第10話
「右だって! だから、右だって言ってるでしょ!」
セイラムの金切り声がインカムから鳴り響く。
「うるせぇなあ! 分かってんだよ! きゃんきゃん耳元で騒ぐな!」
「なぁ――!?」
セイラムの悪態が途中で途絶えた。けど、それは俺も同じだ。
疾風が俺へ目掛けて吹き荒れる。接近されてはじめて、〝あいつら〟だと認識する。間一髪で避けた俺の目は思わず通過した者を追った。
「速ぇ!」
去っていく白燐を見送った瞬間、目の端に光るものを捉えた。
「ヤバッ!」
間一髪でかわす。
ワイヤーが俺の目の前を通過した。
そのままワイヤーは白燐の手元へ戻る。
「あれに捕まったら終わりだぜ」
第二撃が来る前に俺はその場を離れた。ちらりと闘技場の端に目を配る。マネイナとハイガちゃんが倒れていた。
「――チッ。あと何分だ?」
呟いた独り言に、律儀に応える声が。――ピピッ。
『二分です』
「ああ~! まだそんなにあるのかよぉ!」
弱気を吐き出して、俺はとにかくワイヤーに捕まらないように動き回った。
追尾してくる白燐を振り切ったと思ったら、目の前からリトナが猛スピードで駆けてくる。リトナの腕から発射されるワイヤーは矢のように素早く俺を目掛けて飛んできた。
「チッ!」
舌打ちして身を翻した。その刹那、ワイヤーの先が俺の腕をかすめた。
「うわあっ!」
裂けるような鋭い痛みが腕を駆け上って一瞬で全身を巡った。ビリビリする余韻が腕に残る。――電撃だ。
「――ィッテェ!」
小さく叫んだ瞬間、細めた瞳いっぱいにリトナの顔が現れた。
ぎくっと心臓が震える。
「ごめんな。之騎ちゃん」
(だから、ちゃんづけは止めろって――)
そんなくだらないことが過ぎった瞬間、俺の目は俺の腹を摘もうとするワイヤーを捉えた。
(ワイヤーが戻って……!)
「くっそ! C・B! 迫撃砲ぉお!」
「……!」
『了解しました』
凄まじい爆音と共に迫撃砲が発射される。迫撃砲は誰にぶち当たることもなく、空いた空間を通過して行った。
「やっぱ逃げたか」
迫撃砲が放たれる瞬間、リトナが俺から離れたのは見えた。
「ひっどいなぁ。あの距離で当たったら見れたもんじゃなくなるじゃないか。キミだってヤバかったよ?」
「テメエは逃げるだろ」
振り返った先にリトナがいた。併走して走りながら、リトナを睨みつけた。
「お褒めのお言葉として取っておくよ」
「だからウィンクすんなっつーの!」
こいつ、蒼人でもねえくせに、なんでこんなに足が速いんだよ。平気で俺に並走してくるし、白燐と鋼朱(クイーチームのもう一人)と速さが全然変わんないぞ。
「キャアア!」
突如悲鳴が轟いて俺は思わず足を止めた。
「ゲッ。ヤバッ!」
反対側でセイラムが白燐と蒼人の男子、鋼朱(こうしゅ)に捕まっていた。ワイヤーが双方から伸びてセイラムの体に絡んでいる。
「もうダメだね」
リトナの言葉どおり、セイラムは膝から崩れ落ちて地面に伏せた。マネイナやハイガちゃん同様、電撃攻撃食らっちまったか。
「おい、C・B。あと何分だ?」
『五十三秒です』
(五十三秒……俺独りで出来るか?)
不安が駆け上って来たのと同時に、セイラムのところから白燐と鋼朱が駆けてくるのが見えた。
「チッ!」
向ってくる白燐と鋼朱、ついでに並走してるリトナ目掛けて迫撃砲を撃ち込む。白燐と鋼朱の手前に落とした迫撃砲はモクモクと煙幕を作り出す。
リトナも避けてるだろうが、今は良い。一瞬のめくらまし中に俺はリトナの目を盗んで後方へ転換した。
全速力で駆け出す。
風を切って、
「オーバーソードナイフ」
『了解』
「微振動を切れ」
『了解』
煙幕の先に二つの影。抜けてくる。そのタイミングで、オーバーソードナイフを横一線に薙いだ。
驚いた白燐と鋼朱の顔、手には確かに鉄と肉に当たった感触が残る。
不意に首だけで振り返ると、目の前にはワイヤーが。
(ヤバッ!)
――バチンッ!
反射的に手で弾いた。その瞬間痛みが駆け抜ける。
「――ッ!」
(イッテェ!)
腕を押さえたとき、視界に何かが乱入してきた。
(ワイヤー!?)
ぞっとしたものが背を駆けた。
(もう一本あったのか!)
咄嗟に身をよじった。ワイヤーが頬、擦れ擦れを通過していく。回転しながら、その先を目で追う。その先には、俺にすっ飛ばされて転びながらワイヤーを延ばす鋼朱の姿があった。その隣には同じように地面に背をこすりつける白燐の姿が。
バランスを崩して転びながら、あいつら俺にワイヤー投げやがったな! 弾いたのは先に届いた白燐のワイヤーだけだったってわけだ。
(どうする?)
瞬時に自問自答する。
斜め横に跳躍して距離を取るか? それとも、速攻しかけて白燐達が立ち上がる前に一人潰しておくか?
(断然! 後者だろっ!)
足に体重をかけた瞬間、
「残念」
ぞくっと背筋を悪寒が走る。
(後ろ?)
「俺を忘れてない?」
振向きざまに胴体が引っ張られ、後ろへ向う。
(腹にワイヤー! ヤバイ、捕まれた!)
そう思った途端、俺は猛スピードで回り込んできたリトナに真正面から腕をつかまれて立ったまま押さえ込まれた。
「リトナ!」
「悔しそうだね。之騎ちゃん」
「だからちゃんってつけんな!」
「うん。文句を言ってる唇もイチゴみたいで可愛いけど――」
二本のワイヤーが飛んで来て、俺の両腕に巻きつく。
「悲鳴もきっと似合うんじゃないかな」
金色の髪がライトと汗で光って白銀に輝いた。でも、赤い瞳はそれ以上に爛々と輝く。
「おいおい。お前やっぱ変態かよ」
「……絶体絶命のピンチのわりには、余裕だね」
探るような目線でリトナは俺を見た。俺は黙って不敵な笑みを返す。
「あんた達ってろくに作戦も立てないの?」
突然やかましい声が聞こえた。
(良しっ!)
俺はその声に紛れて、極低声で、
「C・B。あと何秒だ?」
『三十二秒です』
(三十二秒か……。よし、行ける!)
右腕に巻きついたワイヤーの先から白燐が悠々と歩いてきた。白燐は嘲笑あらわにさっきみたく、声高に語った。
「まあ、あんなチームの状態じゃぁ、作戦なんて立てられないんでしょーけど。ちょっとは連携くらい取ったら? てんでバラバラに動いてて楽勝だったわよ」
「の、わりにゃぁ時間かかったな。電光石火のクイーチームさんよ」
俺の挑発に、白燐は眉を顰めた。白燐だけじゃなく、左腕の先から、彼女と同じペースで近づいてくる鋼朱も若干の表情の変化を見せた。もちろん、不愉快な方に。
「そうだね。本来ならもう決着がついて今頃ティータイムかもね」
「爽やかに嫌味言うじゃねぇか。リトナ」
「ごめん。今ちょっと、興奮してるんだ」
ガチの変態かよ。
「知ってるぜ」
「何を?」
リトナがきょとんとしたところに、白燐と鋼朱が合流して俺を取り囲む。
「なんでお前らが俺を捕まえてるのか」
「……?」
三人は三様、怪訝な表情を浮かべた。白燐はなに言ってんだこいつって侮蔑あり。で、鋼朱は本当に怪訝のみ。リトナは俺がなんて言うのか当たりがついてそうな表情だ。
なるべく不敵に、余裕ある感じで俺は笑った。
(時間を稼がなきゃ。あと、十数秒かそこらだろ)
「ハイガちゃんのときは、開始直後、白燐と鋼朱で取り囲んで一斉に電撃浴びせてたろ。捕まえてすぐだった。マネイナのときも同じ。捕まえたら一秒も経たないうちに地面に沈んでた。ワイヤーは攻撃を仕掛けてるときはずっと電気びりびりだったのに、なんで俺のときは捕まえるだけなんだ? その理由は――」
ぴくっとリトナの腕が動いた。ワイヤーが僅かに放電しだす。
(ヤバイ……。電撃、来る)
――ピピッ。
『ゼロ。開始時刻です』
C・Bの声は轟音にかき消された。ミサイルが発射する爆音だった。
目の前のリトナが振り返った。が、間に合わない。そのまま横っ腹を小型ミサイルが直撃した。
爆風が巻き起こる。
風に撒かれて、俺は悲鳴を上げながら転がった。
「ううっ……」
混乱する頭を振って起き上がった。白燐と鋼朱がすぐそばで倒れている。俺につられて一緒に転がってきたらしい。
そこに、すたすたと歩いてくる二人分の足。その一足。小さくても、しっかりとした足取りを捉えた。視線をスライドさせて、そこにある優しげな顔を確認する。
「ひっでーな。ハイガちゃん」
ハイガちゃんはにこりと笑って、「すみません」と小さく頭を下げた。
「でも歩神の防御力でなんともないでしょう?」
にこりと笑んで、ハイガちゃんは首だけで後ろを振り返った。
後ろにはマネイナがいた。起き上がろうとしていた白燐にマシンガンを突きつける。ハイガちゃんも、鋼朱に銃を向けた。
「作戦、終了ですね」
ハイガちゃんが晴れやかに告げて、試合は無事終了した。
*
――数時間前。
寮から学校への道すがら、ハイガちゃんに声をかけられた。
そのままハイガちゃんについていくと、寮の裏でマネイナと不機嫌な表情のセイラムが待っていた。
「で? なんの話なわけ?」
ハイガちゃんを見ながらつんけんしたところを見ると、俺同様何も知らずにハイガちゃんに呼ばれたらしい。
マネイナも促す瞳でハイガちゃんを見る。
「一昨日のことは、私が悪かったです。謝ります」
「そんなことねぇよ。ハイガちゃんは何回も謝ったし。悪いのは俺らだって一緒だよ。つーか、ややこしくなったのはセイラムが文句言ってきたからだし」
「はあ!? わたしが悪いって言うの!?」
「そーじゃねえか」
「二人とも止めて下さい。話が進みません。ハイガ、用件はそれだけですか?」
「マネイナ。冷静に止めに入ってるけど、お前は悪いと思わないわけ?」
マネイナは俺を一瞥した。悪びれない表情で言葉を濁す。
「悪いところはあったかも知れませんが」
その口調が、裏の意味を報せた。
(ぜってー自分は悪くないと思ってるよこいつ)
このチームはプライド高いやつばっかだな。
「マネイナの言う通り、仲が悪くても、許せてなくても、わだかまりがあっても、こと戦闘となれば休戦にしませんか?」
ハイガちゃんは面と向って俺達に提案した。その表情は真剣で、少し緊張していたみたいだった。俺達は互いに顔を見合わせたけど、いの一番に答えたのはセイラムだった。
「わたしは別にそれでかまわないわよ。仲良しごっこをするためにこの学校に入ったんじゃないもの。わたしはわたしの価値を示せればそれで良いわ」
力強い、確固たる意志がセイラムの瞳から感じられた。
「……俺は、仲が良いに越したことはないと思うけど。仲の良さから生まれるアイコンタクトとか阿吽の呼吸とかあるしな。でも、まあ、無理してつるむ必要はないかなとも思うよ。ビジネスってことで」
個人的にはハイガちゃんとは仲良くしたいけど。
「そうですね」
マネイナが微かに笑みながら俺達を見据えた。
「自分は、立派な軍人を目指しています。軍隊に好き嫌いはなく、一兵卒は個ではなく全になり、指揮官になれば感情に流されず責務を全うしなければなりません。そういう意味においてもプライベートの好き嫌いの休止というのは良いことかと」
「だよな。切磋琢磨も良いけど、ちょっとクールでドライってのもかっこいいじゃん。チームとして」
「ありがとうございます。私も、その方がやりやすいです」
ハイガちゃんは振り切ったような、すっきりとした笑みを浮かべた。
「では、本題です。作戦会議を始めます」
*
「あんた達……! 作戦ってなによ? ハイガ、マネイナ、あんたら早々にやられたくせに!」
速水から終了の声が掛かると同時に白燐は吠えた。
突きつけた銃口を収めて、マネイナは白燐から離れる。同時にハイガちゃんも銃をホルダーに閉まった。
ちらりとリトナに視線を投げる。リトナは闘技場の端まで吹き飛ばされて倒れていた。
(ありゃ、大丈夫か?)
「貴女方の武器は、電流。超電導磁力によって半永久的に作られ続ける電気を武器にした」
マネイナに指摘されて、白燐と鋼朱はびっくりした表情を浮かべた。
「それに気づいたのはハイガです。クルミメチーム対クイーチームの対戦を見て、一瞬だけ上がった電流の光に気づいたそうです」
マネイナはちらりとハイガちゃんを見た。それを追うように、白燐と鋼朱の目もハイガちゃんへ向かった。促されて、ハイガちゃんは口を開く。
(本当は自分で説明とか苦手そうだけど)
俺は同情心を抱きながらハイガちゃんを見守った。
「超電導磁石の電圧をいじって上げて、それをワイヤーに伝わせて武器に変えているんだろうなということはすぐに予測が付きました。私もそれを考えたことがあったので。でも、私の技術では無理だったので、すぐに諦めましたけど……。でも、考えていた分弱点にも気づけたんです」
ぎくっと白燐と鋼朱の肩が跳ねる。
「電撃攻撃は圧力を上げる分、モーターに負荷がかかりやすい。もって十五分といった所でしょうか。それを過ぎると歩神が動かなくなるか、電気の補給が行われず、バッテリーに制限時間が設けられるようになる、か。はたまた、電圧によって熱を持った機械部分により体に支障が出るか。どうなるかは分かりませんでしたが、可能性として一番考えられるのが、この三つ全ての混合」
俺は白燐の首筋に目をやった。大量の汗が青っ白い肌の上に流れ落ちている。白燐も鋼朱も起き上がる気配がない。歩神が重くて動けないんだ。
「ですが、答えは起動不能と全身を包む高温でしょうか」
「――チッ!」
白燐が悔し気に舌を打った。
図星らしい。
「故に、電光石火で敵を仕留めなければならない。それが、クイーチームの強みであり、弱点でもある。そしてもうひとつ、弱点があります。それは、電撃を食らわせた相手もまた個体差はあれど、十五分かそこらで目を覚ますという点です。これは、クルミメチームが倒れてから目が覚めるまでの時間を医務室の先生から聞きました。そこで、私が立てた作戦はひとつだけ――時間稼ぎです」
ハイガちゃんは観衆の視線を受けて、決まり悪そうな表情を浮かべた。どうやら注目に耐え切れないらしい。それでもハイガちゃんは続けた。
「まず、私とマネイナが狙われるだろうことは予測していました。おそらく、開始直後に私は狙われて沈められるだろうって。自分でいうのもなんですが、先の戦いのあと、重力障壁についてあれこれ述べたので、厄介な人物だと見られる恐れは大いにありましたから。マネイナは……」
ハイガちゃんは気まずそうにマネイナを見て、「え~と」と言葉を濁した。
(スパッと言っちゃって良いのに。一番〝重い〟からだって。特に胸が)
見かねたのかマネイナ自身がため息を吐きつつ、
「自分は重装備だし、足もそんなに速くないので」
と言った。良い言い方だ。俺じゃ、重量級って言っちゃいそうだもんな。そんなことしたら、女子に総スカンされそうだけど。
「まあ、それで多分私達は早々にやられちゃうと思うので、セイラムと松尾さんに時間稼ぎをしてもらおうという魂胆で……」
申し訳なさそうに言って、ハイガちゃんは苦笑した。
「なるほどな――よくやった! 両チーム帰還せよ!」
速水の通る声が再び終了を告げ、俺は白燐に手を差し出した。彼女は不服そうに手を取って起き上がる。重いかと思ったけど、ひょいと起こせた。さすが岩をも砕く歩神だぜ。
ちらっとリトナの方へ視線を投げると、救護班がリトナを担架に乗せて運んでいく最中だった。
(ハイガちゃんの攻撃モロぶち当たってたけど、あれ、復帰出来るのか?)
俺はハイガちゃんに視線を移した。
ハイガちゃんは春南ちゃんだ。多分、おそらく。絶対。
でも、俺と同じ普通の日本人だったはずの春南ちゃんがあんなに容赦なく他者を攻撃出来るなんて……。
彼女は一体、ハイガちゃんとしてどんな生活を送ってきたんだろう?
観客席へと向う小さな背中を見つめながら、俺はそんなことばかり考えていた。
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