アデノイダー・牛介
斎藤秋介
アデノイダー・牛介
最初に言っておくが、おれはキメラだ。
したがって人権はない。
見た目も人間というよりは、「牛」に近い。そもそも名前が「牛介」だし、みんなも省略しておれのことを「牛」と呼ぶ。「介」という文字は、科学者としての最期の良心と、おれにわずかの人間性を残すために適当に付け加えたらしいが、まあ実生活で使われないのだから意味がない。
おれを作成した人間はふたりいて、それぞれ男性と女性らしい。これは両性具有の価値観をそなえさせるためらしい。しかし、けっきょくのところ「牛」という文字については究極的な見解の一致、「介」はどちらがつけたのか依然として教えてくれない。……おれは判明したほうを恨もうと思う。
『アデノイド計画』――人類がそう名づける実験によって、おれは誕生した。まあ、ひらたく言えば『デザイナーベビー』ってやつだ。この実験が施行されるまえ、周囲の誰もが反対した。人間の遺伝子操作は国際法によって禁止されているからだ。しかし、それはあっけなく解決をみた。なぜなら、「おれは人間ではなかったから」である。おれは牛であるから、「これは“人間の”遺伝子操作ではない」ということになる。
「ギュウちゃん! ギュウちゃん!」
おれのことを「ウシ」ではなく「ギュウ」と呼ぶのはこの子しかいない。「といれ」ちゃんだ。なぜおれにこんな美少女があてがわれたのか。性の問題は深刻だ。おれのような弱者が爆発することがあるとしたら、そこしかありえないだろうと科学者は読んだらしい。「チーズバーガーでも十分だろう」という論者もいた。しかし、けっきょくのところ――といれちゃんを用意するほうが「コスパが良い」と判断したようだ。
といれちゃんはおれと同じように人権がない。人間ではないからだ。扱いとしては無機物に近い。人類の排泄欲求を満たすために用意された“モノ”だった。
しかし、おれはいつもこう考える。――「といれちゃんが人ではないのなら、といれちゃんを利用する人間はなにものと行為しているのだろうか」とね。「普通、人は人としか行為しないはずだろう」――と。
いくら科学者が金で手に入れた女の子だからといっても、おれにも良心というものがある。……そう、「介」という一文字が。おれはかつて、この持論を周囲に訴えた。言葉は届かなかった。牛の鳴き声は、人間には解釈できなかったのだ。
「といれちゃん。おれのまえではそんなに気遣わなくていいよ。ほら、コンビニ・スイーツ買ってきたからさ。これでも食べて、ゆっくりしてなよ」
どさどさっ、と大量のコンビニ・スイーツが机のうえに落ちる。
「わー、ありがとう!」
綺麗な瞳をいっそう輝かせるといれちゃん。
いつも本気で喜んでくれるから、こちらとしても尽くしがいがある。お礼を言われるとこちらもうれしくなる。おれはといれちゃんとそういう“本当の心のやりとり”を繰り返してきたはずだ。
「あのさ、おれは……といれちゃんのことひとりの女の子だと思ってるし、本気で……なんていうか、“大切にしたい”と思ってるから……嫌なこととかあったら、おれにだけはなんでも言ってほしい」
といれちゃんは一瞬顔を伏せ、直後にキラキラと笑みを浮かべた。
「そんなふうにいってくれるのギュウくんだけだし、わたしほんとうにギュウくんのことだいすきだよ」
――とくんっ、胸が高鳴った。
「抱きしめて、いいかな……?」
「え? う、うん……」
といれちゃんはおれと触れ合うとき、いつも目を閉じる。いまも目を閉じ、背中にそっと腕をまわしてくれている。布越しでも伝わる肌のぬくもりが気持ちいい。――といれちゃんも、きっと同じ気持ちでいてくれているんだろうな……おれはそう、確信する。
「電気、消していい……?」
「え? う、うん……」
暗闇のなか、おれはといれちゃんの気配を探し続けた。
きみは悲しい人だ。けっして“モノ”なんかじゃない。きみは可哀想な人なんだ。人なんだ、たしかに人なんだ、たしかに、きみは……おれはそうささやきかける。なんども、なんども、鼓膜がやぶれそうになるんじゃないかというほどに、“真実の愛”を投げかける……。
おれの横顔はとても醜い。魚のように突き出た上顎が、もっとも特徴的だ。なるほど、たしかにキメラだな、と鏡を見るたびに思う。だから灯りを消す。およそ人類の顔とは言えない。しかし、せめてボノボくらいの感性は保っていたい。いつもそう思っている。……そして、そんなおれより哀れなのがといれちゃん、きみなんだ……だってきみは最底辺の存在に愛されている、それって女の子として“最悪”な出来事じゃないか……きみが人であるならば、その慈しみは究極の“侮辱”でしかない……。
「ごめんね。ごめんね。ごめんね……」
だから、おれはいつも最期に謝罪の言葉を贈る。
悪いことをしたら謝らないといけない。
どうやら、おれを設計した科学者たちは無駄に高尚な倫理観ばかりをおれに植えつけたようだ。その本能的な制限のせいで、おれはちっとも自由にこの世界を生きられない。いつだっておれは人々の幸福を願う聖職者だ。このクワイエットルームから抜け出したい。きみの手を引き、外に連れ出したい。
おれはその想いをといれちゃんに与えた。
「え? う、うん……」
つぎの日から、なぜかといれちゃんに逢えなくなった。
なんど申請を出しても、「予定がいっぱいだ」と断られてしまうのだ。
ばかやろうっ! ――盗聴器が仕掛けてあるなんて、聞いてないぞっ!
おれの脱走計画は盗まれたに違いなかった。
おれはどうなったっていいんだ。ただ、といれちゃんをここから逃がしたかった。卑劣なやつらに利用されるだけの存在じゃないんだ、きみは……っ! いくら科学者からおこづかいを――いくらたくさんもらえたって、そんなの意味ないよっ! きみは人生を削って得たお金で、人生を楽しんでいる……そんなの矛盾している――きみは騙されているっ!
おれの口呼吸はますます荒くなっている。形質上、おれは酸素を人類の1億倍消費する。それでも普段は問題ない。おれひとつの存在で酸素が尽きるほど、この星はちっぽけじゃない。緑に感謝だ。
しかし、この日はたぶん100億倍くらい激しかった。おれはそれほど興奮していた。一気呵成に部屋を飛び出し、科学者の研究室を見つけ出すまでのわずか30分のあいだに、おれは死にかけていた。
「はあ……はあ……おれはおまえを……ゆるさないっ……!」
といれちゃんが、科学者の腕にしがみついている。
「こ、殺してっ!」
――どういうことだっ? なにを言っているっ? ――「殺して」……と、そう言ったのかっ? といれちゃんがっ、いまっ……おれとっ、“真実の愛”をなんども確かめ合ったきみが……っ? なにがなんだかわからないっ……“おまえ”はなにを言っている……っ!?
「きさまぁぁぁぁっ! おれをうらぎったのかぁぁぁぁぁっ!」
「用済みだ、牛介。お前はいつも言っていたな、“コスパが悪い”と。そういうことだ。アデノイド計画は、完成したのだよ。お前のかわりはいくらでもいる。人類は元々、魚だったという説がある。私たちは、これから古代の世界をよみがえらせるのだ。人類がみな、お前のような弱者に先祖返りすれば、この星から争いはなくなる……たとえば、お前は“核”を撃とうと思うか? お前にその度胸があるか? 行動力があるか? お前の行為するすべては、いつも――“やさしさ”という欺瞞だったのではないのかぁ――っ!」
おれは両手をつき、膝をつく。……それはまるで、本物の「牛」のようで……。
「撃て、ない……」
「だが、私はお前を撃てる――これが――“やさしさ”というものだぁ――っ!」
黒光りした“それ”から、“弾丸”が飛んでくる。
「ありが……と……う……やっ……と、しね……」
お父さんが泣いている。おれは最期にそう直感した。
アデノイダー・牛介 斎藤秋介 @saito_shusuke
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