第23話 空回り1/2

「あぁもうっ」

 武道館ライブまであと数週間。時間がないのに、ここにきて絶不調な私。

 全っ然上手くいかない!

 得意のダンスも、上手くなっていたはずの歌も全部空回り。

「樹里ちゃん、一回休もうか」

 今日も今日とて練習に付き合ってくれている駿ちゃんが、イライラが止まらない私を見かねて、音を止めた。

「はい……」

 はあ。マイク代わりに持っていたタオルで汗を拭う。

 どうしてこうも上手くいかないかなあ。これじゃあ咲羅に恥をかかせてしまう。

 私がいなければ、咲羅だけなら、アイドル界のテッペン獲れてるだろうに。

「樹里ちゃん、そんなことないよ」

「もしかして、声に出てた?」

「もしかしなくても、心の声出てたよ」

 オーマイガー。沈んだ心は制御不能で、いつの間にか声に出しちゃってたみたい。

 最悪だ。


「あのねえ、樹里ちゃん。咲羅が自由に羽ばたけるのは、我が儘が言えるのは、樹里ちゃんが傍にいるからだよ。信頼してるからだよ」

「わかってます」

 そんなこと、言われなくたってわかってる。日々、実感してる。彼女はいつだって気持ちを言葉にしてくれるから。

「私がステージに立てる理由は、樹里がいるからだよ」

 何度言われたかわからない。でも、それを素直に受け止められないのが私なんだ。お世辞だって、慰めだって思っちゃうんだよ。

「それにね、Sorelleは十分アイドル界のテッペン獲ってるよ。ミリオン連発したでしょ。ちゃんと結果出してるでしょ」

「そうですけど……」

 結果が出れば出るほど、追い詰められていく。「もっと上手くなれ」って追い立てられる。

「焦る気持ちはわかるよ。俺っちもみんなについていくのに必死だったことあるから」

 元アイドルの駿ちゃん。彼の言葉は、他のスタッフさんよりもストレートに伝わってくる。

 あぁ、そっか。私。焦って空回ってるんだ。

 言われて初めて気がついた。いつもならすぐにわかるのにね。


「樹里ちゃんは咲羅のこと『光』って思ってるっしょ」

「はい」

「前にも言ったけどさ、樹里ちゃんも光なんだよ。咲羅を照らしてるんだよ」

 いつか、咲羅が寝ている中車内で言ってくれた言葉。

「光と光が合わさったらさ、最強じゃん。だから、焦る必要なんてないんだよ。樹里ちゃんは樹里ちゃんの道を歩けばいい」

 優しく慰められて、胸が苦しくなって涙が零れそうになって俯く。

「樹里ちゃんのことだから、エゴサ結構しちゃってるでしょ。ファンの意見は大事だよ。でもさ、自分が追い詰められるほど見る必要なんてない。Sorelleらしくないとか、上手くないとか言われたって、樹里ちゃんは樹里ちゃんなんだから」

「わかってる。わかってるけど――」

「わかってない」

 強い口調で言葉を遮られた。彼のそんな口調を聞くのは初めてで、思わず顔を上げてしまった。


 駿ちゃんは言葉とは対照的に、とっても優しい笑みを浮かべていた。

「この一年で、苦手な歌も得意なダンスも滅茶苦茶上手くなってるよ。毎日練習頑張って、足がボロボロになっても高いヒールで踊る練習してること、スタッフもファンのみんなも知ってる。だから、自分を、咲羅を信じて。君たちなら大丈夫だから」

「駿ちゃん……」

 もう我慢できなくなって、涙が頬を伝う。

「絶対武道館への切符、手にできるから。てか、リーチかけてるっしょ。にゃはは」

 敢えて口調で笑う駿ちゃんの優しさが心にしみ渡っていく。


 ガチャ。

 ポロポロと涙を零し続ける私の頭を駿ちゃんが撫でてくれている中、スタジオのドアが突然開いた。


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