女とチューハイとクズ

 玄関のドアを開け、パンプスを脱いでリビングへ向かう。左手に下げたコンビニの袋が力なく揺れて狭い廊下の壁にぶつかるが気にしない。電気を点けてクッションの上に座り込みスリープさせていたノートパソコンを立ち上げて袋からチューハイと唐揚げを取り出した。自分と同い年のyoutuberがディズニーランドで豪華な食事を楽しむ動画を観ながらスマホで芦葉修司へLINEを送る。谷山翠のナイトルーティンである。動画が半分進んだあたりで缶チューハイは1本空き、唐揚げは2つ無くなった。

 こんな姿はしゅう君には見せられない。大学を卒業して、教授の推薦でそこそこの企業に入ることができた。私が福岡で就職することを伝えるとしゅう君は少し考えさせてくれと言って出ていってしまった。当然彼もついてくるものだと思っていたからひどく狼狽したのを覚えている。バイトもまともにせず、小説家になる夢を語りながら賞に応募するような作品は1つだってまともに書き上げたことの無い彼が私から離れて何かできると思っていなかったからだ。他に女ができたのか、そう疑ったが直感が否定した。彼は嘘が下手だ。結局理由も曖昧なまま彼は私から離れて埼玉に行ってしまった。泣いて引き止めるのは悔しかったからしなかった。いい女の余裕を見せたかったのかもしれない。

 食事を終え、自動再生される動画も見たことのあるものに変わってきた。スマホに視線を落とすがしゅう君に送ったLINEはまだ既読になっていない。この時間、彼はまだ働いているから仕方がない。仕方がないが、納得のいかないところもある。彼は私を愛しているのだろうかとふと不安になってしまう。夜に送ったLINEが朝になっても未読のままのことがある。昼時に送ったLINEに返信が来て、私が返すと未読無視が深夜まで続くこともある。何も毎回すぐに返信しろと言っているのではない。ただ、離れて暮らしている、触れ合ったり見つめあったりが簡単にはできない距離にいるのだ。こういった形でコミュニケーションを取らずに付き合っていると言えるのだろうか。あるいは、考えたくもないがしゅう君は私と別れるつもりなのかもしれない。何らかの理由で私に愛想をつかして、物理的に距離を置くことで自然消滅を狙っているのかもしれない。途端に脳内にしゅう君と親し気に話す知らない女の姿が浮かんだ。背が低く、肉付きの良いしゅう君好みのその女は一人で寂しくチューハイを呑む私をだしにしてしゅう君と笑うのだ。私には無い愛嬌と胸の谷間を以てしゅう君と二人で飲みに行ったりするのだろう。しゅう君はかっこつけて飲みすぎるから私のLINEを返さない。ここまで考えたところで無理矢理嫌な想像を振り払った。ただの空想だと自分に言い聞かせながらメイクを落とすために100均で買った卓上鏡を開いた。眼鏡をかけた疲れた顔の冴えない女が映った。

 

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