第18話 センターの重圧1/4

 約束の時間よりも10分ほど早く到着すると、咲羅は既に武道館の前にいた。

 声をかけようとするけれど、じっと建物を見つめて微動だにしない彼女に、言葉が出てこなかった。

 なにか決意を秘めたようなその横顔が美して見蕩れていると、視線を感じたのかこちらを振り返った。

「樹里、来てたんだ」

「ごめん、ちょっと遅くなった」

「大丈夫だよ。時間までちょっとあるし」

 いつもより落ち着いたトーンで話す彼女に何故だかもやもやする。

「ここが樹里の初舞台になるんだよ」

 真っ直ぐと武道館を見つめたまま、彼女は言った。

「そう、だね。まさか初舞台が私たちの目標とする場所になるなんて考えてもみなかったけど」

 1年後、私たちはここになんとしても立たなきゃいけない。でないと、解散、私はアイドルを辞めさせられることを思うと、胸がつかえる。

「大丈夫だよ」

 そんな私の不安を感じたのか、咲羅はわざと明るい口調で

「私たちならできないことなんてない。絶対にこのステージに立てるから」

 目を輝かせて言う彼女に、不安が消えていく。

 そうだよね。今から怖がっていたって、仕方ないよね。

「ありがとう、さくちゃん」

「にゃっす」

 そう目を細めて笑う咲羅に、そういえば、と話を切り出す。

「ねえ、なんで今日ここに――」

 理由を聞こうとしたとき、

「お待たせ!」

 辺りに響き渡るような大きな声が聞こえた。


 正体なんて、振り返らなくてもわかる。

「え、駿ちゃん?」

 黒いワンボックスカーの助手席の窓を開けて、彼がこちらに手を振っていた。

 周りに誰もいないから良かったけど、さっきの声量、普通に近所迷惑だよ?

 そう思いつつも、どうして彼が……え、こっからどこかに移動する感じ?

 不思議に思っていると、後ろのドアが開く。

「なんで」

 あんぐりと口を開けてしまう。

「翔ちゃん……」

 現れたのは、以前よりも少し痩せたRose2期生・白井翔だった。


「今日はこんな時間に呼んでごめんね。来てくれてありがとう」

 少し俯いた翔ちゃんと、未だに状況がのみ込めない私。沈黙を破ったのは咲羅だった。

「翔は初めてのライブがここだったよね。Roseの2周年記念ライブ。私もRoseのライブはここが初めてだった。樹里も次のライブでここに立つ。ある意味3人にとってここが分岐点だから、今日ここに来てもらったの。無理に連れ出してごめんね」

 申し訳なさそうに微笑んで言われ、漸く翔ちゃんが顔を上げた。

 その瞳には涙が浮かんでいて……見ているだけなのに、胸が苦しくなった。加入したときは夢と希望で満ち溢れていた瞳。どうしてこうなってしまったんだろう。

 もし、いきなりセンターにならなかったら。彼女は自殺未遂なんてしなかったかもしれない。

 今更考えたってどうしようもないのに。考えれば考えるほど胸が詰まって言葉にできない。

 翔ちゃんもなんて言えばいいのか逡巡しているんだろう。口を開かない。

 そんな彼女の両手をとり視線を合わせ、

「翔は、これからどうしたい?」

「えっ……」

 そんな言葉をかけられると思っていなかったのか、目を丸くする。きっと、「どうして自殺なんて」って聞かれると思ってたんだろうな。多分他のメンバーやスタッフさんからは、何度もそう聞かれてるんだろうし。

「教えて?」

 言葉を重ねる咲羅に、翔ちゃんは深呼吸をして

「私……」

 少しずつ話し出した。

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