第3話 レベル100の実力
「フレイル起きてください」
腰に帯びている剣がガシャガシャ鳴る音とともに体を揺すられるような感覚で目が覚める。
僕の朝はステインに起こされることから始まるといってもよい。なにせ、僕はこのベッドを離れたくないのだ、せめて誰か腕の立つ人が近くにいてくれないと恐怖で死んでしまいそうになる。
僕が白金級に上がったのを機に王都の真ん中に地上6階建て地下1階建ての建物を建てた。僕はその最上階に部屋を持っている。白金級に上がるときに討伐したドラゴンやその懸賞金で王都の1/4の建物を買い取れるくらいの金はあったので、家を建てることには問題なかった。
それよりも大事なことはパーティー全員をここに住まわせることだった。王都で最強の一角である僕らのパーティー全員が住んでいるこの家を襲う輩なんてそうはいない。そして、それこそが僕が住んでいて安全な場所を作るための最低条件だった。そのために、この家を建てる費用の半分を出したし、みんなにお願いして回った。本当は家の周りを護衛の人に巡回させたいくらいだけど、むしろ彼らに裏切られたときが怖いのでしていない。
建物の一階はエントランスフロアと共用エリア、応接間とかがあって、地下1階が魔法使いのサリーが使い、2階を斥候のステイ、3階が槍使いのネイト、4階を弓使いのアリー、5階を剣士のステインが使っている。
みんな、この広い家を好き勝手に使っているが、僕ほど好きに使っているのはいないだろう?何せ窓から見える景色は全て偽物、窓にはスクリーンが張られていて、そこに映写機で僕が普通に生活しているように見せている。更に、中に入ると三重構造をしていて、そこかしこに罠を仕掛けている。この広い最上階で罠がないのは三十構造の真ん中にある僕のいるベッドのある部屋くらいだ。ベッドとベッド下の収納だけが僕の全てと言っても過言ではない。
なんでこんな面倒なことをするかって?それは僕が弱いからだ。
僕は白金級の冒険者でレベル100だが、現実僕が強いなんて事はない。腕相撲は近所のガキンチョと良い勝負をする位だ。それを見られたときは手加減してると思われた、僕は必死だったけど。おそらく、オオカミ一匹にすら勝てないだろう。そう考えると、昨日の少年はなんて勇敢で良い能力をもった少年なんだろうと思う。一応、推薦書く前にステインに聞いてみたけど、他人から見ても彼の能力は問題なさそうだった。
じゃあ、なぜ世界最強の冒険者なんぞになりえたかと言う話は追々するとして、僕はステインに起こされなければならない。
「ステインおはよう」
「おはようフレイル」
ステインはやれやれと言った感じで、こっちを見る。まぁ、僕が起きてるにもかかわらずベッドから出てこないのは毎日のことだ。他のメンバーは僕が寝起きが悪くてステインに起こされて支度を調えているのだと思われているが、実際はステインが来る頃には起きる支度はできている。ただ、一人でこの安全圏から出たくないのだ。
「今日もついててあげるから、ついてきて」
ありがたいと思いながら、ステイの踏んだところを寸分違わずについて行く。
6階建てにすると言ったとき、階同士の移動をどうしようかと思っていた。階段だと、一番上に住む人が大変過ぎる。かといって転移魔法を付けるのは魔法の無駄遣い過ぎるし馬鹿らしすぎる。何よりパーティーのネイトは転移魔法不信派なので、取り付けられなかった。それで数日悩んでいたのだけど、その数日の間に王城に設置されるエレベーターという新技術が使えるんじゃないかという話になった。
王城に設置される位なので、安全性や乗り心地は悪くなく、何より魔法の駆動は上下動の動力源だけなのだ。(一応、ネイトが心配だと言うのでエレベーターの横に階段も付けた。)
「やっぱりエレベーターは良い技術だな」
「えぇ、王立学院でこれを閃いたという先祖返りのエルフにも感謝ね」
ステインも例に漏れずエレベーターを気に入っている。本人は王城でも乗っていたので、単に新しい物好きなだけかもしれないが。
「そういえば、昨日の少年も先祖返りのエルフだったな」
「たしかにそうね、でも彼は弓使いだったし、精霊魔法って言う非系統的な魔法体系で魔法を使っているわ。それに対してエレベーターは系統的な魔法工学に基づいて考えないとできない発想だから、彼は違うと思うわ」
ステインは剣士のくせに魔法に詳しい。本人も魔法が使えてれば研究者になりたかったと言っていたほどだ。それで、魔法工学ギルドの特別アドバイザーなるよくわからん仕事もしている。ついて行くこっちの身にもなってくれとはたまに思うが、ついてきてもらってる手前強くは言えない。
「そうだな。彼も何でか知らないが魔法の能力は高いくせに魔法の使い方がおざなりだったしな。どうせ、弓で戦う物と決めてかかって、精霊とは仲良くするだけであまり魔法を使わなかったのだろう。ジョブが生まれてくるときに出てくるせいで生まれる誤解だよな」
「えぇ、ジョブなんて少し才能がそっちに傾いてるだけでしかないのに」
と言ってる、ステインのジョブは剣士だ。剣士は似たジョブの魔法剣士と違って魔力がほとんど無いし、増えないと言われている。それで、本人は諦めて剣士をやっているらしい。とはいえ、時折たき火の火種を作るときに火魔法を頑張って使っているところを見ると、完全に諦めてるわけではないようだ。
そんなことを話していると一階の食堂に着く。フレイルはこの建物の一階には来たがらないが、パーティーが一堂に会する食事の時だけは降りてくる。一応、このパーティーは全員がレベル99以上で白金級の冒険者しかいないのだ、いくらフレイルを狙うと言ってもそんなタイミングを狙う奴はいない。
と思いつつ、フレイルの特等席である一番奥の席は一番部屋の中で窓から遠い席だ。
「今日の食事は私が作りましたぁ~」
そう聞いた瞬間、みんながウゲッと言うような顔をする。サリー以外のメンバーで、なんであいつに食事当番をやらせたんだと責任の押し付け合いが始まる中、サリーが早々に食事に手を付けはじめて、仕方なく食事タイムに入る。
サリーはよく、食事に実験中の薬を入れるのだ。毒ではなく、薬なので最終的には全員の能力や適性が上がったりと良いことがあるのだが、食事の度にパーティー全員(なぜかサリーも含めて)食事後に地獄の苦しみを味わうことになる。これのせいで、レベルが99を超えたのではないかと睨んでいるが、今のところパーティー内で誰もレベル99から上がってない。
「うぐっ」
もちろん最初の被害者は加害者でもあるサリー自身だ。(最初に食べ始めたわけだし)
食事を食べたとは思えない必死の形相で胸をかきむしり始める。きっと胸が苦しいのだろうが、みんなどうすることもできない。何せ薬なので解毒魔法で解毒することもできない。
そのまま眺めていると背中を背もたれに預けた状態で背中を仰け反らせ、ビクビクと痙攣したようになる。顔を眺めると口は半開きで舌がだらんと垂れ下がり、目は上を向きすぎて半ば白目のような状態になっている。まるで○薬をキメたような状態だ。こんな格好を年頃の女の子がして良い物かと思うが、これは自分たちの未来なんだと思って黙って食べる。
そして、どうなったかはお察しの通りだろう。
* * *
「やった~大成功!!」
目が覚めると無邪気に喜ぶサリーと痙攣するステインが視界に入った。
ステインはフレイルのことを思って、フレイル以外の全員が起きるまで待ってから食事をする。それまで護衛をしているのは助かるが、サリーと違って本人が悪いわけじゃないのに、無様な姿を見せることになってしまうのはいつも悪いなと思ってる。
思ってるだけで、何かしたことは無い気がするが。
「今回は何ができるようになったんだ?」
いつもの事ながら、ステイがうんざりした顔で聞く。ステイは斥候としてどんな状態異常でも気を失ってはならないという矜持を持っているようで、毎回最後まで耐えてるらしい。らしいなのは、ステインからの聞いたからだ。
ちなみに、最初に意識を手放すのはフレイルだ。他のメンバーはわずかな期待を持って耐えるが、フレイルは耐える気が無いので最初に気を失う。
「今回はね~精霊が見えるようになるの~」
サリーはうれしそうに話す。ステイにも見えるようでこれのことか?周りを見回してる。他のメンバーにも見えているようだが、僕には見えない。
これもいつものことだ。みんなは苦しい思いをして何か能力とかを得る。でも、僕はただ苦しい思いをしただけ、一応レベル100になったが、それで交換できる類いの物でもない気がする。それ以前にレベル99になったときから強くなった実感なんてないけど。
ともかく、みんな精霊が見えるようで視線をあちこちさまよわせている。ステインも目を覚ますと何かが見えるようであちこち見回して手を伸ばしたりしている。
「みんな、精霊はどんな風に見えるの?」
「そうだったね。フレイルは今回も何も変わってないんだね。」
ステインが申し訳なさそうにこっちを見て謝ってくる。
殊勝に謝られると、こっちが申し訳なくなるから止めて欲しい。
「あれ?フレイルだけ今回も失敗?何でだろうなぁ~フレイル以外の全員には薬が効くんだけどなぁ」
ステインとは一転して、加害者のサリーはどこかうれしそうに結果を眺めている。
「フレイルは見えてないだろうけど、今私たちの目には小さな丸い物がフヨフヨ漂って見えてるんだよ。これが精霊なのかな?」
アリーは少し楽しそうに手を伸ばして指でつついたりしている。
「これは精霊が見えるだけか?話せたりはできないのか?精霊魔法は?」
「話してみれば―」
ステイは実用的なことを考えているのか、サリーに質問しているが、サリーは他のことに夢中で空返事を返し、すこしステイの額に青筋が走った気がしたのは気のせいだろうか?
それでもステイは試してみるようだった。
「こんにちは、精霊さん。私はステイです。あなたは?」
数拍黙っていたステイの様子を見る限り、返答はないようだ。むしろ、サリーがツボに入って、そっちの方が気になる。
「『私はステイです。あなたは?』ってww外国語の授業じゃないんだからww面白すぎてお腹がよじれるww」
それにはステイもキレたようでステイに向かって飛びかかるが、魔法使いでもさすがはレベル99、見事な体術でひらりと躱すと部屋の中で二人の鬼ごっこが始まっていた。
まぁ、ここまでがいつもの流れだ。このあと、二人が壁でも破れば―
ガシャーン
壁でなくて窓だったが、そうすればもういつも通りの流れになることだろう。
「二人とも、今月の給料5割減ね」
アリーがドスのきいた声を出す。この声の時のアリーは本気だ。この声を出すときはパーティーの財務担当として本気で怒っているときだ。昨日僕の給料が天引きされたのとは訳が違う。これ以上やったら給料0にするぞと言う脅しだ。
「「すみません」」
これには二人も反省しないわけにはいかない。多少サリーの方が悪いような気もするが、このときのアリーに逆らってはいけない。喧嘩両成敗なのだ。
「ところで、みんな精霊見えたままだと他の物が見づらくないの?」
僕がそう聞くと、みんなキョトンとした顔をすると、ステインが「スキルのON/OFFと同じだよ」と言っていた。なお、僕には使えるスキルが無いの、その感覚はわからない。
その後、僕が精霊を見ることは無かった。
あと、サリーになんでこのタイミングでこの薬作ったの?って聞いたら、昨日の精霊魔法使いがうらやましくなったから、精霊魔法使いでも見えない非実体化状態の精霊を見えるようにしたとか言っていた。
僕は精霊魔法使いって精霊見えてるわけじゃないんだーとか思った。
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