第7話
重力操作うんぬんは、超伝導磁力のコントロールを自動から手動に切り替えてやるらしいけど、俺達にはまだ荷が重いってことでC・Bにマニュアル的に断られた。
その代わりと言っちゃなんだが、歩神を着たまま身体測定みたいなことはやらされた。どうやら、データを取って、速水だかその上だかに送るらしい。
俺の成績は最高はA、最下位はEランク判定の中、Cランクだった。良くも、悪くもない。ただ、足は驚くことにチーム内でぶっちぎりで速かった。
判定はAランクのBより。全速力で五十メートル走ったら、二、五秒。百メートルだと六秒だった。一番遅かったのがセイラムで、百メートル走で九秒だ。
勝ち誇った笑みを送ったら、「アンタは蒼人(そうじん)だから当たり前じゃない!」と睨まれた。
負け惜しみをって鼻で笑ったけど、ハイガちゃんによれば蒼人と呼ばれる、主に蒼頡国に住む青白い肌の人種は総じて足が速い人が多いらしい。ちなみに身長も低い者が多いとか。
「アンタより速いやつなんか蒼人にはいっぱいいるわよ」と、セイラムがまた余計な一言を言ってきやがったが、俺は大人だから笑って許してやったぜ。どうせ、俺に負けて悔しかっただけだろうし。ちょっとカチンときたけどな。
ぶっちゃけ俺が一番驚いたのは、そのハイガちゃんだったりする。
ハイガちゃんは全ての測定をオールA判定で終えた。
ハイガちゃんと同じ、小麦色の肌に金色の目が特徴だという、隣国カンヘルに多く住むゴルトオランという人種に蒼人のような特徴があるのかと思ったけど、そういうわけでもないらしい。
ゴルトオラン人は科学者や医者などの研究者が多いらしいけど、特別筋肉が発達してるとかいうわけでもないらしい。強いて言うなら頭が良い人が多いみたいだ。
ちなみにセイラムやマネイナは、アフラ国に多くいる人種で、クシィル人と言って、比較的背が大きい人が多く、腕力が強い人も多いらしい。筋肉が腕につきやすいのだそうだ。
足が速い、力が強い、この人種特有の特徴は本来なら微々たるものなんだけど、歩神を装着するとその違いは如実に現れる。
それを証拠に、マネイナとセイラムは岩をどれくらい砕けるかという検査で、巨大な岩を粉々にした。俺は割れるくらいだったのに。
ちなみにハイガちゃんもマネイナ、セイラムと同じく岩を粉砕させた。ただし、ハイガちゃんとセイラムはマネイナに比べて砕けた破片が大きかった。ということは、このチームではマネイナが一番力持ちってことだ。
ハイガちゃんの優秀すぎる成績にマネイナもセイラムも驚いていた。
「すっげーなぁ。ハイガちゃん」って素直に褒めたんだけど、「あ、ありがとう」と戸惑ったように、ハイガちゃんは苦笑を浮かべていた。
(多分照れてたんだろうな。セイラムと違って謙虚だねぇ……)
俺は最初の歩神の訓練を思い起こしながら、目の前の列に目をやった。もうあと、三人で俺の番だ。
記憶を保管するために月に一回、こうして体育館に集まるらしい。ただ、これは任意で、受けたくないやつは受けなくて良い。その代わり、受けないやつは只今数学の授業真っ最中だった。俺は、数学なんてごめんだから、こうして記憶の保管にやってきている。
初めて受けるから、どんなもんかと緊張してたけど、椅子に座って白いヘルメットを被るだけだ。ヘルメットの後頭部からは線が数本延びてるだけで、受けてる生徒に変わった様子は何一つない。
セイラムはすでに終わって授業に戻っている。ハイガちゃんは受けないらしい。マネイナは俺のすぐ後ろだ。ふと思ったんだが、俺が死んだとき記憶はどっちが使われるんだろう?
俺から取った記憶か、元々保存してあるはずの夜茄の記憶か……。もしも夜茄だったら、俺はどうなるんだろう? なんとなく、不安が胸をかすめたとき、
「松尾之騎さん」
名前が呼ばれた。いつの間にか、俺の前の子まで終了してたらしい。
「はい」
俺は返事を返して、椅子に座った。その途端、緊張が込みあがってくる。ヘルメットが頭上に持ち上げられた。ヘルメットの内側は精密機械の内部のように込み入っていた。
(意外にハイテクだったんだ)
ヘルメットを被せられ、みんながやってたみたく目を閉じる。
すると、目の裏に走馬灯のようにこの一ヶ月のことが過ぎっていった。それも物凄い速さで、ぐるぐると目まぐるしく景色が変わっていく。酔いそうだ……。そう思ったとき、
「はい。終了だよ」
声が聞こえて瞼の裏は静かな闇を取り戻した。目を開けると、少しくらっとする。ぐっと目を閉じて開くとめまいは治まった。ふと医者だか科学者だかを見上げる。ヘルメットを持った白衣の男は見覚えのある顔だった。
「お前……! 確か、オンノとかいう」
「今頃気づいたのかい?」
ふふっと笑って、オンノはC・Bから発せられているらしい画面を見るしぐさをした。俺には見えないが、オンノには見えるらしい。おそらく、コンタクトをしてるからだろう。
「うん。異常はないみたい。まあ、キミの記憶が異常っちゃ異常だけどね」
興味深そうに呟いて、オンノはぱっと俺を見る。
「お疲れ様」
オンノは、もう良いよ。と暗に促したので俺は立ち上がって、「お疲れ様っした~」と軽く言って歩き出した。振り返るとマネイナが椅子に座ってヘルメットを被っていた。
*
教室に行ったらまだ数学の授業中だった。適当な席に腰を下ろして、C・Bを起動させると、教科書の文字が目に映る。
(うざってぇ)
これじゃあ、強制的に目についてサボるにサボれねえ。けど、起動させてないとばれたときに厄介だ。
このサノク士官学校では、訓練のほかに数学などの勉強の授業もやらなきゃいけない。
俺達のクラスのスケジュールは、一時間目に基礎体力作りという名の地獄の体育が終わると、朝食。二時間目に数学、三時間目と四時間目が歩神の訓練で、自主練と全体練習。五時間目に銃の訓練で、六時間目にまた歩神の訓練。ここまででまだ十一時だ。七時間目に歴史で、やっと昼食。しかもその昼食が、また慌ただしい。
朝食と違って昼食は上級生とも一緒だ。そうするとやつらは俺らの隣とか、前とかに座ってきて、質問という名の様々な攻撃を仕掛けてくる。
やれ、今日の天気はどうだ? とか、この方程式はどう解く? とか。ミトラの主要都市の名前をあげていけだの。名前はなんだ? だの、彼氏はいるのか? 誕生日は? 寮は何号室か……途中からただのナンパじゃねえか。ってな問答が矢継早に続く。
しかも昼食時間は十五分しかない。
毎回頭が混乱しそうになる。特に都市の名前を挙げていけとか、歴史の年表を言えとか、計算問題を出された日にゃあ……。うわああああ! ってテーブルをひっくり返したくなるぜ。
でも、不思議なことに暗記問題は生前の俺より断然出来るんだよなぁ……。都市の名前とか歴史なんて、教科書や地図を一回読んだだけでなんとなく覚えてるもんなぁ。
ハイガちゃんとマネイナによれば、この矢継ぎ早昼食も訓練の一環だそうだ。戦場で混戦状態に陥ったときとかに、様々な方向から跳んで来る指示や、攻撃に対応出来るようにするためらしい。
だけど、この矢継ぎ早昼食を受けなくてもいいやつらが存在する。昼食どころか朝食も夕食も皆と一緒に摂らなくていいやつら。
それが、ティタン教の信者達だ。ティタン教徒は全世界にいるらしいが、信者の数はさほど多くはないらしい。大戦になる前の小国だったアフラ国の宗教らしく、信者は人と飯を食ってはいけないらしい。
宗教の自由を許しているサノクでは、戒律を守ることを許可している。だからうちのクラスでも二名ほど、この矢継ぎ早昼食を受けない生徒がいた。
それが、時屡不とひょろっとしたオタク青年だった。
代わりにこの二人は、この訓練を食事時意外の時間に受けているみたいだ。
で、忙しい昼食の後は四十五分の休憩が与えられるが、もちろん質問にもたついてたらあっという間に休憩時間はなくなって、そのまま八時間目に突入だ。
八時間目は国語という名のアフラ語、蒼頡語、カンヘル語の授業だ。正式に軍人として派遣されるさいにどこの国に行っても良いように三ヶ国語を習う。マネイナやハイガちゃん、セイラム(――は、別に良いか)には悪いけど、俺は戦いに出るより先に春南ちゃんを見つけておさらばしたいところだけど……。
九時間目はひたすら隊列や陣形を組まされ続ける授業で、十時間目は、軍事についての授業。十二時間目が、歩神の特訓で、十三時間目は掃除。配置された場所を徹底的にキレイにしないと腹筋背筋の刑に処される。で、十四時間目が終わる午後五時半にやっと解放される。ちなみに、十四時間目はその日にならないと何をするのかは分からない。
というのが、歩神の訓練が始まってから三日経った今のスケジュールだ。
耳の側で――チチチチッと小さく音が鳴った。
「今日の授業はここまでとする」
数学の教師である六十代のおっさんが、いつものようにしかめっ面で教室を出て行った。ちなみに、授業の教師は軍を退いた元軍人が教えているらしい。
俺はおっさんを見送って、立ち上がろうと机に手をかけた。すると目の端にすらっとした指が映った。机の角に置かれた指の先には、セイラムが高慢ちきな顔で立っている。
「行くわよ」
「どこに?」
どこに行くのか知っててわざと意地悪してみると、セイラムもそれを察したのか、不愉快そうに眉を顰めた。
「まどろっこしいわね」
鋭い視線で睨まれたが、にやっと頬が持ち上がってしまう。
セイラムがどう思ってるか分からねぇが、セイラムとのこういうやり取りは実は案外楽しい。今のところ、俺が優位に立ててるからってのもあるんだろうけど。
「ハイハイ、行くよ」
にやにやしながら言うと、セイラムは鼻にしわを寄せて唇を引き攣らせた。片方から白い歯が覗く。
「おいおい、美人が台無しだぜ?」
「あら、わたしはいつでも美人よ。失礼ね」
セイラムは、ふっと鼻で笑った。でも、どことなく満足そうだ。
(〝美人〟がお気に召したか?)
褒められるのに弱いんだよな、こいつ。
セイラムはC・Bを軽く投げた。その途端、立ち尽くしたまま呆然と空を見つめだす。電脳世界に行ってるときの顔って、結構ぞっとするもんがある。
実際に脳はフル活動してるんだろうが、完全に思考停止してるみたいで気味が悪い。
(胸揉んでも気づかなそうだよなぁ……)
「っと、んなこと考えてる場合じゃねぇ。俺も行かねぇと」
俺はC・Bを高く投げて、手のひらで受けた。その途端、教室が塗り変わるようにして電脳空間へと変わった。
「遅かったじゃない。之騎」
セイラムは既に歩神を身につけていた。いつからだったか忘れたけど、セイラムはバグじゃなく、俺を名前で呼ぶようになった。
「まあな」
軽口を返して、俺はC・Bに命じた。
「C・B。バーチャル歩神起動」
『了解』
耳の側でC・Bの声がして、俺の身体を組み替えるようにブロックが現れて、一瞬にして歩神が装着された。
本当に歩神が装着されてるわけじゃない。あくまでも電脳世界、脳内で着ているだけだ。
「しっかし、本当に便利だよなぁ。訓練したいときに、どこでも出来るなんてさ」
拳をグーパーグーパーして、歩神の感触を確かめる。本当に現実世界で装着されてるみたいだ。
「早く始めるわよ」
「はいはい。分かったよ」
俺はにやっとした笑みを作って構えた。
『これより、セイラム・ハルティン対、陽夜茄(ヤンヤナ)の試合を開始します。――三,二,一――GO!』
C・Bの掛け声と共に、セイラムと俺は同時に走り出した。すごい速度で並走する。
「C・B。マシンガン」
『了解しました』
現れたマシンガンを手にとって、俺はセイラムに向って銃弾を浴びせた。が、セイラムはそれを全て避けきり、両肩に現れた複数の砲身から小型ミサイルを三発発射させた。
ピピッという小さな音と共に、ミサイルの落下予測地点が映し出される。俺は思い切り後方へ蹴った。風を切り、瞬く間にセイラムとロケットから離れた。
その途端、着弾しそうになったミサイルが急に向きをかえ、跳ね上がるようにして俺を追ってくる。
「追尾型か」
冷静に呟くと同時に、俺の足は地面へ。そのまま前方に向って思い切り地面を蹴った。空間が割れて、すぐに戻る。現実世界で戦ったら地面がこれくらい割れますというシュミュレーションだ。
俺は鼻歌交じりに迫り来るミサイルの間を縫うようにして切り抜けると、もう目の前には目を見開いたセイラムがいた。
セイラムは舌打ちし、後ろへ跳ねるがその足を掴んで地面へ叩きつけた。一瞬、苦痛に歪んだ顔をして、セイラムは俺を睨みつける。
「C・B――」
命令しようとしたところで、俺は持っていたマシンガンの銃口をセイラムに突きつけた。
「終了、だな?」
「……っ!」
悔しげなセイラムの呻き声を残し、終了のブザーが高らかに鳴り響いた。同時に、後方から迫ってきていた小型ミサイルも掻き消えた。
「よっしゃあ! また勝ったぁ!」
両手を掲げた俺の後ろから、
「先に戻るわ」
悔しさを抑えた冷静な声音が聞こえ、振り返ると同時にセイラムの姿が消失した。
「俺も戻るか」
独り言を呟いて、俺はC・Bに命じた。
「戻る」
『了解』
空間が乱れたと思ったら、もうすっかり見慣れた教室に戻っていた。目の前にいたはずのセイラムの姿がない。
教室中を見まわしたが、セイラムの姿は見えなかった。ちなみに、セイラムとつるんでる白燐の姿もない。
「この後移動ですよ。準備しました?」
声をかけられて振り向くと、ハイガちゃんがフィットスーツを胸に抱えて立っていた。
「相変わらずセイラムと試合してるんですね」
「ああ。あいつがやろうって誘ってくるからな。多分俺に勝つまで止めねぇんじゃないかな?」
「ふふっ……。セイラムが勝ったのって、初日の試合だけですもんね。この二ヶ月で松尾さん、すっかり強くなっちゃったから」
うちのチームで一番強いハイガちゃんに言われてもなぁ……。
「なんか、あの後すぐにコツっつーか、掴めるようになったんだよなぁ。もしかしたら、これって夜茄の感覚なのかも知れんねーけど。体が覚えてたってやつ?」
「……へえ」
ハイガちゃんは微妙な表情で頷いた。
苦笑のような、心配なような、色んな感情が混じってそうな表情。
「……ハイガちゃんはさ、俺の言ってること信じてくれてる?」
「そうですね……」
歯切れ悪く呟いて、ハイガちゃんは笑った。今度は苦笑だとすぐに分かる。
「なんだよ、微妙だなぁ。やっぱ、信じてくれないかぁ」
俺が明るく言うと、ハイガちゃんは慌てて手を振った。
「そういうわけじゃないんですけど」
「良いよ。突拍子もない話だもんな。信じなくても当然だよ。ところで、セイラムはどこ行ったんだ?」
話題を変えると、ハイガちゃんは少しほっとした表情を浮かべた。やっぱ、信じてねえんじゃん。ちょっと拗ねた思いが過ったけど、まあ、しょうがない。
「セイラムは白燐と一緒にもう鍛錬場に向かいましたよ」
「そういや、次は本物の歩神での授業だもんな」
「そうは言っても、身に着けるだけで、結局バーチャルなんですけどね」
ハイガちゃんは、ふふっと笑って歩き出した。
「一緒に行きませんか?」
「あ、うん。行く行く」
珍しいな。
俺はハイガちゃんの隣に並んで、ちらちらと横目で見る。
ハイガちゃんから一緒に行こうって誘いを受けたのは初めてだ。ハイガちゃんは、大抵一人で行くか、マネイナ達と一緒に行動してる。俺はもっぱら一人で移動する。
「……今日は、マネイナ達と行かねぇの?」
探るように訊いたら、ふとハイガちゃんが顔を上げた。
「一緒のチームじゃないですか」
にこりと笑って、
「嫌でした?」
少し心配そうに眉根を下げる。
その表情が憂いをおびていて、胸がきゅんと締め付けられた。
「いや。全然、そんなことはないよ。むしろ、嬉しいっつーか」
(うわああ! なんで俺、こんなに緊張してんだぁ!?)
心臓がバクバク音を鳴らして、声が不自然に低くなった。
「そうですか。よかったです」
にこりとハイガちゃんは笑んで、前を向いた。
すぐに、向き直ってくれて良かった。
俺は、熱くなった顔を腕で拭った。
耳まで熱い……。多分、今の俺は相当赤い顔をしてる。
ハイガちゃんって、実は男たらしじゃないのか?
(今、俺女だけどな!)
皮肉いっぱいに自分に突っ込んで、俺は熱が引いた頬を強く擦った。
*
「セイラムって」
唐突なセリフに俺はハイガちゃんを振り返った。ハイガちゃんはまだ遠いムービングウォークの終わりを見つめていた。
「クシィル人は肩や腕に筋肉がつきやすいから、飛距離や威力の出やすいロケットランチャーとか、重いものを装備する人って多いじゃないですか」
「そうなの? ああ、でも、そういや。マネイナもそうだな」
「ですよね」
と言って、ハイガちゃんは俺を振り返った。一瞬だけ心臓が跳ね上がる。
(落ち着け、俺!)
「でも、セイラムって実はそういうの苦手そうだと思いません?」
「そうかぁ?」
「彼女、他のクシィル人に比べてちょっと細見っていうか、筋肉の付き方が私達とそう代わらないっていうか……そんな感じしませんか?」
「う~ん?」
俺は唸りながら、上を向いた。思い起こしてみると、確かにマネイナに比べてセイラムは華奢な感じがするのは確かだ。
マネイナは肩幅が広く、ボンキュボンだし、なんていうか骨格が太い感じがする。クラスメイトのクシィル人を数人思い出してみた。
「ああ……。確かに、そうかもな。マネイナと良くつるんでるオレンジ髪のクシィル人もモデル体型だけど、よく見ると筋肉すごいもんな」
「でしょう?」
「うん。あの子らと比べると、確かにセイラムは俺らとそう変わんねぇよな。背も俺よりちょっと高いくらいだし」
「ハーフか何かなんでしょうかね?」
「さあな。でも、検査でも岩粉々にしてたし、苦手ってわけでもねぇんじゃねえの?」
「出来ることと、得意なことは違いますから」
ハイガちゃんは含むように言って、すでに着きかけていたムービングウォークから降りた。俺もそれに続いて、
「なんでそんなこと気にするんだ?」
「そろそろ、試合を始める頃だと思いまして」
俺を振り返ることなく、ハイガちゃんは前を見据えたまま言った。
*
「これより、トーナメントを始める!」
速水が登場して早々、声高に吠えた。
「第一試合を始める。試合の順番はクジで決めるから、チームの代表者、前に出ろ」
(抜き打ちかよ!)
俺は各チームごと、一列に並んだ最後尾から三人を眺めた。俺の前にいるハイガちゃんと、その前にいるセイラムがちらりと後ろを振り返る。セイラムは一瞬だけだったが、ハイガちゃんはそれより少し長く振り返り、「どうしますか?」と小声で訊いてきた。
俺は視線を最前列のマネイナへ向けた。
「当然、わたしでしょ」
セイラムの低声が前方から聞こえてきたが、それは速水の、「次!」という号令でかき消されて、俺の耳には多分そう言っただろうというレベルでしか聞こえなかった。引き続き誰が行くのか、マネイナにも声をかけようとしたのか、ハイガちゃんが声を上げかけてまた速水の号令に邪魔された。
「次!」
「はい!」
俺はびっくりして肩を竦めた。あまりにも潔い返事だった。手をビシッと挙げて前へ躍り出たのは、マネイナだった。
どうやら次は俺達の番だったらしい。息をのんだ音が前方から聞こえた。多分、セイラムだ。ハイガちゃんは俺を振り返って、ちょっと困ったような表情をした。
いや、俺は大丈夫だよ。リーダーとか別にガラじゃねえし。なりたいとも思ってないし、という意味を込めてにやっと頬を持ち上げたけど、ハイガちゃんは微妙にかぶりを振った。
(違うのか? じゃあ、どういう意味だ?)
ハイガちゃんは、俺の表情での促しに答えることなく、前を見据えた。俺もつられて前方を見る。マネイナが速水のところまで行って、既にくじを引いているところだった。それを速水に渡すと、どことなく嬉しそうにチームのところまで戻ってきた。
そうして八チーム全部が引き終えて、速水が声高に叫ぶ。
「チーム分けは以上だ。これより試合を開始する! 地下三階、演習場Aへ移動せよ!」
すでに起動していたC・Bから、眼球に直接チーム分けが発表された。目の前に、トーナメント表が映し出される。
俺達の一戦目は、アティスチームとだった。ちなみに、俺達はエスラというチーム名だ。チーム名は発足時から決められていた。八チーム全部が、古代の軍神の名前らしい。俺達のチーム、エスラは攻撃の女神であり、輪廻の女神であると言われていたらしい。
アティスは……なんだったかな?
「なあ、アティスってなんの神だっけ?」
すでに散開モードになって、動き出そうとしていたハイガちゃんに声をかける。ハイガちゃんは振り返って、
「アティス? え~と、確か防御の神ですね。次の対戦相手のことですか?」
「うん。アティスって、どんなやつらだったけ? 俺自分以外のチームって興味なくてさぁ」
「アティスは、ジャーニスのいるところですよ。あと、青鈴(せいりん)。ほら、二人はマネイナと私とよく一緒にいる二人です」
「ああ。モデル筋肉のオレンジ頭と、青い髪の背の低い子か」
「ふふっ。はい」
ハイガちゃんは微笑を浮かべて頷いた。が、
「ちょっと、マネイナ!」
剣のある声音が俺とハイガちゃんのまったりタイムを邪魔した。
(せっかくの時間を!)
うっとうしく思いながら見ると、セイラムがマネイナに突っかかっている。
「なんでアンタがクジ引きに行ったわけ?」
「……」
問われてマネイナは、一瞬考えるように間を置いた。
「ああ。特に他意はなかったのですが」
「ふっつー、相談するわよね? リーダー決まってなかったんだから!」
呆れ、とも嘲笑ともとれる笑いを漏らしながら、セイラムはマネイナを責めた。
「まあ、まあ、良いじゃないですか。済んだことなんだし」
ハイガちゃんが仲裁に行ったが、セイラムは不愉快そうな顔つきで睨み付けて、マネイナにぼそっと吐き捨てるように言った。
「普段、協調性がどうとか言ってるくせに、自分が出来てないんじゃない」
「だから、それはすみません」
「だから? それは?」
その一言は余計なんじゃないの? とでも言いた気にセイラムは強調した。
「おいおい、セイラム。ちょっとお前イラつきすぎなんじゃねぇの? たかがクジだろ」
「たかが? あれは、チームリーダーが行くんだったのよ。あれじゃ、マネイナがリーダーじゃないっ!」
セイラムは悔しそうに親指の爪を噛む。
(お前はそんなにリーダーになりたかったんかい)
「まあ、マネイナはそう見せたかったんでしょうけど」
ふんと鼻を鳴らして、セイラムは嘲笑気味に頬を引き上げた。
「そう見せたかった? 誰に?」
俺の質問には誰も答えてくれなかった。代わりに険悪な雰囲気が漂う。マネイナまでもが、セイラムを睨み付ける。
(あ~……怖ぇなぁ。女同士の争いって、なんでこんなに居たたまれなくて怖いんかなぁ?)
「もう、いいかげんにして下さい!」
険悪な雰囲気を一蹴するように、強い口調でハイガちゃんが言った。俺はびっくりして、目を丸くする。ハイガちゃんが言ったとは思わなかった。優しいハイガちゃんから、こんなに厳しい声音が出るなんて。
「マネイナが誰にも相談せずに行ってしまった憤りは分かります。でも、マネイナも先頭にいたから出ただけかも知れません。そもそも、隊列を組んでいるときに私語はご法度です。だから、あの時点でチームリーダーを決めていなかった私達全員に責任があるとは思いませんか?」
周りを見て下さい――と、ハイガちゃんは促して、
「他のチームは揉め事は起きてません。ということは、あらかじめリーダーが決まっていたか、気にしていないということです。過ぎたことは戻りません。私達全員に非があったということで、もう忘れて下さい。良いよね? セイラム。マネイナ」
二人は渋々、というか、戸惑いながら頷いた。
無理もねえ。俺もハイガちゃんのリーダーシップぶりにびっくりしてる。
(もう、リーダーはハイガちゃんで良いんじゃねえのか?)
つーか、なんか、この感じ、どっかで覚えがあるような気がする。
「じゃあ、移動しましょう」
ハイガちゃんがにこりと微笑んで、俺達は同時に返事を返した。
「はい」
*
地下三階へ階段で下りると、踊り場の扉はすでに開かれていて、潜るとすぐに円形闘技場だった。観客席らしいところから下へ降りていく。観客席には椅子などは置いてなくて、緩やかな坂があるだけだ。柵もなく、闘技場との間が一メートルくらい高くなっている。
そこから飛び降りて、俺達は整列した。
正面には大きなモニターがあり、その横にはエレベーターが設置されていた。エレベーターで三階へ下りると、直接闘技場に上がれるらしい。
「これより試合を開始する! レシェフ対ポチトリ。前へ出ろ! それ以外の者は下がれ!」
速水の号令を受けて、俺達は観客席と思われる坂へ戻った。レシェフチームとポチトリチームが向かい合って並ぶ。
レシェフチームは、初回の地獄マラソンで余裕綽々だった時屡不と、同じく余裕を見せたぼっち系少女、石煌(シーファン)。あともう一人は、おそらくハイガちゃんと同じゴルトオラン人の、いつも一人で機械をいじってるオタクだ。たまに、モテ男の金髪と一緒にいるところを見るけど。
一方、ポチトリチームは、やけにスタミナがありそうな体格の良いのが二人。同じく体力がありそうな筋肉たっぷり女一人の編制で、おそらくみんなクシィル人。
俺達以外は、全員三人編制だ。多分、俺が途中から加わったから俺のチームだけ人数が半端なんだろう。
「この試合、実弾を使って行う。負傷しても科学医療チームが再生を行うから、安心して戦え、殺しても構わない。クローンがあるからな」
「……マジかよ。ひでえこと言うな」
ぽそっと俺は呟いた。思わず頬が引き攣る。普通、生徒に殺しても構わないなんて言わねえだろ。マジで、とんでもない鬼教官だよ。――つか、実弾なの?
「ポチトリとレシェフ、その名に恥じないように戦え」
速水が両チームに言い聞かせるように言った。
(その名に? 神の名だからか?)
俺が首を捻ると、隣にいたマネイナが、「神の特性をチームも反映しているのです」と、誇らしげに語ってきた。
「へえ。そうなんだ。でも、どうやって分かるんだ?」
「それは、決める教官(マーム)の力量次第です」
「ふ~ん」
つまり、教官がこいつらにはこの神が合うかなぁって理由でチームに選抜するのね。もしくはそうなる可能性があるやつらを組ませてるってことか。
「じゃあ、俺らって?」
「自分達は女神エスラですから、攻撃の神ですね」
「へえ。確かに、俺らってあんまり防御しないもんな」
「ええ」
マネイナは満足そうに頷いた。意外だったんだけど、マネイナも実は攻撃型だ。俺とセイラムより防御をすることもあるが、基本、攻撃が主だ。ハイガちゃんはオールマイティって感じで攻撃も防御もするけど、攻撃に転じたときの方が強い気がする。まあ、ハイガちゃんと手合わせしたことはまだないけど。
俺はもっぱらセイラムとだからな。
「じゃあ、ポチトリとレシェフは?」
「ポチトリは、追尾、追跡の神ですね。ポチトリチームの試合は見たことがありませんが、おそらくその名に恥じない物でしょう」
「うん。あのチームは、本当にそれが得意だよ」
俺の右隣にいたハイガちゃんが、マネイナを見上げながら口を挟んだ。
「そうなの?」
俺が訊くと、ハイガちゃんはうんと頷く。
「三人とも、ガタイが良いから迫撃砲を多く持てるし、スタミナも結構ついてきてるからか、持久戦をしたがるんですよ」
「へえ……。え、でも何でそんなに詳しいの?」
「えっと、あはは」
「いやいや、苦笑して誤魔化そうたってそうはいかないよ。ハイガちゃん?」
「その子、色んなチームとやり合ってるからでしょ」
突然割って入った声音に振り返ると、マネイナの横で不機嫌そうにセイラムが腕を組んでいた。ちらりとハイガちゃんに目線をやると、鼻で笑う。
「休み時間とか放課後に色んなチームに行って試合してきてたらしいじゃない」
「正確には、してません。見てきただけです」
「敵情視察ってやつ?」
口の端を持ち上げながら、セイラムはハイガちゃんに視線を向けた。相変わらず高慢な感じではあるが、認めてるってのは見え見えだった。
「敵情っていうか……まあ、やるからには完璧にしたいので」
ハイガちゃんって、完璧主義者か。
微苦笑を浮かべて、ハイガちゃんは前に向き直った。
「でも、レシェフはどんなチームなのかは分かりません。入れてもらえなかったので」
「ふ~ん。あっちも試合を見据えてたのかしらね」
セイラムも考え込むようにして前を見据え、ハイガちゃんは目線は前に向けたまま、「さあ?」と微笑んだ。
「で、レシェフはどういう神なの?」
俺が三人に訊くと、一瞬空気がぴりついた。
(なんだ? なんかヤバイことでも訊いたか?)
マネイナが真剣な表情で口を開いた。
「レシェフは、死と矢の神です」
「……死?」
俺は思わずレシェフチームを凝視する。
「そんな物騒な」と、苦笑を漏らしたが、この時点ではまだ、たかだかチーム名。本当に名が体を表すわけねえと高を括っていた。
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