合ったりしよう。絶対に。」
◇
長い夏休みも終わりに差し掛かり、充分なほどの夏の思い出ができた僕は、帰りの電車の中でいろいろと考えた。が、所詮は高校生の自分に世界を救うアイデアなど浮かぶはずなかった。いつの間にか電車は潮騒駅に着き、いつも通り母がロータリーで待っていた。車の助手席に乗り込むと母が笑いながら僕をからかった。
「お昼前に暗い顔して帰ってくるってことは、彼女にフラれちゃったかな? デート失敗かな? 元気出せよー。うふふ」
(確かに暗い顔してるけど、これは違うんだ)
そう思いながらも、こうしてかまってくれる母の言葉に珍しく愛情を感じた。いつもならすぐさま否定して言い返すところだが、母の笑顔さえ見られなくなる日が来るかもしれないと思ったら悲しくなった。先ほど聞いた話を今ここで母に相談出来たら少しは気も楽になるだろうが、当然そんなことはできなかった。
部屋に戻った僕は受験勉強をいったん中止して、良いアイデアが思い浮かぶまで徹底的に考えようと思った。一日くらい勉強をサボって受験に落ちるほど成績も悪くなかったし、実際、先日の模試の結果もA判定、つまり合格可能性八十%以上だった。さらに、これは非常に考えがいのある良問でもあった。これを解決すれば、どんな難関校の試験問題にも対応できそうだ。
そう意気込んだものの、結局夜になっても何も思いつかずに僕はベッドの上で寝ころんでいた。寝ころんだ視線の先に、クローゼットがあった。
(そういえば、ここに剣をしまっておいたんだったなぁ)
そう思ったら、ふと雪女のことが思い浮かんだ。あの剣が近くにあれば僕は不思議な夢を見ることができて、僕の守護霊でもある雪女とも話すことができたわけだ。しかし、雪女が守護霊だとすれば、この難題の答えを導き出せるのではないだろうか。
(これは妙案かも!)
と思ったが、雪女と会うための剣は没収されてしまった。雪女はしばらくコミュニケーションが取れなくなると予言して、その通りになった。でもその後に僕たちは再会するとも雪女は予言していたはずだ。ということは再び剣が戻ってくるということだろうか。剣は今頃、どこかの調査研究所あたりで、無益な検査を受けているはずだが、そろそろ、『ガラクタでした』と戻ってくるのかもしれない。僕は剣に可能性を見出し、ヒロトに剣の様子を聞いてもらうためメッセージを送った。
ところが連絡を待っていたヒロトからは、翌朝になっても昼を過ぎても一向に返信がなかった。その日は補習を休んで自宅で自習していたが、窓からオレンジ色の光が差しこみ始めた時、ヒロトではなくミヒロから全員宛てにメッセージが入った。状況に変化があったのだろうか。僕はスマホを手に持ちベッドに寝ころんでミヒロのメッセージを読み始めた。
『みんな、この前はありがとう
気持ちも固まったよ
ヒメが言う通り、どっちを選んでも世界は滅ぶかもしれない
でも、少しでも地球の終わりを長引かせたいって思った
だから今日パパと話しました
テロを起こさないことが大事だって
宇宙ステーションを落とさないでって伝えました
じゃないと世界戦争が起こるよって
でも、よく当たるヒメの予言だよって言っても信じてもらえませんでした
当然だよね
パパの考えとしては兵器や基地は増やしたくないって
日本を平和な国にしたいんだって
もしもパパが総理を引き受けなかったら
ほかの人が総理になって契約を結んでしまうって
だから自分が総理になって断固として断るんだって
平和の決断が大戦争になるんだって言っても
信じてもらえませんでした
今日はここまで
みんなごめんね』
涙が出そうになった。どうしてここまでミヒロがつらい思いをしなければならないのだろうか。かと言ってなにも打つ手のない僕は、なおさら藁をもつかむ思いが増した。
(もう雪女に会うしかない)
僕はミヒロにねぎらいのメッセージを送り、すぐさまヒロトに剣の返事を催促した。すると、やっと夜になってヒロトから回答が返ってきた。
『実はマズイことになった。成分調査をしたら隕石に近い成分がみつかったらしくて、ツタンカーメンの剣以来の大発見とか騒いでるみたい。今度再検査するって』
予期せぬ事態だった。確かにツタンカーメンの剣が隕石から作られたという研究発表は過去に聞いたことがあった。もしもそれと同じだとすれば、大ニュースになるだろう。そうなったら町長は再び国から予算を引っ張って古墳公園を改修して、剣だけをメインにした展示館なども作り始めるかもしれない。つまり、剣はもう二度と返ってこないということだ。
『それはまずい! もしかしたら剣が世界を救うかもしれない! 考えがあるんだ!
ヒロトのお父さんになんとかして取り戻してもらうように頼むことってできない?』
すぐにヒロトから返事が来た。
『わかった、今すぐ掛け合ってみる!』
もはや祈るしかなった。それでもだめだったら、いよいよ世界の終わりだ。
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