第38話 脅す材料1/6

 都内にある四月一日さんの探偵事務所。

 以前訪れたときは非常に汚かった。あ、衛星的にじゃなく、あちらこちらに資料が散らばっていて、足の踏み場がなかった、という意味で。

 今回は綺麗になっているのかなあ。階段を上りながらちょっと不安になっていると、

「たぬきー!」

 ノックもなしに駿ちゃんがいきなりドアを開けた。ものすっごい勢いで。ドア壊れるかと思ったわ。

「誰がたぬきじゃ! 俺は四月一日わたぬきだ……って、なんだ駿ちゃんか。あ、樹里ちゃんやっほー」

「やっほー」

「お前に言ってねえよっ」

 うん、好きだわ、2人のこの流れるようなやり取り。是非とも今すぐ壁になって見ていたいです。

 守りたい、この尊い空間。

「……ちゃん、樹里ちゃん」

「はっ」

 思考が彼方へとぶっ飛んでいました。ごめんなさい。

「って、汚っ」

「てへ」

 おいこら四月一日、去年よりも事務所汚くなってんじゃねえか。

「はあ……」

 話を聞く前に、まずは書類を整理しなくちゃいけないようです。なんでだよ。私たちが来るんだから片付けとけよ。


 全部を片付けていたらきりがないので、私たちが座るスペースだけを確保して書類は端に寄せた。

「ちょっと、もうちょい丁寧に扱ってよ」

「うるさい」

「樹里ちゃんが冷たいんだけど」

「にゃはは」

 文句言うな。私たちに感謝しろ。ほら、駿ちゃんだって笑いながらも片付けてくれたでしょうが。

「よしっ、これで座れる」

「んにゅ。OKOK」

 私と駿ちゃんがソファに座ると、四月一日さんは向かい側に――書類をザザっとソファの下に落として座った。

 おい、あんたさっき「丁寧に扱って」って私に言ったとこでしょうが。自分が一番適当に扱ってんじゃんか。頭大丈夫か、この人。

「なんか樹里ちゃん、失礼なこと考えてない?」

「考えてないです」

「ちょおおい、その言い方は嘘だろ」

「にゃは」

 笑って誤魔化します。どうして私の考えてることわかったんだ。テレパシー的な能力もってんのか。

「まぁいいや」

 いいんかーい。ホント、適当だなあ。探偵として食べていけているのが不思議だよ。


「さてさて、本題に入りましょうか」

 そう言って四月一日さんがローテーブルの上に広げたのは、曽田さんがある建物に出入りしている写真。

 これは、間違いなく裏口だな。

「ここ、井上茜が通っていたホスクラね。そんでもって、こっちの写真」

 彼が指示したのは、曽田さんより少し背の低い男性と、曽田さんがバーで喋っている写真。

「これ……どうやって撮ったの」

 完全に個室。撮る方法なくない?

「企業秘密♡」

「うざっ」

 人差し指を唇に当てて、首を傾けるな。仮にも元アイドル。絵にはなっても、私は全然ときめかない。

「めっちゃ冷たいじゃん今日。なに、どうしたのよ」

「通常運転です」

「にゃははは」

 一人楽しそうな人が隣にいるんですが。まぁ、彼も通常運転ですね。はい。

「傷つくよー」

「にゃははは、そんなやわじゃないでしょ。拓哉たくやは」

「ごもっともです」

 こら、勝手にイチャイチャするな。放っておいたらイチャつく生き物なんか。多分そうなんでしょうね! 四月一日さんが駿ちゃんを見つめる視線には、少なからず欲望というか、熱というか、そんな感情がこもっているから。

 駿ちゃんは気づいてないみたいだけど。呑気に「くふふっ」と笑ってるし。不憫ですね、四月一日さん。同情します。


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